BOP層向けの簡易冷蔵庫「チョットクール」の開発ストーリーとVLFMプログラム

2010年5月26日

JICAではインド製造業の変革を牽引するビジョナリーリーダーを育成するプロジェクト「製造業経営幹部育成プログラム(Visionary Leaders for Manufacturing Program (VLFM) )」を2007年8月より支援しています。同プログラムは新製品コンセプト創造から製品販売後のサービスまでを包含する総合的な「ものづくり」に重点をおき、司馬正次チーフアドバイザー(筑波大学名誉教授)の指導・助言の下、既に300名余のリーダーが育成されています。

【写真】プログラム開始時点からのメンバーであり、また、プログラムの指導者でもあるゴドレジ社・サンドラマン副社長はプロジェクトで学んだ方法論を生かして、低所得者向けの簡易冷蔵庫「チョットクール」の開発に携わりました。既にインド国内のみならず欧米のメディアでも取り上げられておりますが、今回は開発者であるサンドラマン副社長ご自身にケーススタディとしてまとめていただきました。「存在しない市場」へのアプローチ/顧客の潜在的ニーズの把握方法、BOP層向け商品開発における挑戦、サービスデリバリーの方法/NGOとの連携、チョットクールを通じた所得向上/BOP層のビジネス参画等々といったビジネスモデルのポイント、さらに、本ビジネスを通じて生まれたゴドレジ社の「BOP層への3Lビジョン」、包括的(inclusive)成長に向けた「システム・ダイナミクス・モデル」についてVLFMプログラムとの関係も含めポイントが整理されています。BOP層向けビジネス及び同ビジネス支援のケーススタディとして、ご参考になれば幸いです。

サンドラマン氏は同プログラム「シニア管理者育成コース」の引率者として現在来日中で、5月26日(水)に本邦でも講演予定です。また、プロジェクトでは日系企業との更なる連携を深めて行く予定ですので、ご関心があればJICAインド事務所まで是非お気軽にご連絡下さい。

※BOP(Bottom of the Economic Pyramid)層とは購買力平価ベースで年間所得が3,000ドル未満の開発途上国の低所得階層で、世界人口の約72%、約40億人に相当するとされ、将来的なボリュームゾーンとして注目されています。

(JICAインド事務所 片井啓司)

(包括的(inclusive)ビジネス創出のケーススタディ)
チョットクール:BOPへのブレークスルー

G・サンドラマン
VLFMプログラム・モジュールダイレクター
ゴドレジ・ボイス社 副社長

「見えないものを見て、潜在ニーズを理解すること」がリーダーシップの本質です!チョットクールのストーリーは司馬正次教授の指揮の下で実施されている「製造業経営幹部育成プログラム(Visionary Leaders for Manufacturing (VLFM) Program)という重要な基盤の上に成立しました。

インド人の80%以上は冷蔵庫を利用していません。インドでは最安価格帯の冷蔵庫でも6,000ルピー(約13,200円)はします。10億人を超えるBOP層は支払うことができませんし、多くは電気へのアクセスがありません。しかし、もし牛乳を保存したり、野菜や果物を傷むことなく保存したり、数本の冷たい水を得ることができれば彼らの日常生活は著しく向上することができます。BOP層にいる人々にこの「必要不可欠な贅沢」を購入可能・入手可能な形で提供することはできるでしょうか?

破壊的イノベーション(Disruptive Innovations)

チョットクールはこのようなインスピレーションとビジョンにより生まれました。このアイディアはクレイトン・クリステンセン教授の「破壊的イノベーション」という原則に基づきコンセプト化されました。一般的に技術は最も要求の高い顧客のニーズにこたえる形で漸進的/急進的に改善されます。この継続的革新は平均的顧客の満足度を向上しますが、高度に過ぎるため、基本的なニーズしかもたない層は取り残されてしまうのです。例えばEメールしか利用しない人はコンピューターに数ギガ・ヘルツのプロセッサーは必要ありません。「破壊的イノベーション」は単純利用の顧客(Simple User)の基本的なニーズに対して、容易・簡易・購入可能な解決策で応えるのです。「破壊的イノベーション」はこれまでカバーされていない非顧客(Non-Users)というマーケットへの扉を開くのです。

