JICAの事例紹介

UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ、Universal Health Coverage)

すべての人々が、十分な質の保健医療サービスを、必要な時に、負担可能な費用で受けられる状態のことを「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」(UHC)といいます(詳しくは「リンク集」を参照)。しかし、全世界では未だ人口の半分(35億人)が健康を守るための質の高い基礎的サービスにアクセスできていないとされています。同じ国のなかでも格差があり、地方部・へき地居住者、低所得者層に加え、女性・障害者・少数民族など社会的に弱い立場にある層では、保健医療サービスから取り残される人々が多くいます。さらに、世界では8億人が世帯総支出の10パーセントを超える医療費負担を経験しており、毎年1億人近くが医療費負担を原因として貧困化しているとされており、保健医療サービスを受けるにあたり、経済的な障壁がある人々が大勢います(2017 UHCグローバルモニタリングレポート)。

UHCを達成するためには、「保健医療サービスが身近に提供されていること」、「保健医療サービスの利用にあたって費用が障壁とならないこと」の2つを達成することが必要とされています。2015年に採択されたSDGsでも、ゴール3「すべての人に健康と福祉を」に向けたターゲットの一つとして盛り込まれました。JICAも、他の先進国に比べ低コストで世界一の長寿を達成した保健医療の歴史とシステムを有する日本自身の経験と、各国が自分たちの力で保健医療システムを維持強化できるよう取り組んできた長年の保健分野協力の経験を生かしながら、各国がUHCを達成するための協力を続けています。

ケニアやセネガルでは、UHC達成を目的とする政策借款を供与し、技術協力を通じた政策立案・行政能力強化に関連する政策アクションの達成を資金面からも支援することで、各政府の取組を包括的に支援しています。タイでは、パートナーシップ型の技術協力プロジェクトを実施中です。保健財政や医療情報システムなど日本の経験を共有し、タイのUHC達成を目指しつつ、両国共同での、他の途上国のUHC達成への支援を通じた、協力関係国間で相互の学び合いの促進や、プロジェクトの知見を国際会議等で発信することを通じた、国際社会全体でのUHC達成に向けた取り組みに貢献しています。

各国の事例

リンク集

病院カイゼン「5S-KAIZEN-TQMによる保健医療サービスの質向上」

質の高い保健医療サービスの確保は、今日の途上国の保健システムが直面している最も重要な課題のひとつです。日本が積極的に推進している「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」は、すべての人々が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受できることを目指していますが、サービスのカバレッジ拡大にはサービスの質が伴わなければなりません。UHC実現のためには、高額な医療費負担による家計破綻を防ぐための医療保障制度の整備や医療施設や医薬品への物理的アクセスの改善等の他、サービスの質向上に関する取り組みが不可欠なのです。

日本の産業界より発展した品質管理手法である5S、KAIZEN、TQM(Total Quality Management)は、このサービスの質向上を達成するための有効な手段の一つです。JICAは、これらのアプローチを組み合わせて病院に導入してサービスの質改善に結びつけたスリランカの事例を分析し、院長等のリーダーシップの下、5Sによる職場環境の改善を導入として、段階的により複雑な問題解決に現場主導で取り組んでいく実践的なアプローチ、すなわち5S-KAIZEN-TQMアプローチを取り纏めました。そして、2007年から実施されたアジア・アフリカ知識共創プログラム(通称「きれいな病院プログラム」)において、5S-KAIZEN-TQMアプローチをアフリカ15か国に普及しました。その後、技術協力プロジェクト等により他国にも展開し、2015年時点ではアフリカ、アジアを含む20か国の少なくとも400施設で5S-KAIZEN-TQM活動が実施されています。

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その結果、5S-KAIZEN-TQMアプローチが、資源制約下における医療施設の組織の改善や、病院職員の態度に変容をもたらし、サービスの質を重視する組織文化の醸成に役立つこと、さらにその結果として、病院環境の改善や患者待ち時間の削減、患者へのケアの改善や在庫管理・財務面等の病院のパフォーマンスに正のインパクトを与えることが確認されています。これらの結果に基づき、JICAでは今後も同アプローチを積極的に技術協力プロジェクトへ組み込むことを通して、保健医療サービスの質向上に取り組む予定です。

健康危機対応能力強化に向けたグローバル感染症対策人材育成・ネットワーク強化プログラム(PREPARE)

世界では年間950万人が感染症で死亡しています。感染症の突発的な流行は甚大な社会経済的被害をもたらし、新興・再興感染症の流行は人間の安全保障を脅かします。2014年の西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行は、特にアフリカにおける公衆衛生危機に対する備えと対応の強化の重要性を国際社会が強く再認識するきっかけとなりました。

