伊藤祐子 「Habari Za Tanzania?」(タンザニア ニュース)
Yuko Ito
山形県村山市出身
青年海外協力隊
- 職種
- 村落開発普及員
- 配属先
- タンザニア/大統領府地方自治庁ムビンガ県管理事務所(ムビンガ市)
- 活動概要
- 長年にわたる連作や森林伐採のため、土壌の流出や養分の損失などの影響が懸念されている地域で、県内の農業グループを中心に住民への情報提供、技術・収入向上の為の勉強会開催やグループ活動へのアドバイス・サポートを行う。
- 派遣期間
- 2006.3月〜2008.3月
- プロフィール
- 大学で国際協力を専攻し、途上国の人との生活を経験、感銘を受ける。大学卒業後、1年間のフィリピンでのNPOインターンを経て協力隊に参加。現在、アフリカのタンザニアで県の村落開発普及員として、地元の農民グループの支援活動を行う。ここで私は、新米タンザニア人。炭の起こし方、水の汲み方、畑の耕し方、などたくさんのことを教えてもらっています。自分の力は微々たるものですが、少しでも彼らのやる気を形に出来るように支援していきたいです。
第9回:「ンゴロ農法」(2007年10月02日)
パッチワークのような畑が広がる
私の任地のムビンガ県では、伝統的に続けられている農業があります。それを、NGOLO(ンゴロ)農法といいます。昔の民族同士の戦いの際、敵から逃げるために山岳地帯へ逃げ込んだムビンガの民族マテンゴ族は、その後丘陵地帯で農業を始めました。急な斜面から土が流れるのを防ぐために、今のンゴロ農法を伝統的に続けてきました。その方法とは、急な斜面に複数の穴(1.5メートル×1.5メートルくらい)を掘りその枠に前期のメイズの茎や、ワラビの茎を埋めてそこに作物を植える方法です。穴は、雨期に降る雨の流れ下る速度を下げ、肥沃な土壌が流れるのを防いでいます。そして、その枠に埋めるメイズの茎やワラビの茎は、土中にしみこんだ雨水を通す天然水道管の役割をし、これもまた土壌が流れるのを防いでいます。また、それ自身が肥料となります。茎を格子状に並べるのが男性の役割、それに穴を掘りながら土をかけていくのが女性の役割。このようにして、昔から続けられている農業です。一つの場所を2年1期の周期で行います。
この図のように、1年目の雨期に豆を植えて、6月〜7月に収穫を行います。11月から始まる雨期にメイズを植えます。2年目の雨期は除草を行い、6月の乾期に収穫を行います。その後短期的な耕運をして3月のまめの播種に備えます。

山肌一面に、パッチワークのような畑が広がるムビンガ県は、その色の変化で季節の移り変わりを知らせます。その美しさは、思わずバイクを止めて見入ってしまうほど。日本のように農業機械はなく、すべてが手作業で作り出されていく。人の力の偉大さに驚かずにはいられません。
下にいる男性が茎を格子状に並べ、女性が土をかけていきます
鍬を返しながら土をかけて行きます。難しい…。
豆が芽を出し始めました
立っているのも大変な急斜面
緑豊かなムビンガ県
第8回:「村人の水力製粉機建設」(2007年09月05日)
水路建設の様子
ママたちもたくさん参加しました。
メイズ畑のど真ん中に建設場予定地があります。
機械設置小屋の整備
みんなで力を合わせて完成しました
前回からだいぶ間が開いてしまいましたが、その後の製粉機建設についてレポートいたします。
村人は、まずはお金のかからない、自分たちの力だけで出来るところから建設を進めていこうということで、早速見学会のときにお世話になったNikoさんに建設場所の測量に来てもらいました。水を通す水路建設・製粉機小屋を建てるところの整地は、お金がかからず自分たちで出来る。村人たちは早速建設にかかりました。実は村人は穴を掘るのは得意。ここの特徴的な農業ンゴロ農法(第9回でレポートいたします)で鍛えているのです。ジェンベと呼ばれる鍬一つで掘っていく。幅1m深さ1m長さ111mの水路を1週間で掘り終わってしまった。しかもこれは掘りすぎではないか?と思うほど深く掘っている・・・。さすが。建設当時は実は農繁期。村の農業は女性たちが主な担い手。にもかかわらず、建設場所に集まったのは女性たちがほとんど。製粉の仕事をする女性たちの水力製粉機に対する強い期待を感じました。しかし、心配なのが村の人の建設に関する理解度。村を歩いていると、「いつ製粉機を持ってきてくれるんだい?」という質問をよく耳にする。中には「これは援助ではなく、自分たちの事業なのだ」と力説する村人もいる。村人の事業なのだから、一部の人たちだけで盛り上がっているようでは持続的な活動は難しい。水力製粉機建設委員会の人たちと一緒に、住民への説明周りをする必要があると感じる。そして、建設費。村人たちの力だけで出来る建設が終われば、セメントや、鉄の棒、鉄板板等、お金のかかる部分に入る。県庁にも援助申請のレターを出したのだが、今年度の予算には余裕がないとのこと。村人と一緒に建設費用捻出の方法を検討していく必要がある。もちろん村外部にお金の援助を依頼する前に、村人自身で資金を集める必要もある。すべてを外部に頼っている事業は村人のオーナー意識が欠落するため持続的な事業にはなりにくい。村人の頑張りを引き出すことが持続的な事業につながっていく。時間がかかるが、必要なステップは一つずつ踏んで行く必要がある。今後まだまだたくさんの困難にぶつかるはずである。涙することだって、憤慨することだって今までよりもっともっとあると思う。村人と面と向かってぶつかり合って、助け合って事業を進めていこうと思う。
