MDGsリレーインタビュー:教育(2)

日本の教育協力の理念を世界に示す

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教育分野の協力に携わる人が忘れてはいけないこととして、ペスタロッチの「教育は愛」という言葉を挙げた黒田教授

初等教育就学率が100パーセントの日本。学校へ通える環境をごく自然に受け入れてしまうが、世界に目をやると小学校に通っていない子どもは10人に一人の割合で存在する。

2000年、国際社会は「2015年までにすべての子どもたちに初等教育の機会を与える」という目標を掲げた。ミレニアム開発目標(MDGs)だ(注1)

目標設定から10年を経た今年9月、国連本部でMDGsの達成状況について話し合う国連首脳会合が開かれ、上述の目標についても進捗状況の報告、今後の取り組みについての議論が行われた。会議に参加した菅直人首相は、日本の新たな開発援助政策の一つとして基礎教育支援モデル「スクール・フォー・オール」を提案し、「人間一人ひとりの保護と能力向上に着目する人間の安全保障の視点が鍵となる」という考えを示した。

「人間の安全保障」と教育はどうつながるのか―この新教育協力政策(「日本の教育協力政策2011〜2015」)の策定で中心的な役割を担った早稲田大学大学院の黒田一雄教授に聞いた。(聞き手:JICA人間開発部次長兼基礎教育グループ長 佐久間 潤)

(注1)MDGsには、2015年までに達成すべき目標として教育のほか、保健、環境などの分野にわたる八つの目標が盛り込まれている。

教育を支えるのは人間の思い

−まずお伺いしたいのは、黒田さんが開発途上国の教育支援に興味を持たれたきっかけです。1990年代、教育は開発課題の中でも主流とはいい難い分野でした。

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フィールド調査では、子どもたちの生活環境も見て回る。伝統的な暮らしを続けるマサイ族の家で(2006年9月)

私は教育が自分の人生を変えてくれたと信じていますし、すべての人が教育を受ける機会を得るべきだと考えてきました。大学で開発経済を専攻していたのですが、その中で教育の重要性を再認識し、教育開発の研究を始めました。実際に現場にかかわるようになったのは、博士課程を終えて世界銀行でコンサルタントとしてタイの教育政策の調査研究をしたのが最初です。その後、広島大学に新設された教育開発国際協力研究センターの開設スタッフとなり、そこでJICAや世界銀行、ユネスコ(UNESCO)との関わりが生まれました。当時、90年代後半から2000年代前半は教育協力の黎明(れいめい)期ともいえる時期で、教育協力の基礎的な調査研究がJICAのプロジェクトの中心でした。日本には研究者が少なかったこともあり、若手ながら重要な役割を担わせていただけたのは本当に幸運だったと思います。調査研究を通じて、開発途上国の現場を見る機会も多く与えられました。

−その後、早稲田大学大学院に移られましたが、現在はどのような研究をされているのですか。

私は自分を「万人のための教育(Education for All:EFA)」(注2)の研究者だと思っています。当初はジェンダー問題、つまり、女性ということだけで教育機会が与えられないという、虐げられた人の環境改善に関心を持っていました。最近は、障害児など特別な教育ニーズを有する児童への教育を一般教育に含めて考える「インクルーシブ教育」に関心を持ち、東南アジアやアフリカなど地域を限定せずにフィールド調査を行っています。また、アジアの高等教育、高等教育分野での地域協力・地域統合、高等教育の国際化も研究テーマとしています。

(注2)「万人のための教育」とは、1990年に提唱された国際社会の取り組みで、初等教育の普遍化、男女の就学率格差の是正などが盛り込まれている。

−以前、黒田先生が「教育は愛だ」とおっしゃったのを非常に印象深く覚えているのですが。

これはスイスの教育思想家であるペスタロッチの言葉を引用したものです。教育開発の専門家として教育協力を考えるとき、効果・効率を求めるのは当然のことですが、一方で、教育を支えているのは、教師や学校関係者による一部の人たちの努力だけではなく、家族など教育を大切に思う人の気持ちや、学ぶことに対する子どもたちの希求だったりもします。「教育は愛だ」は、教育を支えるのは人の思いだということを端的に表しているメッセージだと受け止めています。過度な効率性の追求により、「教育」のあるべき姿を忘れないようにしたいと思います。

教育が「人間の安全保障」を実現

−今年9月のMDGsサミットで、菅首相が日本の開発援助政策として「日本の教育協力政策2011-2015」を打ち出しました。黒田さんも策定にかかわっておられますが、この政策はなぜ生まれたのでしょうか。

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佐久間次長は、基礎教育グループにあって世界中のJICAの基礎教育案件を見る立場にある

2002年のG8サミットで、当時の小泉首相が「成長のための基礎教育イニシアティヴ(BEGIN)」と呼ばれる教育戦略を打ち出したとき、私も一部携わらせていただきました。その後も、BEGINがモニタリングできる政策になっていたか、どのように途上国の政策に影響を与えたかなどを、外務省と共に検証する機会を得たのですが、反省すべき点も多く、ポストBEGINの必要性を強く感じていました。

