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ミ ココメ アロンド(わたしの名前は、アロンドです。)

2012年1月27日

20-2次隊・ガボン・村落開発普及員 栗原樹里
(神奈川県出身 岐阜市在住)

○○は世界一!!

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『空からみたガボン』

皆さん、ガボンがどこにあるかご存知ですか?
恥ずかしながら…私も合格通知を受け取るまで知りませんでした。協力隊の合格通知を手に父と「ガボンはどこだ?」と、世界地図を広げたのが私とガボンの最初の出会いです。

ガボンは、中央アフリカに位置し、西は大西洋に面しています。赤道直下の国で国土の80パーセント以上が森林です。13の国立公園が総面積の11パーセントを占めており手つかずの豊かな動植物が数多く残っています。
ひょんなことから出会った私とガボンですが…「アフリカで生活したい!!」私の夢を叶えてくれるには最適の場所でした。ちなみに、日本には馴染みの少ないガボンですが、オマール・ボンゴ元大統領の在任期間が41年半と現職大統領として世界一でした。

英雄の存在

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『歓迎を受けるジャン・ピン氏』

私の任地は、オグエマリティーム州エティンブエ県オンブエ市。人口約1500人の漁村です。そのオンブエには皆が誇る英雄がいます。彼の名は、ジャン・ピン。オンブエでは「俺はジャン・ピンの親戚だ」と多くのガボン人が口々に言い、真意の程は定かではないですがそれだけ、敬愛しているようです。
実際に、オンブエでは、アフリカ連合の委員長であるジャン・ピン氏の恩恵を受け人口が少ないにもかかわらず、道路はほとんど舗装され、空港まで完備されています。
そんな、オンブエが生んだ大英雄ジャン・ピン氏が故郷に錦を飾る日があります。毎年、クリスマスイブに専用飛行機で、オンブエ空港に降り立ちパレードをしながら、ジャン・ピン邸まで練り歩く。その晩、全市民を自宅に招き、飲み放題・食べ放題・踊り放題のオールナイト祭りが開催されます。だから、彼の人気は絶大なようです。

あなたのお名前は?

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『右の女性が市長』

ガボンに到着し、約1ヵ月の語学研修&ホームステイを終え、任地へ赴任、(私の任地は船のみが移動手段で)一人ぼっちの不安感から桟橋で号泣し、同行したJICA専門家を困らせ…配置先の上司も「コーラを買ってあげるから…」と、励ましてくれた。そこから私の任地での生活はスタートしました。
そんな私の気持ちとは裏腹に、任地では「初の」青年海外協力隊滞在に大歓迎でした。赴任後すぐにミエネ名(ガボン部族のひとつミエネ族の名前)「アロンド」を名付けてもらいました。
ある日の土曜日、道を歩いていると…いつもニコニコ挨拶してくれるおばちゃんが「アロンド!明日の昼ごはん一緒に食べましょう?暇?」と招待を受け、翌日お宅にお邪魔しました。ガボン料理を知らない私に「私はあなたのママだから、週末は家に来てどんどん料理を覚えなさい」と、言ってくれました。2時間後、料理が完成し、私はこのおばちゃんの名前を知らないことに気付き、失礼かと思ったのですが名前を聞いてみました。
私:「ところで、あなたのお名前は?」
おばちゃん:「オスィンガよ。けれど…皆は私のことを『市長さん』と、呼ぶわ」
(えー!!気付きませんでした。まさか、このおばちゃんが…市長さんだったとは…)急に、態度がよそよそしくなり、敬語を使い始めた私に、市長は「私はあなたのママだから…今までどおりで良いわよ」と、言ってくれ、ママの優しさを感じました。ガボンに家族が出来ました。

活動内容

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『中学校での日本語教育の様子』

私の配置先はオンブエ水産支所。漁民へのマイクロクレジット普及のために派遣されました。しかし、大統領死去により、省庁再編等が行われ、本来の活動が滞り窮地に立たされてしまいました。そんな時に、励ましてくれたのが水産支所の仲間たちや漁民、街の人々でした。
任地にとって初代隊員のため、日本語教育や日本文化の紹介等重宝がられ、水産支所の活動以外に学校へ行くことも出来、要請に捉われずに日本語新聞の発行、日本文化の紹介、日本祭り開催、ネリカ米の試験栽培など様々な活動に取り組めました。

二年間の活動を終えて

当初は「貧しい国の人のために何かがしたい!」と、意気込んでガボンに来たものの…
ホームステイ先や任地での生活を通して「家族の大切さ」「人への思いやり」を学ばせてもらいました。また、協力隊員同士の助け合いから「自分一人では生きていけないこと」を痛感した2年間でした。
多くのガボン人とケンカしたり、泣かされたり悔しい思いもしたけれど…励まし笑顔で理解してくれる人にもたくさん出会えたため…今の自分があると思います。
本当に貴重な2年間をガボンで過ごし「ガボンの人のために恩返しがしたい」と、感じています。
今は、岐阜県国際協力推進員として岐阜で勤務していますが、まだまだ恩返しまではほど遠いと思います。少しでも多くの方が「ガボンなどの開発途上国に関心を持ってもらえれば!」と、強く思います。