江渡やよい 「ブルキナファソ現地レポート」
Yayoi Eto
青森県八戸市出身
青年海外協力隊
- 職種
- 村落開発普及員
- 配属先
- ブルキナファソ/国土行政地方分権省ファダ・ングルマ市役所(ダルマ県ファダ・ングルマ市)
- 活動概要
- レストランや露店への食品衛生に関わる啓発活動、監査を地元の衛生局、保健所と連携して行う。
- 派遣期間
- 2006.3月〜2008.3月
- プロフィール
- 旅行ではいろいろな国に行ったのですが、アフリカは初めて。びっくりすること、予想外のこと、難しいこと、たくさんありますが、楽しいことを見つけながら生活をして、ここで必要とされるもの、自分ができることを考えていきたいです。
第6回:バスケットボールが届いた!(2007年10月15日)
皆さんからのバスケットボール
ゴールネットにシュート
ノルベル氏(向かって左端)と常連メンバー
今回は日本からバスケットボールが届いたのでご紹介したいと思います。
これはJICAの「世界の笑顔のためのプログラム」に賛同して下さり、私の出身地である八戸市の「八戸市バスケットボール協会」が私の任地ファダ・ングルマ市の「青年の家」に送って下さったものです。青年の家にはバスケットボールのコートがありますが、ボールやゴールネットがありませんでした。子供達は他のボールを使い遊んでいる状況でした。せっかくコートがあるのに大変勿体ない状況となっていました。9月17日、ファダ・ングルマにボール39個、ゴールネット6、ポンプ1が無事に到着しました。こちらでは大変喜ばれ、先日10月6日(土)16時よりセレモニーが行われました。当日は市役所代表、スポーツ省・青年雇用省等役員、そしてたくさんの青年・少年達が駆けつけ、毎日の様に他のボールで練習をしていた高校生達を中心に、ミニゲームも行われました。ゴールにネットが取り付けられると歓声が上がり、皆の興奮度も高まり、なかなか熱いゲームとなりました。
「青年の家」では「青年の家」配属の隊員斉藤直美さん(青森市出身)とスポーツ省のバスケットボールに詳しく、首都ワガドゥグで教えていたノルベル氏が中心となり、ボールの有効利用と管理の仕方を考えています。管理に関しては、ボールに「青年の家」(MJC)と記入し、貸し出しノートを作り、個数の確認をし、ボールが減る事の防止と子供や青年達に管理の仕方・責任を持つことを教える機会としています。そして長く使える様に一回の使用数を限定し、その他をストックとしています。またコートが外にありコンディションが良くないためボールがすぐ悪くなってしまうので、プレイする前に必ずコートを掃除することもルールとしています。有効利用については週2回程度の誰でも参加できるバスケットボール教室の企画、そしてその中のコアメンバーでチームを結成し、将来的には遠征そしてワイグヤ市の隊員との協力でワイグヤ市「青年の家」との対抗試合の構想もあり、ボールは有効に使われる予定です。
このバスケットボール・プロジェクトでファダ・ングルマ市の多くの青少年達が大いに楽しみ、学ぶことと思います。私もこのプロジェクトに関わることができ、大変嬉しく思います。ファダ・ングルマ市の青少年にかわり、この場を借りてご協力頂いた八戸市バスケットボール協会の皆さんに厚くお礼申し上げます。コーディネイトしてくれた父にも感謝いたします。
第5回:「原爆展 IN ファダ・ングルマ」(2007年03月01日)
先日、任地のファダ・ングルマで原爆展を開催しました。10月にワガドゥグで行ったものを、マンガ、テンコドゴ、ファダ・ングルマの隊員が協力してこの3都市に持ってきました。内容は広島原爆記念館からお借りしたポスター約30点、パネル約30点、ドキュメンタリーフィルム、アニメーションフィルム、それにそれぞれの町の隊員のアイデアを加えました。
退役軍人のお二人(手は筆者)
ファダ・ングルマでは、ここに住むブルキナベで、フランス軍として戦争に参加したお二人を招待し、お話を聞き、その後質問、そして参加者約30名でディスカッションをしました。又平和について何ができるか、について色紙にメッセージを書いてもらいました。ブルキナファソでは高校で原爆投下のことを習うので、知っている人も結構います。この地方開催をする際に、今は平和で陽気なこの国で、原爆被害の悲惨な状況を見せるのは、特に子供たちにとってショックなことではないか、と思いましたが、思った以上に関心の高さを感じました。特に宣伝のために高校を回った時には先生方も協力的で、歴史の先生が各教室を回って説明し、強く勧めてくれたところもありました。
なかなか賑わいました!
