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伊藤 まり 「イトウマリ@UZ」

Mari Ito

【写真】Mari Ito

山形県天童市出身
青年海外協力隊(山形県教育委員会から現職参加)

職種
青少年活動
配属先
ウズベキスタン/サマルカンド国民教育局孤児院NO.6(サマルカンド市)
活動概要
孤児院の児童に対するクラブ活動の企画、運営を行う。子ども達の興味関心に合わせ、文科系・スポーツ系のクラブを指導する。また同僚職員に対しても課外活動の企画・運営のアドバイスや活動のサポートを行う。
派遣期間
2005.7月〜2007.3月
プロフィール
中学校で教員を務め、JOCV現職教員派遣制度に応募。

第3回:「新年はサンタと共にやって来る!Yangi yil Bilan!(新年明けましておめでとう!)」(2007年02月05日)

【写真】

12月、1月は街中に大きなクリスマスツリーがたちます。

【写真】

大晦日、正月の食卓。サラダ、オシュ、ソムサ、ケーキ、果物が並びます。家族や親戚一同がみんな勢ぞろいします。

【写真】

新年を連れてきてくれるサンタは「コルボボ」と呼ばれています。

ウズベキスタンでは、サンタクロース(ウズベク語ではコルボボ)は12月31日に新しい年を連れてやって来ます。そして彼はトナカイではなく、コルカズ(直訳すれば雪娘)と一緒にやって来るのです。ここサマルカンドの街中にも大きなクリスマスツリーが建ち、その下にはたくさんのコルボボとコルカズが市民と一緒に写真におさまります。いつもはすぐ停電になってしまう通りも、この時ばかりはイルミネーションでキラキラ輝き、人々は通りに出て楽しみます。

学校や孤児院でも新年を迎えるお祭りが行なわれます。だいたいは29日か30日にあります。白くて裾の広がったドレスにティアラの女の子達やネクタイ・スーツ姿でビシッと決めた男の子達で街中はあふれかえります。扮装用の仮面をつけた子や、クリスマスツリーの飾りを身にまとった子も出現してビックリさせられることもあります。孤児院やこども病院には大統領からのプレゼントが一人ひとりに届けられるということも、この国ならではのことです。

大晦日は家族や親戚が集まって、食事を楽しみます。大好きな写真を取り合ったり、音楽をかけて踊ったり、一晩中パーティーをします。お正月料理といったような特別な料理はないけれども、いつものお祭りのようなたくさんの種類のサラダやスープ、肉料理、オシュなどの料理が食卓を飾り、食べても食べてもなくなりません。赤ちゃんからお年寄りまで、老いも若きも食べては踊り、踊っては食べ・・・の繰り返しです。

新年を迎えるカウントダウンが近付くにつれて、通りでは爆竹が鳴り響きます。家の中で手に持てるような花火をしたり、外に出て打ち上げ花火をします。街中が一斉に爆竹と花火の大音響と光に包まれるので、最初の年は「空襲か?テロか?」と疑ってしまうほどでした。

このように大騒ぎをして迎えた元旦を人々はゆっくり過ごし、2日からは通常通りの生活に戻ります。

第2回:「孤児院の子ども達と・・・」@UZ (2006年07月03日)

超大作ばかりです

超大作ばかりです

ヒコーキ作りにチャレンジしました!

ヒコーキ作りにチャレンジしました!

箸を使ってあんこもちを食べました

箸を使ってあんこもちを食べました

ここサマルカンドには孤児院が4つあります。わたしの配属先であるNo6孤児院にも現在120名近くの子ども達が生活しています。
残念なことに孤児院に入ってくる子ども達の数は日々増え続けるばかりです。
日本人の感覚から言うと、「孤児」=「親のいない子ども」だと思ってしまいますが、ウズベキスタンの「孤児院」にいる子ども達には、ほとんど親がいます。
しかし、兄弟の数がとても多くて親が育てきれないとか、両親が外国へ出稼ぎに行っているとか、病気で両親が働けないという理由から、孤児院に預けられてしまう子どもが多いのです。