その後、2008年の洞爺湖サミットに向けて、外務省、文部科学省、財務省、JICA、国際協力銀行(JBIC)、NGOの関係者が集まって、日本の戦略を見直したことが、今回の政策の礎になったといえます。

−新教育協力政策のポイントはどこにあるとお考えですか。

日本の国際教育協力の理念をはっきりと示すことができた点です。

かつては国が行っていた教育政策を、なぜ国際社会が支援する必要があるのか、私は研究者としてずっと考えてきました。そして、たどり着いた答えが、平和・人権・開発の三つです。教育は他者や異文化を理解し平和を築く礎となり、国の持続可能な開発へとつなげる役割を果たします。そして、すべての人が学ぶ権利を保障されなければなりません。

教育協力において、国際社会が共有するこの三つの目標を統合的に支え、発展させることは、日本が外交政策の重要な柱の一つとして提唱してきた「人間の安全保障」を実現する上で不可欠です。教育の必要性を「人間の安全保障」の視点から国際社会へのメッセージとして出せたことに意味があります。

−包括的な学習環境改善の基礎教育支援モデルとして提案した「スクール・フォー・オール」について、説明していただけますか。

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ケニアの小学校を訪問し、子どもたちの授業への反応を見る黒田教授(2010年9月)

90年代後半から2000年代にかけてJICAが行ってきた「みんなの学校プロジェクト(住民参画型学校運営改善計画)」は、学校の運営改善のみならず、地域住民に対して就学促進の啓発活動を行ったことにより、国際社会から高く評価されています。その経験を踏まえて提示したのが「スクール・フォー・オール」。これは学校・コミュニティー・行政が一体となって包括的な学習環境の改善を行い、質の高い教育環境をすべての子どもたちに提供することを目指すもので、そこにはみんなで学校を支えるという理念や、障害者や少数派(マイノリティー)も教育を受ける権利を保障されるというインクルーシブ教育の理念も含まれています。

MDGsの達成に日本の知見を生かすべき

−国連機関や外国の研究者の方々と一緒に仕事をする中で、国際社会は日本、あるいはJICAに何を期待していると感じていますか。

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「いいプロジェクトの実施も大切だが、発信力も欠かせない」と語る黒田教授

日本からは「みんなの学校プロジェクト」のほか、教員研修を通じて教育関係者のネットワークを構築したケニアの「中等理数科教育強化計画プロジェクト(SMASSE)」など、世界から注目されるプロジェクトが生まれています。日本の教育協力プログラムには世界に学んでもらえるものがたくさんあり、国際社会もそれを期待しています。欧米諸国がとかくMDGsなどの国際目標の達成に向け、短期的な効率・効果を最優先する中で、日本には、「教育の質を重視しながら、教育システムを自ら構築していこう」という途上国の自助努力を支援する考え方が強くありました。このような考え方は、援助関係者だけではなく研究者にも共有され、日本のこれまでの教育協力実践・教育開発研究にも生かされてきました。こうした知見を、日本は国際社会に提示すべきではないでしょうか。

一方で、日本の弱点は発信力の弱さです。援助方針や政策について発表する場はたくさんあります。海外で開催される教育学会などでは、NGOや国際機関などの援助関係者による積極的な参加が見受けられますが、残念ながら、JICAや日本政府の方が参加されることはほとんどありません。もちろん予算の問題などもあるのでしょうが、こうした場を利用して情報を発信できるといいなと思います。日本政府、JICAの考え方を知りたいという人は、国内外問わずたくさんいますから。

−おっしゃるように、国際社会への発信力強化は今後の課題です。これまで研究者という立場からJICAと関わってこられましたが、今後、JICAにどんなことを期待されますか。

90年代から2000年代にかけて、JICAと教育開発の研究者たちは試行錯誤しながら教育協力の実践と教育開発研究でさまざまな成果を生み出してきました。その成果は国際社会で徐々に高い評価を得ていますが、それに安住することなく、今後も新しい仕掛けをつくり世界に問うていってほしいと強く願っています。効率・効果の面ではなかなか難しい分野ですし、失敗もあるかもしれませんが、チャレンジし続けてほしいと思います。

<プロフィール>
黒田 一雄(くろだ・かずお)
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。広島大学教育開発国際協力研究センター講師、助教授を経て現職。他に日本ユネスコ国内委員会委員、アジア経済研究所開発スクール客員教授、JICA研究所研究員等。外務省、JICA、文部科学省等の教育開発分野調査研究・評価に携わる。スタンフォード大学にてM.A.(国際教育開発)、コーネル大学にてPh.D.(教育・開発社会学)を取得。
佐久間 潤(さくま・じゅん)
人間開発部次長兼基礎教育グループ長。1989年国際協力事業団(当時)入団。本部勤務を経て1994年スタンフォード大学大学院修士課程に留学。復職後本部勤務を経て、1998〜2001年、初中等教育アドバイザー専門家としてインドネシアに赴任。その後、社会開発部、人間開発部、人事部、JICA客員専門員などを経て、2010年6月より現職。