チャイハネ

第20話「アフガニスタン女性の自立支援プログラム−研修員の報告書(4)−」

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7月7日午前8時30分頃。カブールの中心部(インド大使館付近)で大きな爆発事件が発生した。犠牲者の数は40名を超えると報道された。

7月7日午前8時半ごろカブール市内で大きな爆発事件が発生しました。多くの尊い命が一瞬にして吹き飛ばされ、一向に改善されない治安の悪さにカブール市民はいらだちを隠せません。一方でアフガニスタン東部では米国軍がタリバンの掃討作戦を実行中に、20人を超えるアフガン一般国民が巻き込まれ死亡したと報道されています。

日本で研修したアフガン人女性の報告書をシリーズで紹介してきましたが、今回が最終回です。幼いときから戦争の体験を積み重ねてきた彼女たちは、今ようやく国の発展のために自分たちも貢献できる実感を得て、一条の光を見ているに違いありません。しかしながら上で記述したような悲しい事件が同時にこのアフガニスタンでは発生しているのです。

私たちJICAの仕事はここで紹介した研修員たちのように、国づくりに寄与するアフガニスタンの人々の心に希望と勇気を与える地道な作業です。テロや戦争の脅威におびえながら日々の生活を送るアフガニスタンの人々が、このような脅威に負けることなく、困難を乗り越えて平和な社会を創造できるように、今後も支援を続けて行きたいと思います。

【編集長 北野一人】

S・Z(23歳)の報告書(〜研修員の報告書(3)〜からの続き)
<タリバン崩壊後>

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アフガニスタンの風景(1)

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アフガニスタンの風景(2)

タリバン崩壊後、これでいくらかアフガニスタンの状況が良くなるというふうに信じられていましたが、今現在ほとんど良くなってはいません。治安や経済、特に女性の地位などはあまり変わっていません。外に出て仕事が出来る女性は、今現在もとても少ないのです。また仕事や学校に行くことができても、ひどいいじめや差別を受けるので、そのために自殺してしまう女性も多くいます。また、女性の権利について訴える女性がいれば、必ずその人達は死に至らしめられてしまいます。

アフガニスタンのあるアナウンサーが女性の権利について強く訴えたため、ひどい差別を受けていましたが、彼女だけでなく家族までも迫害を受けていました。親戚などからなぜ結婚しないのだと言われても、彼女はまだ仕事を続けたいからと訴えていました。また、彼女の両親は親族の男性たちから、よく女の稼いだ金で生活ができるなと嫌がらせを受けていました。彼らは、女性とは家にいて子供を育て家事をするのが義務だと考えていました。女性が外で仕事をすること、つまり女性が知識を持って男性より上に立つということを認めたくないのです。社会に出て仕事をしている女性たちも少しはいますが、必ず迫害を受けています。そのアナウンサーの家族も、「このままだと娘を殺すぞ」という脅迫を受けていましたが、本気だとは思っていませんでした。しかし、この女性は結局殺されてしまいました。その件もあり、人々は女性を社会に出すことをとても恐れています。

また、私の知人の話ですが、大変活動的で教育熱心な女性がいました。彼女は女性の権利を訴えていて、女性が知識を蓄えることをとても望んでいました。彼女は会社で働いていましたが、海外から留学のオファーもありました。そして夫の承諾を得て留学したのですが、夫は近所の人から脅迫やいじめを受け、それに耐えられなくなって留学中の妻に戻ってくるよう命じ、戻って来なければ離婚するとまで言いました。これを聞いた彼女はショックのあまり倒れてしまいましたが、夫に殴られてもいいから離婚だけはしたくないと言い張りました。海外へ行ったことで離婚すると、世間は彼女が海外で何か悪いことをしたと思うから、それだけは我慢できないというのです。結局彼女は留学を短めに切り上げて帰国し、現在夫のもとで家事に励んでいます。

私の姉妹達も外に出て仕事をしていますが、母はいつも心配して帰りを待っています。たいていの人は、世間体もあって女性が仕事をすることを良くは思っていないからです。

<希望の学校の教師に>

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アフガニスタンの風景(3)

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アフガニスタンの風景(4)

私はとても勉強が好きなのでいつも勉強したいと思っていましたが、婚約している女性は勉強してはいけないと言われていました。でもある日、希望の学校の看板を見つけて、ここなら私でも学べると思って嬉しくて、とても行きたいと思いました。また希望の学校では学ぶだけでなく教えることも出来ると知り、中学校を卒業していた私は、洋裁の生徒として入り、その後先生になりました。今私は希望の学校で、読み書きの他に洋裁も教えています。教えながら、生徒たちが学んでいく姿を見てとても嬉しく思っています。希望の学校は、希望などなかった女性たちにその名の通り希望を与えてくれる学校です。それを示す2人の生徒の例をお話したいと思います。

