アフガンの紙幣
タリバン政権崩壊後のアフガニスタン経済は、内戦時代の経済社会インフラの破壊もありマイナス状態からのスタートと言える状態でもありました。それ故、実質GDP成長率は2002年度で28.6%、2003年度15.7%と急激な増加を見せ、2006年度も予測値で8%となっています。一人当たりGDPも2005年度には統計資料では300ドルを超えたとされていますが、統計はカブールとその他主要な都市部のものであり、加えて人口規模自体が2200万人とも5000万人とも言われる現状では、そのまま信頼することはできません。
インフレ率も落ち着きを見せています。主要都市及びカブール平均でも消費者物価指数は10%程度となっています。しかし実際の市民生活の感覚から言えば、2007年には世界的な原油価格の高騰からガソリンや灯油の価格が上昇し、特に冬場の暖房に対する心配があることは確かです。
9.11(米国同時多発テロ)直後には1ドル=79,000アフガニまで下落した為替レートは、中央銀行の介入もあり2002年後半から1ドル=50アフガニの水準を維持し安定しています。
以上のように統計で見る限りではマクロ経済の成長と安定が保たれています。しかし、公式の統計には決して表れないのが、麻薬(ケシ)経済です。2006年には栽培面積で全世界の82%、生産量で93%と世界最大のケシ生産国となったアフガニスタンでは、南部、南東部のほかこれまで栽培面積が縮小していた北部でも治安悪化とともにケシ栽培が増加しています。その規模は推計でしかありませんがGDPの30%とも言われ、反政府勢力の資金源となっていると見られます。
いずれにしても、近代的なビルも建設され物資も豊富なカブールで感じられる復興の活気、地方の農村部の伝統的な暮らし、そして反政府勢力とアフガン国軍、外国軍が戦闘を繰り返す南部、南東部ではまったく異なる経済状態にあると言ってよいです。
アフガニスタン財政はIMFのPRGF(Poverty Reduction and Growth Facility)と呼ばれるプログラムを実施中であり、その中で経済健全化のための歳入増加と歳出削減が求められています。そのような中、国内歳入の不足は慢性的ですが、関税収入を中心とした税収の伸びは明るい材料です。かつて軍閥と呼ばれた地方勢力が、中央政府の意向を無視し近隣諸国との貿易、住民への徴税、道路通行料金の徴収を行なっていたことを思えば大きな進歩と言えます。
今後の課題は、所得税、法人税といった直接税の制度整備とその実施、さらに間接税の導入ですが現在の治安状況を考えればそこまでの道のりは険しいと言えます。さらにIMFの勧告により国営銀行をはじめとした国営企業(国営アリアナ航空等)の民営化も進めていますが、民営化後も存続できる企業がどれ程あるのか疑問です。
そのような歳入不足を補っているのがARTF(Afghanistan Reconstruction Trust Fund)と呼ばれる財政資金援助です。ARTFは2003年に創設され、現在まで27カ国により18億ドルの無償資金が支援されています。なお日本は2003年度に500万ドルを供与しています。
この資金は開発プロジェクトに使用されるほか、政府職員の給与(特に教員の給与)といった経常経費にも使われており2020年まで供与されることが関係国で合意されています。しかし逆に言えば、国内の歳入と通常の譲許性(利率の低い)ローンの借入等だけでは、アフガニスタンの財政は今後も廻らない可能性が高いことを示唆しているとも言え、前途は楽観できません。
銀行内部
金融に関しては、米国の支援により中央銀行であるDa Afghanistan Bankの独立性の確保を進めています。一般の金融事情を見れば、10以上の銀行が営業しており、多くが海外の銀行の支援を受け、ATMやオンラインバンキングが利用できるなどサービス水準は決して低くはありません。しかし現実には、「ハワラ」と呼ばれる金融業者が送金、両替等を行なっているケースが多いです。
ハワラは金融業者の個人ネットワークの集合体ですが、その範囲は全世界に及び手続きも迅速です。特にアフガニスタンでは、タリバン政権崩壊後の復興期には銀行システムが機能していなかったことから、外国の機関さらにアフガン人もハワラのネットワークで送金等を行ないました。さらにハワラはアフガン政府の登録を受けており、決して非合法な業者でもありません。
しかし、資金の流れが個人ネットワークを通してであるため、そのモニタリングは困難であり、それゆえ麻薬売買の資金の送金やマネーロンダリングに使われているおそれがあります。
2006年1月のロンドンでの支援国会合以降、アフガニスタン政府は国連のミレニアム開発目標、さらにそれに沿った開発のための国際約束(アフガン・コンパクト)を達成するため、その戦略書とも言える「Afghanistan National Development Strategy(ANDS)」を作成中です。ANDSは教育、保健といった開発セクター毎の戦略と州ごとの地方開発戦略から構成され、2008年3月までには完成し議会承認を受ける予定です。
さらにこのANDSはIMF、世銀が主導する債務削減プログラム(拡大HIPCS)に必要とされるPRSP(Poverty Reduction Strategy Paper)でもあり、完成後1年間のモニタリング期間を経て、2009年にはHIPCS(重債務貧困国)と認定され債務削減措置がとられることになります。
アフガニスタンの公的債務は1960年代から70年代にかけて借り入れられた120億ドル程度の債務ですが、そのほとんどがソ連(ロシア)、米国、ドイツ向け債務であり、それら諸国はHIPCS認定を条件に債務削減を行なうことに同意しています。なお日本は1969年に「地方4都市上水道計画」に対して円借款7.2億円を貸し付けましたが、その返済は完了しています。
主たる産業は農業および牧畜業ですが、カブール等大都市では建設業、サービス業も復興需要もあり伸びています。また、豊富な果実を加工したドライフルーツが、かつては輸出品として有名でした。
他方、近年、鉱物とエネルギー資源開発の点でアフガニスタンは注目されています。特に北部シュベルガン付近のガス田開発は、1960年代からソ連が注目し開発を進め、1970年代には生産量のほとんどがウズベキスタン経由でソ連向けの供給が行なわれました。ちなみに天然ガス輸出は、ソ連から供与されたローンの返済として行なわれた面もあります。しかし、ソ連人技術者の撤収と内戦により生産は停止し、現在も治安への不安と多大な投資が必要なことから、豊富な埋蔵量が見込まれながらも開発は遅れています。
またタリバン政権時代から構想のあった、中央アジアからアフガニスタンを通過しパキスタン、インドを結ぶ石油とガスパイプライン敷設は、アフガン国内の治安への懸念もあり、大きな進展を見せていません。
【アフガニスタン事務所 嶋田晴行】
鈴木均編〔2007〕『アフガニスタン国家再建への展望』
Central Statistical Office〔2006〕 Afghanistan Statistical Yearbook 2006
Da Afghanistan Bank〔季刊〕Quarterly Economic and Statistical Bulletin
UNODC〔2007〕Afghanistan Opium Survey 2007
その他、IMF及び世界銀行の経済レポート