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顧客の深い理解(Consumer Insights)と潜在的なニーズ

チョットクールチームは開発初期段階において、顧客の深い理解(consumer insights)と農村及びBOP層の生活習慣を学ぶために多くの時間を現場で過ごしました。チームは人々が毎日又は一日おきに必要なものを購入し、約14平方メートルの小ぶりの住居に住んでいることを発見しました。リビングルームは夜には寝室に変わります、空間は贅沢品なのです!また、BOP層は移住する人々でもありました。

このように現場にどっぷりつかることは司馬教授に教えられた「金魚鉢理論」に基づいています。私たちは金魚鉢に飛び込んで初めて金魚の生態を理解することができるのです。VLFMプログラムで習得した観察・インタビューのスキルはBOP層が普通に生活している環境下で顧客の深い理解(consumer insights)を得るために活用されました。

チームは一部の人々が利用していた中古の冷蔵庫もほとんど空っぽで水以外には保存されていないことも発見しました。これらの洞察はVLFMプログラムにおいて司馬教授から学んだ”Five Step Discovery Process”により分析されました。チョットクールはこれらの潜在的な、そしてほとんど見えない洞察を言葉に表し、形にしたものです。

チョットクール

【画像】チョットクールは43リットルの半導体冷蔵庫で、コンプレッサーも冷媒も利用していません。12ボルトの直流電圧で機能し、バッテリーでもインバーターでも、太陽エネルギーでも機能します。また、重量は7.8キログラムで簡単に持ち運びできます。ごく一般的な家庭環境下で食品を5〜15°Cで新鮮に保ち、冷やすことができます。価格は3250ルピー(約7150円)〜3500ルピー(約7,700円)です。

BOP層へのより大きなビジョン

チョットクールは冷蔵庫ではありません!チョットクールは別の商品カテゴリなのです!チョットクールは技術、サイズ、構造、性能、顧客への価値命題の全てにおいて冷蔵庫とは異なります。このため、私たちは商品の販売方法においてもブレークスルーが必要でした。私たちはNGOのSwayam Shikshan Proyog (SSP)と連携し女性起業家を通じて潜在的な顧客にアプローチしました。女性起業家はコミュニティに近く、商品アイディアの伝達の促進に貢献しました。また、女性起業家は商品販売を通じて販売代理手数料を稼ぐこともできました。実際、チョットクールはBOP層にある女性たちの生活水準(Living Standard)、生計(Livelihood)、ライフスタイル(Life Style)に影響を与えたのです。このことは徐々にゴドレジ社のBOP層への3Lビジョンに発展しました。

商品はチョットクールについて学ぼうと600名の女性が集まったマハラシュトラ州の一つの村で世の中に送り出されました。チョットクールは女性たちが宗教的な唄を歌う中、伝統的な農村の「かご」の中からお披露目されました。このイベントは顧客と共同で企画され、私たちは多くの洞察を得ることができました。また、商業販売も開始されました。

試験販売は他の数村にも拡大され、大変よい反響を得ました。また商品への深いフィードバックも頂きました。これらの視点は商品に反映され、次のフェスティバルシーズンに全国販売を開始する予定です。

BOP層に幅広いインパクトを生み出す

試験販売において、私たちはチョットクールがBOP層に様々な経路でインパクトを与えていることを発見しました。もちろんチョットクールは商品を利用する人々の生活水準を向上させました。また、BOP層の日々の生活に笑みをもたらし、稼ぎ手の生産性も向上しました。チョットクールを実演し、販売を担った女性企業家たちは収入を得ることができました。

花売り、菓子屋、小さな売店等の小規模なビジネスにおいては、チョットクールは収益資産となりました。商品の貯蔵寿命を延長し、保存中の傷みを減らすことができたからです。冷たい水やソフトドリンクの販売は小さな商店に追加的収入の機会をもたらしました。

チョットクールのビジネスモデルにおいては、ビジネスを共同で生み出したり、生み出された付加価値の一部をBOP層に還元するといった形で、ビジネスの様々な側面においてBOP層の参加を得ることに私たちは体系的に取り組みました。私たちはBOP層にマーケティング、訓練、サービスデリバリー、一部の物流等に参画してもらいました。

