現在の場所は

スーダン・内戦の長いトンネルを抜けて(3)

−教育支援を通して夢を語る−

2011年7月にアフリカで54番目の国として独立することが決まった南部スーダン。新しい国づくりに向けて希望に満ち溢れた空気が広がる一方で、世界で最も貧しい国がまた一つ増えることを危惧する人々もいる。初等教育就学率48パーセント、5歳未満児の死亡率14パーセント、全人口の45パーセントが安全な水にアクセスできない―。このような状況の中、JICAは2005年の南北包括和平合意(Comprehensive Peace Agreement:CPA)署名直後から、人間の基本的要求(Basic Human Needs:BHN)の充足を一つの柱として南部スーダンを支援してきた。教育もその一つだ。

今回は、2008年から3年間、JICAと共に理数科教育支援プロジェクトに携わり、リーダーシップを発揮してきた南部スーダン政府教育省質の向上・革新局のエドワード・ココレ課長と中村由輝JICA専門家に、紛争後の地域で理数科教育を推進する意義などについて聞いた。(聞き手:JICAスーダン駐在員事務所 中村恵理)

独立を決定づけた住民投票

−2011年2月7日に住民投票の結果が正式に発表され、南部スーダンは今年7月に独立することになりました。この結果について、どのように感じていますか。

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難民生活に疲れ、1999年から南部スーダンに戻ってスーダン人民解放軍に参加したというココレ課長

ココレ課長 正直に言えば、結果は「わかっていた」ということになるでしょう。半世紀にわたって南北で内戦が続いた結果、スーダン政府の中では南部スーダンの人々は高いポジションに就くことができず、また、南部スーダンは開発の恩恵を受けることもできませんでした。CPA後、「統一によって魅力的な国づくりを進める」とスーダン政府は約束しましたが、実際には十分な措置は取られませんでした。南部スーダンの人々が「独立」に投票したのは当然のことであり、我々はその結果を冷静に受け止めています。

教育を巡る状況

−CPA後6年が経過して道路や建物が次々と完成し、南部スーダンの主要都市・ジュバは大きく変わりました。教育の現場でもさまざまな変化が起きているのではないかと思いますが、実際のところはどうなのでしょうか。

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「3年前は、雨が降ると停電するので誰も教育省に出勤してこなかった」と中村専門家

ココレ課長 内戦終了後、多くの学校が建設されましたが、教育制度がきちんと機能するようになるには、まだしばらく時間がかかりそうです。内戦中に我々は、南部スーダンのための独自の教育政策とカリキュラムを用意し、子どもたちに教育の機会を提供していました。CPA後、人々はすべてが劇的に変わると信じ、南部スーダン政府教育省も非常に野心的な教育計画を立案しましたが、財源と人材が圧倒的に不足しており、すべてがうまくいっているわけではありません。

また、内戦中はNGOとコミュニティーのサポートを得ながら、試験制度や高等教育制度を一部の地域で構築していましたが、CPA後は南部スーダン全域を対象とすることになったため、今までのように簡単にはいきません。広大な土地にまともなインフラもないわけですから、一つひとつに時間と手間がかかる。州政府と連絡を取り合うだけでも一苦労です。組織や制度を整備して教育システムを末端まで機能させるには大変長い時間と努力が必要になりますが、内戦後の人々の教育に対する期待は非常に高く、このギャップに悩まされています。

中村専門家 一方、教育省の施設は随分よくなりました。以前は停電も多く、その度に業務を中断していましたが、今ではそのようなことはありません。また、私が赴任した3年前は、教育省の一般職員は自分たちで計画を立てて物事を実行していくということを恐れているようなところがありました。先行きが不透明だったこともあり、きっと、未来を語ることに積極的になれなかったのだと思います。でも、今では多くの職員が、自信を持って計画を立て、それらを実行に移しています。省庁の中でも活動的に働く人たちが増えたなという印象を持っています。

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日本とUNHCRの支援で建設中の教員養成校

ココレ課長 内戦後、当初は南部スーダン全10州に高校と教員養成校を1校ずつ設置する予定でした。しかし、学校の管理体制の整備もままならず、また、建設コストもかなり高いため、すべてが中途半端なままで放置されています。例えば、校舎は建設したものの、建設費不足で調理室や食堂、寮などが備わっていない学校が多くあります。交通機関が整備されておらず、賃貸住宅もないような南部スーダンでは、高校や教員養成校の生徒は、寮がなければ学校に通うことができず、調理室がなければ学校給食も提供されないわけですから、学業に専念することができません。先生はいるのに活用されていない学校は少なくないのです。

こういう状況ですから、現在、日本政府の資金で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によってジュバに建設されている教員養成校には、かなり期待をしています。初めて、教室、実験室、調理室、食堂、寮のすべてが完備された教員養成校が南部スーダンにできるからです。南部スーダンでは、全教員の87パーセントが無資格者で、大学を卒業した教員は全体の3.2パーセント、教員養成校出身者もわずか2.9パーセントにすぎません。この施設を使って多くの資格を持つ教員を南部スーダンに送り出していきたいですね。

