スリランカ史上初!の野球場建設−歴代野球隊員汗と涙の結晶−

2012年12月24日

【写真】

試合前に両チームが整列

【写真】

交流試合の様子(主審を務めるのがスジーワさん、二塁塁審が二代目野球隊員後田さん)

【写真】

試合後は合同でグラウンド整備

【写真】

渡辺隊員と神奈川県高野連チーム監督の泉田さん

【写真】

球場近くに設置された日ス国交樹立60周年・野球場建設記念プレート

【写真】

粗在スリランカ日本国大使(左から2人目)とナマル・ラージャパクサ国会議員(左から3人目)

日ス国交樹立60周年となる2012年12月23日、日本の支援によってコロンボ県ディヤガマに建設されたスリランカ史上初となる野球場で、完成記念式典が開催されました。式典はナマル・ラージャパクサ国会議員、在スリランカ日本国大使、スポーツ省大臣をはじめ1,000名を超える参列者を迎えて行われ、式典後には初めての試合となる神奈川県高野連選抜チームとスリランカU-19ナショナルチームとの交流試合が行われました。

試合は一点を争う緊迫した展開でしたが、最終的には神奈川県高野連選抜チームが3−0でスリランカU-19チームに勝利しました。世界ランク1位の日本で有数の実力校が揃う神奈川県選抜チームと、世界ランク32位のスリランカチームとの差を考えると、かなりの健闘ぶりでした。合同で練習やグラウンド整備を行うなど、両チームの交流は試合以外でも見られました。

同球場は外務省・草の根文化無償資金協力とJICA寄附金を原資として2012年5月に建設が始まり、12月22日に一次工事が完了しました。フェンス、内外野域の排水溝設置など球場の基礎工事を草の根文化無償で行い、フェンスに沿って設置されたメイン排水溝と今後二次工事で設置予定の観客席、芝敷設工事などをJICA寄附金で行っています。

スリランカの野球に対する日本の協力は、2002年の初代野球隊員派遣に遡ります。当時スリランカで野球はメジャーなスポーツではありませんでした。初代野球隊員の植田一久さんを皮切りに、2代目後田剛史郎さん、3代目漆原伸也さん、そして現在派遣中の4代目渡辺泰眞さんが歴代スリランカナショナルチームの監督を務め、大学生・中高生への指導も含めて、広く野球の普及に尽力してきました。2009年にタイで開催されたアジアカップでスリランカナショナルチームは3位入賞、2010年には初めて世界大学野球選手権大会に出場、2011年の世界ランキングで32位(72カ国中)に入るまでに成長しました。2012年、スリランカ教育省は小中高校における課外スポーツ推奨7種目に、サッカー、バレーボールなどスリランカで昔から人気の高い種目とあわせて野球を加え、2011年時点で5,000人にまで増えた野球競技人口のさらなる増加が期待されています。

スリランカ野球を語る上で、欠かせない人がいます。スジーワ・ウィジャヤナーヤカさん(29)です。スジーワさんは協力隊員から指導を受けたスリランカナショナルチームの元エース投手で、「自国の野球の発展のために野球技術をしっかり学びたい」との思いから立命館アジア太平洋大学に自費留学し、現在は九州のホテルに勤務する筋金入りの野球好きです。スジーワさんは福岡県内の高校、大学、社会人野球の審判として活躍する傍ら、野球道具が恒常的に不足しているスリランカへ軽トラ一台分もの用具を寄贈するなど、日本−スリランカ野球の架け橋として重要な役割を担っています。

スリランカ史上初となる野球場建設は、スジーワさんをはじめスリランカで野球に関わってきたすべての人の夢でした。この球場建設を起爆剤として、スリランカの野球が益々発展していくことを願っています。