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国際緊急援助隊(JDR)のあゆみ

1979

Japan Medical Team(JMT)の結成 〜 日本の国際緊急援助活動がスタート 〜
  • 1979年〜1982年 カンボディア難民救援

内戦によりタイに脱出した多数のカンボディア難民救援のため、日本政府は視察団を派遣、この報告をもとに国公立・私立病院、日本赤十字社、JICAなどにより構成されるJapan Medical Team(JMT)を初めて派遣しました。この活動では全13チーム、延べ407名の医療関係者が派遣されました。

1982

国際救急医療チーム:Japan Medical Team for Disaster Relief(JMTDR)の設立

日本政府は、平常時より医療関係者を登録し、海外の災害に迅速に派遣するシステムをつくりました。このシステム「国際救急医療チーム(JMTDR)」は、自主的に登録した医療関係者を日本国として公的に派遣する点が特徴で、現在の国際緊急援助隊医療チームに引き継がれています。

1983

JMTDR登録のための研修を開始

1984

JMTDR初の派遣(エチオピア干ばつ)

1985

総合的な緊急援助体制の必要性認識

この年に発生したメキシコ地震とコロンビア火山噴火に派遣されたJMTDRの経験から、医療関係者だけでなく捜索救助および災害復旧の専門家を含む総合的な緊急援助体制が必要との認識が高まりました。

1987

「国際緊急援助隊の派遣に関する法律(JDR法)」公布・施行(9月)
〜 JMTDRからJDRへ、わが国の総合的な緊急援助体制の確立 〜

海外の災害の種類や被災状況、被災地のニーズに応じて救助チーム、医療チーム、専門家チームのそれぞれ、または複数のチームを組み合わせた国際緊急援助隊;Japan Disaster Relief Team (JDR)を派遣する、わが国の国際緊急援助活動が正式に法制化されました。

1988

国際援助協調の推進

アルメニア共和国で発生した地震災害では世界各国から大量の救助チームや支援が流れ込み、被災国に大きな混乱が生じました。この教訓を生かし、国連人道局(現在の国連人道問題調整事務所(UNOCHA))が中心となって、緊急援助分野での国際協調と活動調整を推進するための体制が整えられました。

1990

初の救助チーム派遣 〜 イラン地震 〜

1991

最後の難民救済派遣 〜 イラク難民救援 〜

湾岸戦争終結後、イラン、トルコ領内のイラク難民救済のため、国際緊急援助隊医療チームを派遣しました。難民救済に端を発した日本の医療チームですが、1992年の法改正を前に、これが最後の難民救済派遣となりました。

1992

JDR法の改正と国際平和協力(PKO)法との整理
国際緊急援助隊事務局をJICAに設置

法律改正により、紛争による難民支援は国連平和維持活動(PKO)が、自然・人為的災害は国際緊急援助隊(JDR)が担当することで整理されました。また、大規模災害に際しては、必要に応じて自衛隊部隊をJDRチームとして派遣することになりました。またこれまでのJICA医療協力部国際緊急援助室を改変し、独立した国際緊急援助隊事務局を設置しました。

1995

国内災害への救援支援 〜 阪神・淡路大震災 〜

この年に発生した阪神・淡路大震災に際して、JICAに登録する医療関係者の派遣を国際緊急援助隊(JDR)事務局がサポートしました。加えて、成田備蓄倉庫にある緊急援助物資を、神戸市役所・神戸サンボーホール・東灘区役所へJICA職員が届けました。

1998

初の自衛隊部隊派遣 〜 ホンジュラスハリケーン 〜

初の自衛隊部隊派遣となったホンジュラスのハリケーン災害では、陸上自衛隊80名、航空自衛隊105名が派遣され、医療・防疫・給水活動を行いました。

2003

初の救助犬派遣 〜 アルジェリア地震 〜

2004

広域大規模災害への対応と切れ目のない支援の継続 〜 スマトラ沖地震・インド洋津波 〜

甚大な被害をもたらしたスマトラ沖大地震・インド洋津波災害では、スリランカ、モルディブ、インドネシア、タイの4カ国に、救助、医療、専門家、自衛隊部隊の合計14チームを派遣しました。