−南部スーダンに来る前、中村専門家は、長い間ケニアで教育支援に携わっていたということですが、南部スーダンをほかの国と比べた場合、どんな特徴がありますか。

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理数科教員養成プロジェクトで実施した模擬授業に夢中になる子どもたち

中村専門家 以前、私が所属していたNGOが活動していたのは、ケニアの中でも貧しい農村です。学校について、ケニアの都市部とでは、かなりの差がありますが、ケニアの農村部と南部スーダンは、似たような問題を抱えていると感じます。例えば、教材や設備の不足、学校管理体制の不備、先生の意欲の欠如、学校を取り囲むコミュニティーの貧困、保護者の教育への理解不足などです。

今後、南部スーダンの教育制度を確立していく上で、ケニアを含むアフリカの近隣諸国から学べることは多いと思います。そういった意味でも、ケニアのアフリカ理数科・技術教育センター(Centre for Mathematics, Science and Technology Education in Africa:CEMASTEA)による南部スーダン政府教育省への支援は大変役に立っていると思います。CEMASTEAのケニア人講師が南部スーダンに来てJICAの理数科教育のプロジェクト(注)で実施中の教員研修についてアドバイスし、また、南部スーダンからプロジェクトの研修講師がCEMASTEAに行って、ケニアをはじめアフリカ諸国の教育関係者から学ぶ機会を与えられる。日本とケニアと南部スーダンとの間で三角協力を行うことで、JICAの支援にも奥行きが出ていると感じています。

(注)JICAは、2009年11月から「南部スーダン理数科教育強化プロジェクト(Strengthening Mathematics and Science Education in Southern Sudan:SMASESS)」(〜2012年11月)を実施中。JICAがアフリカ地域で展開する理数科教育プロジェクト群の一つで、ケニアで先行している「理数科教育強化計画プロジェクト」から知見の共有や技術支援を受けながら進められている。

教育分野での開発パートナーの動き

−南部スーダンでは、米国国際開発庁(USAID)、英国国際開発省(DfID)、ユニセフ、世界銀行のほか、セーブ・ザ・チルドレンのような国際NGOなど、数多くの開発パートナーが教育分野で活動しています。JICAも2008年から南部スーダン政府教育省と一緒に理数科教育を支援していますが、ほかの開発パートナーと比べた場合、JICAの支援の特徴はどのようなところにあると思いますか。

ココレ課長 南部スーダンには、多くの開発パートナーがそれぞれのプログラムを持ってやってきます。ユニセフやユネスコなどの国連機関は、教育省の政策を側面支援するためにアドバイザーを派遣したり、セミナーを開催するための資金を提供してくれたりします。一方、ある国の援助機関は、ほとんど教育省と協議をしないまま、直接NGOなどと契約を結んで事業を実施するため、教育省にも何をやっているか分からないところがあります。

また、内戦中から南部スーダンでは、多くのNGOがコミュニティーレベルで活動していますが、CPA後6年を経た今でも、NGOにはまだまだ多くの役割があると感じています。本来は教育省が政策をつくり、教員を派遣して、学校を運営するための資金を学校に供与する責任を負っていますが、そのような仕組みが完全にはできていない。NGOに対して「教育省の政策にのっとって教育省が行うべきことなのに、NGOが勝手に自分たちのカリキュラムを持ち込んで学校運営をやっている。けしからん」と批判する人たちもいますが、私は教育省の手が行き届かないところでは、これからもNGOとうまく協力して補完関係を築いていくべきだと感じています。

JICAの支援はかなり特徴的です。教育省の職員と一緒に働き、職員の能力が強化されることをいつも気にしてくれる。そして、初めに詳細な計画を立てて、それに沿って十分な準備をしながら、物事を進めて行く。我々はどうしても場当たり的に仕事をしがちですが、JICAの専門家からはプロジェクトのデザイン・計画・実施の手法を学んでいます。一方で、ほかのドナーと比べて、トップへの打ち込みが弱いと感じることがあります。現場レベルでは大変感謝されている支援なのに、それがなかなかトップまで伝わっていない。教育省としてもトップに打ち込む場をもっとつくっていきたいと思います。

平和構築の現場での理数科教育の意義

−南部スーダンのような紛争後の地域では、学校建設や教科書の準備などの優先順位が高く、理数科教育はまだ早いのではないかという声が聞かれますが、南部スーダンで3年間理数科教育のプロジェクトを実施してきて、どのように感じますか。

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10日間の研修を終えた州教育省の職員に、修了証書を手渡しするココレ課長(右から2人目)