今回一番不安だったのは当日人が来てくれるか、ということでした。高校は全部回り、ちらしを町に貼りました。(木に貼るのがブルキナ流。)ローカルラジオ局にも出演しました。(私は挨拶程度でしたが・・・)そして当日・・・会場9時のところ8時頃から人の気配・・・そして9時にオープンすると・・・たくさんの人がやって来ました!門から会場までの間を多くの人たちが歩いてくる姿は感動的でした。ビデオ前に椅子をたくさん用意していましたが、それもすぐに埋まり、立ち見の人ができました。学生や子供たちが殆どでしたが、ドキュメンタリーフィルムを真剣に見ていました。フィルムの後もみんなじっくりとポスター等を見てメモしたり、年表を書き写したり、部屋が一杯になりました。市長も来場してくださり、新聞も取材に訪れました。
平和のために何ができるか?
その後昼休みを挟み、退役軍人のインタビュー、参加者のディスカッションを行いました。ディスカッションのテーマは、「1.なぜ戦争をするのか」、「2.戦争から何が生まれるか」、「3.平和のために何ができるか(今日から何を始められるか)」でした。受け取り方によっては難しいテーマだったので、意見が出るか心配でしたが、フタを開けてみるとそこはしゃべるのが大好きなお国柄、多くの意見が出ておもしろいものになりました。大人顔負けに話す子供もいて、拍手をもらっていました。テーマを素直に受け止め、考え、熱く語る人が多かったです。私自身とても勉強になった1日でした。
第4回:「女の子が生まれた!」(2007年01月19日)
赤ちゃん
同じ敷地に住んでいる大家さんに、女の子が生まれました!
大きなお腹がどんどん膨らんで、これ以上お腹の子が育ったら大変だろうに、いつ生まれるのかな?と思っていたら、ある日、朝は普通にしていた奥さんが昼下がりに産んだとのこと。
なんと30分で生まれたそうです!
(もちろん個人差があり、近くの初産の奥さんは2日もかかったとか)
石鹸、石鹸・・・
次の日には病院から戻り、大家さんのお母さんの家で過ごした後、2週間後にBAPTEMEというお祝いをしました。
この日には赤ちゃんの頭を剃り、名前をつけ、健康を祈ります。
お母さんは美しいグランブーブー(民族衣装)を着ています。
喜びと誇りに満ちた表情にぴったりです。
朝の8時頃から夕方まで、人々は贈り物を持ってやってきます。
贈り物は石鹸や赤ちゃんの服や布など。
その石鹸の数の多いこと!
赤ちゃんの一生分あるのでは?!