2005

オールジャパン体制での対応 〜 パキスタン地震 〜

救助チーム、医療チームと自衛隊部隊が同一地域に集中して相互に協力し救援活動を実施。JDRの医療活動は日本のNGO(注1)に引き継ぐなど、広く国内関係者が協力しあうオールジャパン体制での活動となりました。

(注1)災害人道医療支援会・Humanitarian Medical Assistance:HuMA

2006

医療支援活動の充実 〜 インドネシア・ジャワ島中部地震 〜

インドネシア国ジャワ島中部で発生した地震災害では、医療チームは被災者診療に加えて現地医療機関の活動を本格的に支援するとともに、広域で積極的な巡回診療を行い、様々な医療ニーズに応えました。

2007

「国際緊急援助隊の派遣に関する法律(JDR法)」公布・施行20周年

2008

チャーター機による迅速な派遣

中国西部で発生した地震災害では、初めてチャーター機が活用されました。これにより、今まで以上に迅速に被災地に向かうことができ、効果的な活動につながりました。また翌2009年にはインドネシア・パダン沖地震にて同じくチャーター機を活用し、JDR救助チーム、医療チームの同時派遣が行われました。

2010

脆弱国家における救援活動と国際協調の重要性

首都直下型地震により未曾有の大災害となったハイチ地震では、医療チームが活動を行いました。本災害では多くの国やNGOが救援に参加し、国際調整の重要性や、医療チームの機能拡充、JDRチームの機動力向上、PKO展開地域などでの安全性確保など多くの改善が必須であることが再認識されました。

また救助チームは捜索救助の国際的ネットワークであるINSARAG(国際都市型捜索救助諮問グループ、事務局は国連人道問題調整事務所:UNOCHA)から最高水準である「重(ヘビー)」チームの認定を受けました。

JDRチーム派遣実績案件表 1984〜2010

1984年 エチオピア旱魃
1985年 メキシコ地震、コロンビア火山噴火
1986年 ソロモンサイクロン
1987年 ベネズエラ洪水
1988年 エチオピア旱魃、スーダン洪水
ジャマイカサイクロン、ソ連・アルメニア地震
1989年 中国洪水
1990年 象牙海岸難民救援、イラン地震、フィリピン地震
1991年 イラク難民救援、ペルシャ湾原油流出
バングラデシュサイクロン、フィリピン台風
1992年 ニカラグア津波、エジプト地震、インドネシア地震
1993年 ネパール洪水、マレーシアビル崩壊
1994年 インドネシア火山噴火
1996年 インドネシア地震、バングラデシュサイクロン
エジプトビル崩壊
1997年 マレーシア大気汚染、インドネシア森林火災
シンガポール石油流出
1998年 パプアニューギニア津波、バングラデシュ洪水
ドミニカハリケーン、ニカラグアハリケーン、
ホンジュラスハリケーン
1999年 コロンビア地震、トルコ地震、台湾地震
2000年 モザンビーク洪水、インドネシア地震
2001年 エルサルバドル地震、インド地震
2002年 パプアニューギニア火山噴火
2003年 ベトナムSARS、中国SARS
アルジェリア地震、イラン地震
2004年 モロッコ地震、スマトラ沖地震・インド洋津波
(4カ国)
2005年 インドネシア・ニアス島地震、パキスタン地震
2006年 インドネシア・ジャワ島中部地震、フィリピン油流出海難事故
2007年 韓国油流出事故
2008年 中国西部大地震、ミャンマーサイクロン
2009年 台湾台風、インドネシア西スマトラ州パダン沖地震
2010年 ハイチ地震、チリ地震

※記載の災害はJDRチームを派遣した災害です。