中村専門家 理数科教育支援については、南部スーダンの教育の状況から、まだ早いのではないか、識字教育のほうが重要ではないかという声が聞かれたりもしますが、このプロジェクトのよい点の一つは、常に将来への夢を語れるところだと感じています。識字教育や初等教育の入学率の向上だけでは、将来の夢を語るのに不十分です。南部スーダンのような厳しい状況だからこそ、夢を語ることが大切であり、将来への展望を持つことで、その実現に向かって努力できる。プロジェクトを通じて明るい将来設計を語り、また、日本のような技術立国になりたいと思ってもらえることで、大臣を含めた教育省職員のプロジェクトに対する期待も高まり、プロジェクトチームも大きな協力を得られているのだと思います。

昨年末に、州教育省の職員をジュバに集めてワークショップを開催したのですが、そのときに、南部スーダンの理数科教育の今後についても議論しました。現在の南部スーダンの教育水準では、エンジニアやパイロットを輩出することは正直言って難しい。でも、理数科教育の質の向上を通じて、子どもたちがそういった夢を実現できるような教育を提供していきたいと真剣に語る州教育省の職員の言葉がとても印象的でした。

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理数科教員養成プロジェクトの研修風景

ココレ課長 小学校の教員や児童の大半は、理数科を積極的に教え、学ぶことをためらっています。彼らにとって理科や算数といった科目は「何のために学習するのか、よくわからないもの」なのです。だから、私たちはそこを変えていかなければいけないと感じています。そうでなければ、技術者が育ちません。我々がJICAのドアをたたき、理数科教育の支援をしてくれないかという相談を持ちかけました。技術立国といえば日本ですからね。

昨年11月に、南部スーダンのジョングレイ州の州都・ボーで理数科教育を啓発するワークショップを開催し、日本大使、JICAスーダン駐在員事務所長と共に出席しました。そのとき、たまたま州の教育大臣も州教育省の担当局長も人事異動で交代したばかりで、理数科教育のプロジェクトの内容をよく理解していませんでした。そこで、州知事に一からプロジェクトの説明をしたところ、知事はプロジェクトの内容に大変興味を示してくれ、今後、数年のうちにジョングレイ州の小学校の教員の80パーセントにこの研修を受けさせると明言しました。それくらい、南部スーダンにとって理数科教育は魅力的なものなのです。

−最後に、今後、南部スーダンで理数科教育を展開していくにあたって、そこにかける思いを聞かせてください。

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現在でも多くの子どもたちが屋外で授業を受けている

ココレ課長 これまで3年間、日本とは手を取り合いながらプロジェクトを遂行してきましたし、これからもそうしていきたいと思っています。南部スーダンの教育制度を確固たるものにしていくためには、これからの10年が勝負になるでしょう。理数科教育のプロジェクトは、これまでジュバを中心に体制づくりをしてきましたが、これからは南部スーダン全域に事業を拡大していく必要があります。これまで何を達成できて、何を達成できていないのかをきちんと分析し、前に進んでいきたいと思います。

中村専門家 これまでに研修を受けたのは、教員と省庁関係者を合わせて約1,300人と、限られた人しか理数科教育のプロジェクトの恩恵を受けていませんが、今後、数年かけてその恩恵を一人でも多くの教育関係者に広げていければと思っています。すべての先生が自信を持って理数科指導ができるようになるためには、どういうアプローチが必要かを考えつつ、さまざまな関係者を巻き込みながら、南部スーダンの人々により多くの機会を提供していければと考えています。

<プロフィール>
エドワード・ココレ(Edward Kokole)
南部スーダン政府教育省質の向上・革新局課長として教員教育を担当。エジプト政府からの奨学金でエジプトの大学を卒業後、エジプト、南部スーダン、中央アフリカで教鞭をとる。1990年代は10年間難民として中央アフリカに住み、難民キャンプで教師を続けた。その後、スーダン人民解放軍(Sudan People's Liberation Army:SPLA)に参加。SPLAが設立した学校の校長として5年間勤務した後、内戦中から南部スーダンの教育制度構築のために奔走し、現南部スーダン政府教育省の前身の組織下で、南部スーダンの初等教育課程教員の試験・資格制度を作った。
中村 由輝(なかむら・ゆき)
南部スーダン理数科教育強化プロジェクト専門家(チーフアドバイザー)。大阪府立高校に17年勤務した後、英国・エジンバラ大学大学院にて博士号を取得(専門はアフリカにおける教育協力)。NGO勤務を経て、2008年7月から南部スーダンでの理数科教育支援に携わる。ケニアの農村部で保健、エイズ教育(教員研修担当)に取り組んだ経験がある。大阪府出身。
中村 恵理(なかむら・えり)
スーダン駐在員事務所員。2006年国際協力銀行(当時)入行。円借款業務の案件形成(インドの上下水道分野)、海外投融資業務の案件監理(バングラデシュの肥料プロジェクトやサウジアラビアの石油化学プロジェクトなどを担当)を経て、 2009年6月にスーダンに赴任、南部スーダン勤務となる。主に技術協力の案件監理(教育、農村開発分野)を担当。福岡県出身。