注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。
vol.273 26 Jan 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏
新年に国際開発ジャーナル社から頂いた年賀状を読んでいたら、同社が発行する「国際開発ジャーナル(IDJ)」誌が今年で創刊45周年を迎えるとあった。
45という数字は、5の倍数であるぐらいが記念的要素で、特に大きな節目となる数字でない気もする。だが、結婚45周年をサファイア婚などといって祝う家庭もあるし、テレビ局なども時々、開局45周年記念特別番組などという番組を制作するから、45は世間で認知された一つの区切りの数字なのだろう。
それはともかく、私が賀状の文面を見て強い印象を受けたのは、IDJが5年後には創刊50周年を迎えるという事実だ。この種の月刊誌が半世紀近くも生き続けることは、奇跡と言ってもよい。私も長らく活字メディアの世界に身を置いてきたから、出版業界の厳しさは肌で感じている。これまでいったいどれほど多くの月刊誌が創刊され、そして消えて行ったことだろう。今でも読みたいと思う質の高い雑誌もあったが、出版界はつねに時流を正確に捉える鋭敏な感性がないと生き延びられない。廃刊されてしまったものも多い。
私がIDJが創刊45周年を迎えることを、奇跡と思う理由は大きく分けて2つある。その一つは同誌が衰退著しいプリントメディアであることだ。戦後、大手出版社が発行し続けてきた伝統ある硬派の月刊誌ですら、最近では軒並み部数を減らし、その継続が危ぶまれている。IDJを発行する国際開発ジャーナル社はけっして大手とは呼べない出版社であり、掲載されている記事の内容も、伝統的な硬派の月刊誌よりもさらに難解な開発協力の問題が主だ。これだけの厳しい2つの環境の中でよく半世紀も刊行を続けられたなと、今更ながら感心するのだ。
同社が2007年11月の創刊40周年のおりに発行した「創刊物語」を読んでみた。それによると、IDJは「世界は冷戦というイデオロギー対立の時代から、貧富の格差の是正をめざす南北問題へ向かっていく」という視点に立つ故大来佐武郎氏(元外相)や故鈴木源吾氏(初代IMF・世界銀行理事)らの時代認識を受け、1967年11月に創刊されたという。「国際開発ジャーナル」という誌名の名付け親も両氏だ。初代編集長は朝日新聞記者だった故梶谷善久氏。編集次長は以後、半世紀近くIDJの舵取りをすることになる現・代表取締役・主幹の荒木光弥氏だ。創刊当初は月2回発行のタブロイド版新聞で、旬刊タブロイド版新聞→旬刊タブロイド版雑誌→月2回発行の雑誌を経て、1976年7月から現在の月刊誌になったとある。
これを読んで分かったのだが、私が新聞社に入社してジャーナリストとして歩み出した年と、IDJ創刊は同じ年だ。そんな偶然の巡り合わせのせいか、私の開発ジャーナリストとしてのキャリアにおいてIDJ、なかでも荒木主幹との関わりは切っても切れないほど深い。80年代半ば、私がODAなど開発協力を主題に取材・執筆するようになってから、荒木主幹に受けた教示は数知れない。JICAなどに取材に行って相手が頻繁に口にする意味のわからない専門用語(これがODAを国民から乖離させる理由でもあるが…)をその場で聞き直すのも癪に障るから、後日、赤坂のIDJのオフィスに行って荒木主幹に基礎から教えてもらったことも何度かある。
日本のODA全体が縮小してきた今、IDJも創刊45周年だの50周年などをのんびり祝っている状況にはないだろう。ただでさえ厳しいODA周辺の業界の中でも、同社は前述したように出版というさらに厳しい状況下にある業種を土台としている。これは推測だが、置かれている経営環境も厳しいはずだ。IDJは過去に経営的に行き詰った時があったと聞く。そうした窮地を脱してこられた背景の一つには、外務省やJICAの開発専門誌への理解の深さがあっただろう。だが、IDJがここまで生き長らえてきた最大の理由は、IDJの素晴らしい編集理念が一貫して維持されてきたからだと思う。
「創刊物語」の中に「IDJは単なる発行事業ではなく、新しい思想を日本社会に吹き込む啓発的な発行事業である。今流にいうと利益を求めないNPO啓発出版社だといえるかもしれない」という一節があった。私も4半世紀にわたってIDJとお付き合いをしている中で、各所でこの編集理念を感じたことがある。日本のODAが急成長、周辺の業者も右肩上がりの環境を享受していた80年、90年代でも、IDJには利益だけを優先しない武骨な編集方針があった。
日本のODAは予算の削減で縮小を続けている。しかし、90年代の10年間、世界のトップドナーとして培った多種多様な知見は、今後の開発援助の世界に役立つものが数多くある。こうした日本のODAの知的財産を世界に発信してゆくためには、IDJのような専門誌の存在が必要だ。世界の主要援助国にはその国の外交政策を発信する定期刊行物が存在することも忘れてはならない。また、独立した専門誌があることは、監視役として日本のODAの質の維持にも繋がる。
経営が苦しいからといって民間の出版社が政府や政府系機関の支援を受けるという構図は、好ましいものではない。編集の独立性が疑われ、信頼度も落ちる。IDJが今後、50周年、さらには60,70周年を安定して迎えられるようにするためには、援助に関わっている個人の自覚の向上が重要だ。援助先進国として自分たちの専門誌を維持しようという個人が集団となってIDJのような雑誌を支えるのが理想だろう。そのような環境が形成されるために微力ながら私も尽力したい。
ともかくは45周年おめでとうございます。