No6孤児院では小さい子は7歳、大きい子では16歳くらいまでの子ども達が生活しています。
この子ども達はみんな「日本語」や「日本の歌」「日本の遊び」が大好きで、ほとんど全員が「日本語クラブ」の部屋に毎日顔を出します。ですから、狭い部屋はいつも席の取り合いです。

ウズベキスタンでは「自分で工夫しながら最後まであきらめないでやり通す」ということがなかなか上手くいきません。すぐに他人を頼ってしまいます。
学校の宿題はもちろん、テストでもカンニングの嵐。小学校の図画工作も物真似ばかりです。

私は折り紙、工作、歌、手話、踊り等いろいろなことを子ども達と一緒に楽しみながら、「最後まであきらめないでやり通す」大切さと楽しさを伝えられたら・・・と思っています。ここで活動を始めてそろそろ一年が過ぎようとしていますが、最近では、折り紙や書道、工作の時間に大きい子が小さい子の面倒を見たり、出来る子が出来なくて困っている子に教えてあげる姿を目にすることがあります。

「出来た〜!」と私に作品を見せてくれる満足そうな笑顔に励まされながら、今日も孤児院の子ども達を相手に奮闘しています。

第1回:「『日本からきました。』@UZ」 (2006年05月29日)

チョイホナ(食堂)でも「どこから来たの?」と気軽に声をかけられます。

チョイホナ(食堂)でも「どこから来たの?」と気軽に声をかけられます。

人懐っこい子供たち。どんどん集まってきて、すぐに囲まれてしまいます。

人懐っこい子供たち。どんどん集まってきて、すぐに囲まれてしまいます。

ナブルーズ(春分祭)で力持ち自慢大会に挑戦!あっという間に人だかり。

ナブルーズ(春分祭)で力持ち自慢大会に挑戦!あっという間に人だかり。

「どこから来たの?」 「何歳?」 「結婚しているの?」
ウズベキスタンに来て10ヶ月。この会話をしなかった日はありません。名前よりも何よりも先に聞かれるこの3つの質問。着任当時は本当にビックリしたものです。
日本だったら「初めまして。」「お名前は?」ですよね。
さらに驚くのはその次の質問で「給料はいくら?」・・・ビックリです。

現地の人に聞くと、ウズベク人は好奇心旺盛で知りたがり屋の人が多いと言います。
また、現在100以上の民族が共存している多民族国家だということや、早く結婚することが良いことだとされているからこその質問なのでしょう。
そして、いつもみんなお金に困っているから他の人の給料のことを聞きたがるそうです。

「日本から来た。」と言うと「素晴らしい!」「スゴイ!」という答えが返ってきます。いたずらで他の国名を挙げると、そこで会話は止まってしまい、この国の人々がいかに『日本』という国に対して憧れを持っているかがわかります。

ウズベク人の日本に対するイメージは「コンピューターや車が発達している。」「高いビルがいっぱいある。」等々。
日本だけではなく世界的にブームになったNHKの「おしん」は未だに人気抜群で、この国でも繰り返し放送されています。
いつも「おしんと知り合いか?」と聞かれたり、道路を歩いていると「おしん!」と声をかけられたりします。
日本の韓流ブームのように韓国ドラマも人気で、TVで毎日のように放送しています。

顔立ちが似ているせいか、おかげで芸能人でもないのに、「一緒に写真に写ってくれ。」と何度も頼まれたり、「○○さん(韓国のスター)によろしく伝えてください。」とお願いされます。町中でもどこでも声をかけられ、ちょっと話そうものならすぐに人だかりが出来てしまいます。

日本人と韓国人は似ているからというだけでなく、TVからの情報や自分の描くイメージで日本と韓国は同じ国だと思っている人が多いのが残念なことです。
もしかしてこれは、日本人が「〜スタン」と名の付く国に対して持っている「怖そう」というイメージと同じなのではないでしょうか。
たくさんの人に「日本をもっとよく知ってもらいたい!」といつも思っていますが、また、日本のみなさんにも「ウズベキスタンという国をもっとよく知ってもらいたい!」と思っています。