日本と中米のつながりを見つめて−エルサルバドル・ニカラグア−(2013年1月)

2008年に現役を引退してからアフリカはケニア、アジアはミャンマーを訪問してきた高橋尚子さん。2013年1月、新たな訪問先として、いまだ内戦の傷跡残る中米、エルサルバドルとニカラグアに赴いた高橋さんが現地で知った課題、そして日本とのつながりや共通点とは−。

自然災害の多い中米地域

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エルサルバドルで隊員から防災教育を受ける子供たちと交流

北米と南米をつなぐ地狭部で、火山も多く地震が頻発する中米地域。地震に伴う津波のほか、ハリケーンや洪水などさまざまな自然災害に襲われる地域だ。2011年3月に発生した東日本大震災の被災者に靴寄贈の支援を行った高橋さんは、日本と同じ災害問題を抱えるエルサルバドル、ニカラグア両国でJICAが行う防災への取り組み現場を訪問した。

初めに訪れたエルサルバドルで出会ったのは、防災教育活動を展開する原隊員(村落開発普及)と石田隊員(防災・災害救援)の二人の青年海外協力隊員。二人は、災害時の防災計画や災害対応などのほか、市内にある近隣学校への巡回指導も積極的に行っている。この日も、小学校でゲームを通じた防災教育を行う隊員の活動を視察した高橋さん。「災害が起きてから行動するのではなく、日頃の地道な取り組みが一番大事。防災をしっかり身に付けて楽しく健康的に過ごしてください」と、子供たちにメッセージを送った。

一方のニカラグアでは、1992年に約170名の死者・行方不明者を出す津波被害を経験し、また2012年に終了した防災プロジェクトの対象となったコミュニティを訪問。この日は、地域住民が中心となった津波時の避難に関する啓発ワークショップが開催された。プロジェクトの専門家として指導にあたってきた群馬大学の片田教授も駆けつけ、同氏が防災指導を行っていた岩手県釜石市の小中学校の生徒達が、東日本大震災の際に速やかに避難行動をとり、ほぼ全員が津波を免れた「釜石の奇跡」の訓話も披露された。津波の映像や被災者の談話VTRを熱心に見ていた住民たち。高橋さんも「今日ここで学んだことを、必ず家族と共有し、地震や津波が発生したときどう行動するか、きちんと家族内で話し合ってほしい」と訴えた。

中南米の5人に一人が経験する感染症

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シャーガス病を克服したジェシカちゃんと高橋さん

抱える課題や言語が共通しているという特色を持つ中米地域では、域内での課題解決・共有を目指し、広域案件と呼ばれる複数か国にまたがるプロジェクトが実施されている。その中の一つ、「シャーガス病対策プロジェクト」では、中南米で貧困層を中心に750万人以上が感染していると推計され、マラリア・デング熱に次いで深刻な熱帯病と言われる「シャーガス病」の被害拡大を抑えることを目的に、媒介虫の駆除や住民による監視の徹底などが行われており、エルサルバドルでは2011年までプロジェクトが実施された。

シャーガス病は進行すると命を落とす危険もある感染症。高橋さんは、プロジェクトサイトの一つだったエルサルバドルのアウアチャパン県内のコミュニティを訪問し、住民から話を聞いた。そこで出会ったのはジェシカちゃんという小学生の女の子。ジェシカちゃんは幼い頃にシャーガス病に感染したが、プロジェクトが実施した検査によって病気を早期に発見することができたため、治療を受けて回復し、今では元気に学校にも通っている。「日本ではほとんど知る人のいない感染症だけれど、日本の協力によって、こうして病気を克服して元気になった子供の姿を見るのは嬉しいですね」と高橋さんも笑顔を見せた。

さまざまなフィールドで活躍する青年海外協力隊

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エルサルバドルで卓球指導に当たる仲澤隊員と

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アートマイルプロジェクトで日本の子どもたちと交流するニカラグアの子どもたち

今回の視察では、エルサルバドル、ニカラグアの2か国で計7名の青年海外協力隊員の活動現場を視察した高橋さん。

エルサルバドルの卓球連盟で指導にあたる仲澤隊員は、「自分が子供たちに一方的に教えるだけでなく、自分もエルサルバドルの人たちから多くのことを学んだ」と語り、高橋さんも「隊員の活動は一方的な支援ではなく、隊員の人たちがコミュニティの中に入り込んで、コミュニティの人たちと一緒に成長していけるのがいいですね」と応じた。

アウアチャパン保健所で助産師として活動中の佐竹隊員は、若年出産が多い同地で妊産婦の診察を行うほか、母親学級も実施している。笑顔を絶やさず精力的に活動する佐竹さんに会った高橋さんは、「言語が違ってコミュニケーションは大変なはずなのに、とても前向きにポジティブに活動している姿が印象的。苦労もあると思うけれど、日本に帰国してからも必ず活きる経験になりますね」とエールを送った。

