現在の場所は

所長あいさつ

成田空港から直行便で6時間半。日本から南へ5,000km、世界で2番目に大きなニューギニア島の東半分と600の島々からなるパプアニューギニア。日本の1.25倍の面積(46.2万平方km)と600万人の人口は、大洋州で、豪州に次ぐ、2番目の大国です。

肥沃な土地、金、銅、石油、天然ガス等鉱物資源や森林資源、カツオ、マグロ、エビなどの水産資源に恵まれ、今なお新種の動植物が発見されるなど、手付かずの自然があふれ、500以上の部族が各々の伝統文化を守り、およそ国民の8割の人々が、自給自足経済と貨幣経済が混在する半自給自足経済の中で昔ながらの暮らしをしています。

ドイツ、英国、豪州の領有を経て、第二次世界大戦では日本が進駐し、米・豪連合軍との戦場(注1)になり、終戦後、豪州による国連委託統治領の後、1975年独立しましたが、広い国土と、文化伝統を異にするムラの寄り集まりであるため、国という意識が十分醸成されず、かつ、人材、行政能力、社会政治構造が脆弱なまま、国家建設、経済発展を目指さざるを得なかったために、バランスのとれた開発が順調に進展しているとは言い難い状況です。

本島の中央部には4000m級の山脈が東西に連なる急峻な地形、かつ島々が点在することから、運輸・通信システムは未発達のままであり、たとえば、首都ポートモレスビーと隣接する3つの州の州都とは、道路が繋がっていません。また都市と地方の格差は極端に大きく、結果、国民一人当たりの収入では、「中進国」に分類されるも、ほとんどの社会指標は「低所得国」に分類されるものとなっています。

JICAは1975年の独立前から、開発調査等を実施し、独立以降は、研修員受入(2009年9月現在帰国研修員数は1450名超)、専門家の派遣、無償資金協力の調査、促進業務に加え、80年からは青年海外協力隊の派遣(2009年9月累計派遣者数は574名)、83年には、事務所を開設し、これまで30年以上協力を続けてきました。

これからもパプアニューギニアの開発計画や国連ミレニアム開発目標の達成を助けるべく、この国の進度を踏まえ、人から人へ細く長く、「Wok wantaim na Maikim Gutpela Future bilong Yumi(人々のよりよい明日のために共に働く)」(注2)をモットーに、常に村落部の人々の生活向上を目指していきたいと思っています。

(注1) いわゆる東部ニューギニア戦線では15万人の日本兵が亡くなり、帰還できた1万人の方々は、現地の人々の助けがなければ生きて帰ることはできなかったと述べています。
ソマレ首相も駐留していた日本軍が開設した学校で勉強した経験をお持ちです。

(注2) 英訳は、Work together for building Good Future for everyone