そうしたなか、日本政府は、2016年2月に「国際的脅威となる感染症対策強化のための基本方針・基本計画」を決定し、国際的な対応と国内対策の一体的推進や、感染症発生国・地域に対する支援強化を表明しました。また、同年5月のG7サミットでは「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」を打ち出し、健康危機への備えを含むUHCの達成等への合意を主導。更に同年8月のTICAD VIの「ナイロビ行動計画」ではアフリカにおけるUHC推進の一環としての健康危機への対応能力の強化支援を表明しています。

これを受け、JICAは「健康危機対応能力強化に向けたグローバル感染症対策人材育成・ネットワーク強化プログラム:Partnership for Building Resilience against Public Health Emergencies through Advanced Research and Education(PREPARE)」のもと、1)拠点ラボの機能強化(無償資金協力・技術協力による教育・研究環境の整備、研究事業の推進等)、2)留学生の受入等を通じた中長期的な感染症対策人材育成、3)新たに発足したアフリカ疾病対策センター(Africa CDC)や国際保健規則(IHR)履行促進のための合同外部評価等の地域・国際イニシアティブへの貢献を通じて、健康危機への対応能力強化を支援していきます。対象国は、TICAD VIフォローとして、日本が長年の協力実績を有するケニア、ガーナ、ザンビアおよび今後ラボ強化支援を予定しているコンゴ民主共和国、ナイジェリアのアフリカ5か国から開始し、段階的にアフリカ域内でレファランス・ラボを必要とする国やアジア・中南米における感染症分野のJICA支援国等に拡大していきます。

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図:PREPARE構想

各国の事例

「地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)」

地球温暖化、食料問題、自然災害、感染症といった地球規模の課題は、年々複雑化していますが、経済・社会基盤の脆弱な開発途上国への影響は特に深刻なものとなっています。これらの課題は一国や一地域だけで対応することは難しく、国際社会が共同して取り組むことが求められているとともに、複雑化・高度化する課題への対応として、従来の協力に加え、科学技術によるイノベーションが課題解決に大きな役割を果たすものと期待されています。

このような状況のなか、日本政府の「科学技術外交の強化」という政策的背景の下、JICAは2008年度から科学技術の活用を主眼とした協力である、地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)を開始しました。日本の科学技術をベースに、日本と開発途上国の研究機関による国際共同研究によって新たな「知」を創造し、その研究成果を実社会に還元することで地球規模課題の解決に向けた取り組みを行っています。

保健医療分野においては、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)と連携しつつ、感染症対策分野の諸課題の解決に繋がる新たな知見の獲得と成果の将来的な社会実装(具体的な研究成果の社会還元)、開発途上国の人材育成及び自立的研究開発能力の向上を目指し、開発途上国の社会的ニーズを基に日本の研究機関と開発途上国の研究機関が協力して、技術協力プロジェクトの枠組みにより国際共同研究を推進しています。SATREPSは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)にも積極的に対応し、国際社会に貢献していきます。

各国の事例

母子手帳

世界では1年間に約29.5万人の女性が、妊娠・出産による合併症(出血、妊娠高血圧症など)で亡くなっています。また、年間約550万人の子どもが、感染症や栄養不良などによって5歳の誕生日を迎えることなく亡くなっています。こうした母子の死亡の8割以上が開発途上国で起こっています。これらの死の多くは、妊娠前から妊娠中、乳幼児期まで継続して適切な保健医療サービスを受けることにより防ぐことが可能と言われています。さらに、質の高い母子保健サービスを保障することは、個人のライフコースにわたる健康とウエルビーイングに影響をもたらすとともに、すべての人が人生最初に享受すべきサービスであることから、UHCの入り口と位置付けられ、保健分野の取り組みにおいても重要な位置を占めています。

母子保健を改善し、一人でも多くの母と子の命を救うため、さらには子どもの健全な成長を支え、生涯のウエルビーイングを実現する手段のひとつとして、JICAは、途上国政府をはじめ国際機関やNGOなどと協力し、母子手帳を活用した母子保健の改善に取り組んでいます。

日本で1948年から活用されてきた母子手帳(注)は、産前から子どもの健康診断まで続く母子継続ケアの受診率や子どもの予防接種率の向上、母親や保護者の保健知識の向上に寄与する可能性が示唆されています。これまでJICAは技術協力プロジェクト、各種研修、国際会議開催支援、国際指針の策定支援・普及を通じて、各国の状況に応じた母子手帳の開発・導入・試行・普及を支援しています。

(注)日本の母子健康手帳を含め、母子の健康記録が一冊に統合された家庭用記録のことを母子手帳と総称する。

非感染性疾患(NCDs)