来客にはゾムコム(水に粟の粉を溶かし砂糖としょうがを少し入れた飲み物。ちょっとカルピス風)、菓子、そして前の晩から用意した、大きな鍋で炊いたリ・グラ(ピラフのようなもの)。
上には野菜と共に羊のから揚げがのっています。
洗濯日和(毎日ですが)
羊は前の晩と当日に一頭ずつ用意されました。
複雑な気持ちで解体を見ましたが、そのやり方は鮮やかでした。
足の一つを折り、そこに鉄の棒を入れて空気の通り道をつくり、そこから息を吹き込むと、体全体がどんどん風船のように膨らみます。
胸から腹まで軽く裂いて、そこからきれいに皮をはがしていきます。
その後も手際よくすすんでいき、何一つ無駄にしません。
こうやって命をいただかないと、肉は食べられないんだなあ、と改めて思いながら、感謝をして頂きました。
午後になると、大家の奥さんの市場の仲間が祝福に来て、歌い、踊って行きました。
赤ちゃんのいる小さな部屋に、大きな女たちがどんどんどんどん入ってきて、すごい迫力でした。
こうやって小さな赤ちゃんもみんなの喜びと愛情に包まれ、逞しく育って行く事でしょう。
すべて終わり夜になると、女の子のおばあちゃんが今日はありがとう、とあいさつに来てくれました。こうやって家々をまわるのだそうです。
女の子が生まれた、この出来事にみんなが喜ぶ。その素晴らしさと家族・友達のつながりを感じた1日でした。
第3回:「くちびるに口紅 鍵穴には目」(2006年11月20日)
「コンピューター」の柄の布地
「目」の柄の布地
「卵が先か、にわとりが先か」の柄
雨期明けの暑さもそろそろ終わり、涼しい季節に入ります。 雨季と乾季の二つの季節だけ、と聞いていたので、単調なのかと思っていたら ブルキナファソも結構変化があります。
6−9月頃は雨季、10月頃暑くなり、12月から2月までは乾燥していて涼しく (夜は結構寒い)3−5月は乾燥していて暑いそうです。 売り子が頭に載せているものも変わります。
マンゴー・オレンジ・ほろほろ鳥のゆで卵・ピーナッツ・メロン・アフリカなす・グアバ・・・今日は人参を載せていました。道端にはすいかがごろごろしています。
売り子たちも含め、ブルキナファソの女性はなかなかおしゃれです。 それぞれ色とりどりに装っています。 パーニュというトラディッショナルな布があり、それを巻きスカートのように巻いたり、仕立て屋さんで上下お揃いのコンプレ(ツーピース)にしたりします。
驚くのは柄。時々私の頭の中の常識を打ち破る柄に出会います。 ブルキナファソに着いて間もないある日、前を歩いている人のパーニュに誰かの顔のプリントが!見るとブレーズ・コンパオレ大統領!(安倍首相柄スカートはいかがでしょう?)
お次はコンピューターの柄(国際女性デーの布) それから「卵が先か、にわとりが先か」柄、「目」の柄、なまず柄、お金マーク(成金ぽい?!)、鍵の柄、手と指の大きな柄、?(クエスチョンマーク)柄、フォーク&ナイフ柄、瓶ジュースに栓抜きの柄!そして私の中でのNO.1は、「くちびるに口紅」柄!!
布一面にくちびる、くちびる、くちびる、その上に口紅、口紅・・・お見せできないのが残念です・・・
誰が何を思い、デザインしたのか?そしてこの柄を選んで着ている人にも インタビューしてみたくなります。たぶん答えは「jolie(きれい)だから」だと思いますが・・・また、先輩隊員の目撃情報では「鍵穴に目」の柄!どっきりです!なぜこのような柄を思いついたのか・・・・・・ブルキナファソは奥が深いです。
第2回:「はじめまして、スンバラです。」(2006年10月19日)
ここブルキナファソでもラマダン(イスラム教の断食月)が始まりました。
朝5時のお祈りの前に食事をとったら、夕方日が沈むまで何も飲まず、何も食べず。アッラーが助けてくれるから大丈夫、といいますが、雨季も終わりに近づき、また暑くなってきた今日この頃、水も飲まず、一体どのように過ごしているのでしょう?
うちの大家さんの奥さんは、朝の3時に起きてみんなのためにトーをつくり、それからみんなと共に断食です!アフリカの女は強し!
(*注*全ての人が断食をするというわけではありません。病人、妊婦さんや老人他、しない人もいます。)
スンバラ売り
さて今回はブルキナ名物を紹介します。各国に匂いがきついけれどおいしい、というものがあります。
日本なら納豆やくさや韓国のキムチ台湾で食べた臭豆腐フランスのチーズ・・・ここブルキナ・ファソではなんといってもスンバラです。
スンバラはネレという木の種から作られます。ネレは大きな木で、大きな豆のさやのようなものにらくがんに似た黄色いものが詰まっていて、その中にスンバラになる黒い種(豆?)が入っています。
スンバラは黒い納豆を丸めて乾かしたような感じ。ボール型や三角形になって売られています。
味はやっぱり納豆を思い出します。匂いは納豆とくさやとチーズを混ぜた感じ!?