ニカラグアでも、さまざまなフィールドで活躍する青年海外協力隊員の活動を視察している。

レオン市の市役所環境情報センターで、主に子供たちに向けた学校巡回環境講座やリサイクル工作教室などの環境教育活動を行う野崎隊員。高橋さんが訪れた日は、使い終わったペットボトルを使ったアクセサリー作りが行われ、参加した子供たちも自分たちの作品を嬉しそうに高橋さんにお披露目してくれた。

高橋さんと同じ岐阜県出身で小学校教諭の夏目隊員は、現職参加の隊員として活動中だ。日本とニカラグアの小学生が共同で一枚の大きな壁画を完成させる、またその過程で手紙のやりとりなどで国際交流を図る「アートマイルプロジェクト」を展開中で、子供たちも日本からやってきた高橋さんとの交流を楽しんでいた。

過酷な労働環境で活躍する日本人たち

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サンタフェ橋の建設現場で説明を受ける

現地の人々の生活に入り込んで活動する日本人は、プロジェクトの専門家やボランティアたちだけではない。JICAが2010年からニカラグアで実施している無償資金協力「サンタフェ橋建設計画」の建設現場でも、過酷な環境下で働く日本人と出会った。

サンタフェ橋は、ニカラグアと隣国コスタリカの国境付近を流れるサンファン川に初めて架けられる橋梁で、完成すればニカラグア最長の橋となり、両国の国境をつなぐ橋となる。建設中の工事現場を訪問した高橋さんは、「建設現場と仮設の住宅兼事務所を往復するだけの周りに何もない環境で、ニカラグアの人々のために働いている日本人がいることを、もっと多くの日本人に知ってもらいたい。橋が完成すれば、物流が促進されるだけでなく人の流れも大きく変わるでしょうね」と、この地域の未来に思いを馳せた。

内戦による貧困からの脱却を目指して

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貝類養殖プロジェクトが行われているマングローブ林を訪れる

エルサルバドルもニカラグアも、それぞれ1992年、1989年まで内戦を経験してきた国だ。そして今もなお、内戦による痛手から復興できずにいる貧困層が多く、さまざまな課題を生み出している。

特に内戦の激戦地であったエルサルバドルの東部地域では、十分な現金収入を得ることも容易でない小規模農漁民が多く、生計改善へのニーズが高かった。子供たちは貧困のため学校にも行かず、マングローブ林で貝を採って生計の足しにするような状況が続いていた。そこでJICAは零細漁民の収入向上を目指した貝類養殖の普及プロジェクトを開始。このプロジェクトでは、マングローブの土壌を利用したアカガイ養殖の支援が行われており、実際に養殖の現場を視察した高橋さんは、「地道な活動を続けて、現地に根差した協力ができているのがいいですね。数年後に再訪したとき、貝養殖の普及によって、住民がより豊かになっていたら嬉しい」と、プロジェクトの可能性に期待を寄せた。

一方ニカラグアでは、貧困から派生するストリートチルドレンの問題が深刻だ。家庭内暴力や人身売買、児童労働等から逃れ、その多くが薬物に依存する子どもたちを保護し、心理的・法的支援や社会復帰に向けた教育機会の提供、レクリエーションなどの総合的なケアを行うNGOで、楊(やなぎ)隊員が試行錯誤しながら活動している。社会復帰を目指しながらも、さまざまな問題を抱える子どもたちに対し高橋さんは、「夢を持つこと、継続すること、自分や自分の周りの人を好きになることで、つらいこともきっと乗り越えられるようになる。みんなが今この施設にいることは大きなチャンスだから、社会に出ていくために1日1日を大切にして頑張って!継続すれば、必ず実現できる」と力強くエールを送った。

子どもたちのために、みんなで走ろう!

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ニカラグアのマラソンイベントで子供たちと一緒に走る高橋さん

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エルサルバドルの子供たちにマラソン指導

ニカラグアでは、上記でも触れた子どもへの家庭内暴力、児童労働など、子どもたちを取り巻くさまざまな課題を市民の人たちと認識しようと、この問題に取り組む「家族とコミュニティのための社会リスク予防・ケア統合行政サービス能力強化プロジェクト」および家族省と共催し、首都マナグアに住む12〜15歳の子どもたち約200人参加のもとにマラソン大会が開催され、高橋さんもランナーとして参加した。子供たちはオリンピック金メダリストの登場に大喜びで、高橋さんも子供たちと手をつないだり、声をかけたりしながらゴールに向かって一緒に走った。

エルサルバドルでもマラソンイベントを行った高橋さんは、「参加する子供たちの笑顔たちがとても印象的。エルサルバドルもニカラグアもさまざまな課題を抱えているけれど、こういう笑顔を一つひとつ積み重ねていくことが大切だと感じました。子供たちには、夢を持つことで自分で未来を切り開いていく力をつけていってほしいですね」と、2か国にわたった旅を締めくくった。