心血管疾患やがんといった非感染性疾患(Non-Communicable Diseases:NCDs)による死亡数および死亡率は2000年以降、世界で増加の一途をたどっています。2000年には3,100万人だったNCDsによる死亡数は、2012年には3,800万人へと大幅に増加しており、これは世界の全死亡(5,600万人)のうち約68%にあたります。また、3,800万人の約3分の2にあたる2,800万人が、低所得国および中所得国において死亡したと報告されています。このような状況から、SDGsにおける保健分野の目標(目標3)では「非感染性疾患による若年死亡の削減と精神保健及び福祉の促進(ターゲット3.4)」が掲げられ、NCDsは保健開発目標における重要なイシューとして位置づけられています。

NCDsとは、文字通り人から人への感染を伴わない疾患の総称であり、広義には精神障害、外傷なども含まれます。WHOでは、特にNCDsによる死亡の87%を占める心血管性疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患の4つの疾患に焦点をあてており、SDGs目標3のターゲット3.4においても、これら4つの疾患が対象となっています。JICAによるNCDs対策への支援は、技術協力、有償資金協力、無償資金協力、草の根技術協力、民間連携など、様々なスキームにより行われてきました。特に、技術協力によるNCDs対策への支援は大きく三つに分類され、一つ目はNCDs全般を扱い包括的な活動を行うもの、二つ目は特にニーズの高い疾患(乳がんや子宮頸がんなど)を対象としたものや特定技術の改善・普及を意図したもの(内視鏡検査や経橈骨冠動脈インターベンション(TRI法)など)、三つ目は母子保健や保健システム強化事業の発展案件として、そこで強化された既存の活動枠組みがNCDs対策に適用されたもの、もしくは相手国に元々ある既存の保健システムがNCDs対策に適用されたものがあります。また、無償資金協力による支援では、中核病院の総合整備にNCDs対策関連の機材供与が含まれる事業、特定疾患対策のための機材供与や施設整備が行われる事業が実施されています。

上記のような支援を通して、JICAは、NCDsの若年死亡や障害調整生存年の削減に貢献するとともに、NCDsによる経済的な負担(労働力の減少による生産性の損失と医療費負担)も軽減することを目指しています。SDGsでは「誰も取り残さない」というスローガンに基づき、「すべての人々に対する財政保障、質の高い基礎的なヘルスケア・サービスへのアクセス、および安全で効果的、かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンのアクセス提供を含む、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する」ことをUHCの目標に掲げていますが、NCDsに取り組むことは、高齢者を含めたすべての人々を対象に必要な保健サービスを安価で提供することに他ならず、必然的にSDGsやUHC全体の達成に貢献することとなります。

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図:4大疾患と6大危険因子、その他要因の相関関係
出所:WHO.(2014).Global Status Report on Non-Communicable Diseases.を基にJICA人間開発部作成

各国の事例

高齢社会対策

高齢化は今や先進国だけの問題ではありません。過去数十年の間、生活環境の改善、食生活・栄養状態の改善、医療技術の進歩等により死亡率が大幅に低下し、平均寿命が大きく延伸したことに加え出生率が低下したことに伴い、東アジア、東南アジア、中南米諸国においても人口の高齢化が進行しています。2050年には総高齢者の8割が開発途上国に居住する状況になると予想されています。(注1)
 高齢化に関連する諸課題は、生産年齢人口の減少による国家経済の弱体化、高齢者の医療・介護・年金等にかかる財政的な圧迫といったマクロ的な課題から、個々の高齢者の健康課題、生活環境、介護、人権、さらに、高齢者を支える家族や地域が直面する課題など多岐にわたります。財政的な制約を抱える開発途上国においては、来るべき高齢化社会(65歳以上人口が総人口の7%を超えた社会)や高齢社会(65歳以上人口が総人口の14%を超えた社会)に対応するためには、巨額の資金を必要としない効果的な対策を検討する必要があります。
 JICAはこれまで、アジア、中南米地域等において、医療や介護にかかる制度整備や人材育成、年金や医療保険など社会保障制度の強化に取り組んできました。一方で、日本の経験や知見も踏まえ、高齢者支援に関わる様々な関係者や関係機関の連携を促す地域包括ケアサービスの推進、介護予防活動の普及、高齢者に住みよいまちづくりなど複合的な支援により、高齢者が今いる地域で健康で生き生きと暮らせるための環境づくり、人づくり、仕組みづくり等への協力も開始しています。これにより、WHO(世界保健機関)の提唱する「健康な高齢化の10年(2020-2030年)(注2)」への取り組みを後押ししていきます。

(注1)United Nations. (2019) World Population Prospects 2019: Highlights.
URL: https://population.un.org/wpp/Publications/Files/WPP2019_10KeyFindings.pdf
(2023年2月25日閲覧)
(注2)「健康な高齢化の10年」の活動領域は下記を含む。

  • 年齢や加齢についての考え方、感じ方、行動の仕方を変える
  • 地域社会が高齢者の能力を育む
  • 高齢者に対応した患者中心の統合ケアとプライマリーヘルスサービスを提供する
  • 介護を必要とする高齢者にアクセスを提供する

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