鼻を近づけるまでもなく、ここにいるよ、と自己主張しています。しかし毎日の食事の調味料としてかかせない、しょうゆや味噌のようなもの。 リ・ソース(ご飯にソース)の味付け(通常はピーナツペーストソースやトマトソース)、
とうもろこしや粟の粉を練って作る、ういろうみたいなトーに添えるソース(オクラ、バオバブの葉等さまざま)、またスンバラの炊き込みご飯など・・・ ですが・・・どうもその匂いに負けて挑戦する勇気がなかったのです・・・
トーとスンバラ入りバオバブのスープ
スンバラおくらとスンバラ卵焼き
今回、日本風アレンジもできると聞いて、挑戦してみました! 通常はうすときねみたいなもので潰して使いますが、砂を取るのと食感を楽しむためほぐして洗います。 お湯を沸かしてバラバラにほぐせるように少し煮ます。冷めたら手で洗います。双葉のようにくっついているので、はがしてその中の砂を取ります。これで準備OK! あとは想像力をふくらませて、ご自由にお使い下さい。
私は伝授されたスンバラ卵焼きとスンバラおくら(かなり納豆風)、スンバラ野菜炒めを作りました。 なかなか素直なお味。煮たせいかあっさりしていろいろ応用できそうです。 日本に帰ってスンバラが恋しくなったらどうしよう・・・納豆を代用するのかなあ・・・などと、考えている今日この頃です。
P.S.
前回、ごみ問題について、ごみ箱は少ない、リサイクルシステムもない、と断言してしまいましたが、調べてみるとパイロット・プロジェクト等、いろいろな動きがあり、今後変わっていきそうです。日本でごみ問題を見てきているので、先進国と言われる国が通ってきた道を辿るのではなく、この国独自のやり方で飛び越えて、リサイクルや資源として使う方法を見つけられるよう、願っています。
第1回:「雨が降ると・・・」 (2006年08月14日)
頭の上にはゆで卵
はじめまして!
私はブルキナファソのファダ・ングルマというところに住んでいます。ここに暮らし始めて3ヶ月になります。
季節は雨季と乾季に分かれていますが、今は雨季です。いま雨が降っています。「降れば土砂降り」です。私は、急に涼しくなり、どこにも出られない、というこの感じが結構好きです。
大体1、2時間すると止んで、また街が動き出します。ここファダ・ングルマはサヘルに近いわりに緑の多いところですが、雨季になると更に緑が増え、美しくなります。近くに橋があるのですが、このところの雨で水が溢れてきました。ピーク時は渡れなくなり、隣の橋まで大回りしなければならないそうです。町から離れた村では行き来ができなくなったり、町に行くための自転車を頭に載せて渡らなければならなくなるそうです。
残念なのは水とともに橋に運ばれるごみ。木の枝に混じってビニールやプラスチックのごみも多く混じっています。輸入品のパッケージや外国からの影響もあり、ビニール・プラスチックの利用が増えています。
街を歩いていて特に目立つのは、500mlの水が入ったビニール袋と、買い物したときに入れる薄い黒いビニール袋。いままでは使わずに過ごしてきたのに、便利なものはすぐに普及します。ビニールやプラスチックが土に帰らない、ということもあまり考えずに、受け入れるシステムや体制が整っていないのに、どんどん消費されていきます。
ごみ箱が少ないし、ごみ分別が行われていないし、リサイクルのシステムが無い。 このまま日本や先進国のようなごみ問題を抱えることになってしまうのでしょうか?なんとか同じ道をたどらずに、ブルキナファソ独自の解決方法がみつかると良いのですが・・・