私が教えていた生徒の大半は既婚者で、その中の一人がある日私に相談に来ました。夫も読み書きが出来ない人だったので、妻が学ぶことに反対していたそうです。「読み書きなどは役に立たない。家で家事をしろ」と。そこで私は、若い子達と読み書きを学ぶのは悪いことではないし、この位の年齢の方が理解しやすいと説得しなさいと言いましたが、彼女は「夫にそんなこと言えないわ。」と怖気づいていました。しかし勇気を出して話してみてくれました。その女性がある日、「先生、1時間でも多く私に教えてください。お願いします。」と言ってきたので、あなたが学びたいと思う限り、私たちが教えますと言って、他の人たちより1時間多く教えていました。ある日、病院へ行こうとしていた彼女に、見つけやすいようにと病院の名前などを書いたメモを渡しました。すると次の日、彼女は私を見るなり泣きながら抱きついてこう言いました。「先生!私一人で読めたのよ!こんなに嬉しかったことはないわ!」と。彼女はメモを頼りに自分一人で字を読みながら、病院にたどり着いたそうです。

またある生徒は、男性が校長をしているような学校での勉強は認めないと夫が言うので、どうしたらいいか相談に来ました。私はその生徒に、自分の目で確かめに来るよう夫に頼みなさいと言いました。そして妻からこれを聞いた夫は、それだけ自信を持って言えるのはちゃんとした学校に違いないと言って、希望の学校を信頼してくれたそうです。

<研修生として−感謝の言葉>

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アフガニスタンの風景(5)

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アフガニスタンの風景(6)

私は希望の学校に入る前に洋裁を習っていましたが、先生はパキスタンで仕立屋をしていた人でしたから、簡単なものしかつくれませんでした。いつか海外で洋裁を勉強したいと思っていました。特に女性が自立した国で洋裁を学ぶのが夢でしたから、この度研修生として来日できたことは本当に嬉しいことでした。

でも来日の実現は簡単ではありませんでした。兄弟や父方の叔父、姉の夫の強い反対を押し切って私の来日に賛成してくれた、母と母方の叔父の強い支えがあったからこそ実現したのです。母は自分自身の実現できなかった夢を娘に託したのでした。

そして森田先生という才能豊かな先生に教えていただく機会を得て、3ヶ月という短期間に、ワンピース、ジャケット、ズボン、スカート、スーツを作る指導をしていただきました。アフガニスタンと日本の洋裁のちがいの大きさを知り、パターンの多さにも感心しました。ここで教えていただいたことをアフガニスタンに持ち帰り、必ずたくさんの女性の役に立てたいと思っています。

3ヶ月間の先生の努力には本当に感謝しています。先生は私たち2人にだけ教えていたのではなく、アフガニスタンの全ての女性達に教えてくださっていたように感じています。カブール校全員の代表としてお礼を言わせていただきます。また森田先生が「私が裁縫をやってきたのはこの2人に出会うためだったかもしれない」と言ってくださった言葉は私の心に今も深く残っています。

最後になりましたが、教育を受けるという状況からすっかり離れてしまった私達に、JICAと茨城県のご支援のおかげで、再び学ぶというチャンスを頂くことができました。23年間の激しい戦いによってボロボロになってしまった私達に、日本で3ヶ月間洋裁を学ぶ機会を与えてくださったことに、心から感謝しています。このチャンスは私に2度目の生きる喜びを与えてくれました。私は日記に「空に飛んでいたのは飛行機ではなく、翼をあたえられた私のようでした。」と書きました。今教育がどれほど強い武器なのかを強く感じています。アフガニスタンに戻ったら高校に戻ってもう一度勉強し直し、それを人のために役立てたいと思っています。是非また来年もこの事業に関してご支援をいただけることを心から願っています。

<その他感じたこと> S・ZとZ・G

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アフガニスタンの風景(7)

研修期間中、様々な勉強をした中で、楽しいことも沢山ありましたが、忘れられないのは東京湾で初めて海を見たこと、そしてつくばの女性グループと一緒に日本とアフガニスタンの料理の交換をしたことでした。

また日本に来て最初に電車に乗ったとき、たくさんの女性たちが電車で働きに行くのを見て、とても羨ましいと思いました。県庁を表敬訪問したときに、25階から下を見て、荒廃したアフガニスタンとのあまりの違いに愕然とし、とても辛い気持ちになりました。でも昭和館を見学したときは、日本が戦後の荒廃から大変な努力をして今の繁栄を築き上げたことを知って驚き感心するとともに勇気を与えられました。

<今後に向けて>

希望の学校の自立

卒業生を集めて皆で服などを作って市場に出し、学校の運営費に回すことを考えています。小さな看板を出して、ズボンとスカートだけを作るのもよいと思います。

(おわり)