そして私たちはいつの日かチョットクールのような商品が、インドに広く存在する医療インフラ、電気、交通手段の限られた後背地の農村に住んでいる、BOP層の子供たちにワクチンを届ける支援を行うことを夢見ています。

BOP層における挑戦

しかし、BOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しました。広く薄く広がる市場、顧客の購買力の低さ、利用者側の認識の限界、大きな文化的多様性などです。私たちは謙虚に学び、適応することでこれらの挑戦に応えました。私たちはまた、質素倹約を続けました。最終消費者に低価格で提供することに集中し、小さなチームで活動し、投資額を大変低く抑えました。このことは学びの実験を継続することを可能にし、学びをビジネスに再投資し、改善につなげました。

チョットクールからの洞察と学び

VLFMは必要不可欠なブレークスルー技術を学ぶための土台を築くコースでした。存在しない市場は分析することができません。私たちは現場に飛び込み実験を繰り返すことで初めて学ぶことができます。このことが司馬教授に教えられた「金魚鉢理論」の本質です。私たちは”Five Step Discovery Process”を通じて、観察・インタビューのスキル、言語・イメージの処理方法、反射的思考を体系的に学びまた実践してきました。メモ取り原理、描写、コンセプト化のスキルにより多様な分野の専門家を統合することができました。

私はモジュールダイレクターに選ばれたため、司馬教授の傍でこれらのスキルを学ぶという個人的恩恵を得ました。また司馬教授と共に働くという幸運を得、私自身のリーダーシップの変革を経験しました。このような一生の機会を与えてくれたゴドレジ社に私は深く感謝しています。

包括的な(Inclusive)成長へのシンボリックな事例

チョットクールは商品・ビジネスのブレークスルーに留まりません。チョットクールはより大きな課題である包括的な成長へのシンボリックな取り組みとなりました。以下のシステム・ダイナミック・モデルはその本質を要約したものです。このシステム・ダイナミック・モデルについてもその構造化スキルをVLFMプログラムの”Five Step Discovery Process”で習得しました。

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包括的成長のためには、適正技術とビジネスモデルに基づいてBOP層向けに特別に開発された商品、低コストでの市場開拓、技能訓練及び組み込まれた収入機会が必要不可欠です。BOP層へのビジョンと大志は深い顧客調査とブレークスルー思考によりはじめてかなえられます。

BOP層への取り組みにあたり困難があるのは間違いありません。BOP層向けの技術を開発し、収入機会を提供し、手ごろな価格を実現するのは手ごわい挑戦であり続けるでしょう!

Win-Win連携のチャンス!

多くの困難は連携を通じて解決できることを今回の経験を通じて私たちは学びました。BOP層の困難はグローバルな困難です。解決策も技術開発、製品デザイン、研究のグローバルな協力を通じて得られるはずです。私たちは日本の友人・支持者のみなさまからのアイディア、フィードバック、インプットを楽しみにしております。それらはこの崇高な動機に取り組むサポートとなります。

私たちがこの旅路の中で、司馬教授がVLFMプログラムに注入した「崇高な精神(Noble Mind)」を発見しました。米国のルーズベルト大統領の発言にあるように「我々の進歩は持つものの富をどれだけ増やしたかではなく、持たざるものに十分に与えられたかで計られる」のです。

協力と連携によってはじめて社会の課題に完全に取り組むことができるのです。

謝意

終わりに司馬正次教授、VLFMプログラム、インド工業連盟、JICAの貢献に感謝を申し上げます。このプロジェクトは日印政府協力成功の生きている証拠です。

私たちは故プラハラード教授、クレイトン・クリステンセン教授のような思想リーダー(thought leader)にも感謝を申し上げます。彼らのインスピレーションと知的インプットは私たちの旅路に深い洞察を与えてくれました。インドにおいて学びのエコシステムを作り上げてくれたインド工業連盟にも感謝いたします。

そして最後にこの場に集まっていただいた皆様そしてこのような貴重な機会を提供していただいたJICAに感謝申し上げます。

2010年5月17日
G.サンドラマン(ムンバイ)

(翻訳:JICAインド事務所 片井啓司)