第7回:「村人との水力製粉所見学会」(2007年05月15日)
水を落とす管
水の力をタービンに伝え回転させます
製粉機の説明をする技術者
村人との見学会
活動村の一つキランガジュウ村に水力製粉所の建設が行われています。キランガジュウは、標高2000メートルに位置するムビンガ県でも標高の高い村。豊かな水量と傾斜を利用して水力製粉機を建設しようと村人が立ち上がりました。タンザニアではウガリというとうもろこしの粉をお湯で練ったもちのようなものが主食です。山形で米の精米に行くように、タンザニアではとうもろこしの製粉に行きます。
水力製粉機の利点は
1. 水の力を使うため製粉コストがとても安い。
村内にはディーゼルエンジンで動く製粉機があるのですが、水力製粉機を使えば4分の1の値段で製粉することが出来ます。浮いた分のお金を石鹸や、砂糖を買ったりするお金に回すことが可能です。
2. 女性たちの仕事の削減。
製粉は女性たちの仕事。頭に重いとうもろこしをのせて急な山道を登り、隣村の水力製粉所までもって行きます。水力製粉所が、村内に出来れば、女性の労働も楽になります。余った時間をもっと他のことに使うことが出来るかもしれません。
3. 環境の保護。
水力製粉には水が欠かせません。乾期でも水量を一定に保つには植林をして水源確保を行う必要があります。水力製粉所の建設は同時に村人が植林について学ぶ機会でもあり、自然保護も同時に行います。
今回は県内にいる水力製粉機を個人で作っているNikoさんのところへ勉強しに行こうということで見学会が行われました。見学会当日はではあいにくの雨。ランドクルーザーが滑って登れずみんなで歩いて坂を上る一幕もあり。水の力だけで実際に力強く動く製粉機を見て興奮する村人。たくさんの質問が飛び交っていました。今後は村人と具体的に建設についての話し合いが続きます。まずは、「祐子が機械を持ってきてくれる」という依存意識を取り除くことをしなくてはいけません。村の問題を村人自身で解決できなければ、意味がない。これから大変な時期が続きます。たくさんの人のサポートが必要です。頑張ります。
第6回:「任地の気候紹介」(2007年03月26日)
乾期の道
(乾期)未舗装道に水撒きをする
(雨期)許容範囲を超えた排水溝
(雨期)降雨後のムビンガ県の町の道
今回は任地の気候について書きたいと思います。
任地のムビンガ県の季節は、5月から6月までが冷涼期、7月から12月までが乾期、1月から5月までが雨期です。
5月に人生で始めてアフリカ大陸の土を踏んだ私ですが、恥ずかしながらアフリカ大陸の気候を全く知らずに来ました。実はアフリカは年間を通して暑い国だと思っていたのです。実際はアフリカも山があり、かなり冷え込む時期、場所もある、雨も降るのだと知りました。冬服はあまり持ってきていなかったので、あわてて任地の古着屋さんで買いました。
冷涼期は吐く息も白く、ブランケットを3枚使っても(粗悪なものですが)まだ寒く、手作りの湯たんぽを使っています。
寒い時期が終わると、次は乾期です。特に乾期の後半の11月は水不足が深刻です。どの水道からも水が出なくなり、バケツを持ったママたちが水難民として水の出る水道を探して町をうろうろしています。乾期は未舗装の道も土ぼこりで前が見えないくらいになります。県はこの対策として定期的に水をまいているのですが、それも追いつかすぐににまた土ぼこりの道に戻ってしまいます。この時期バイクで村に行った日に体を洗うと水が赤茶色になります。ティーシャツも靴も赤茶色です。
乾期が終わると次は雨期です。この時期はこの時期とばかり雨が降ります。家の中にいても話し声が聞こえないほどです。そして町の排水溝(幅1m深さ1m)は5分で水があふれます。傘は役に立ちません。軒先に避難して雨が上がるのをひたすら待ちます。それでも風が吹くとずぶぬれになってしまうのですが。そしてこの時期未舗装の道がどろどろになってしまいます。よく道の脇に泥で滑った車が転がっています。車の事故が増える時期です。生活するには雨期は大変ですが、農民にとっては今が農繁期。村では主食になるメイズの作付け、土寄せ、豆の作付けが盛んです。そして一気に緑が増えるムビンガ県の新緑の時期でもあります。
ムビンガ県はこのような気候です。日本ほどではありませんが比較的季節の変化がわかりやすいです。
第5回:「ザンジバル島 リゾート編」(2007年02月27日)
任国外(2−3週間任地以外の近隣諸国に旅行できる制度)の同期と一緒にザンジバル島の北ヌングイへ行って来ました。
そこは絵に書いたようなリゾート地。青い海、白い砂浜が広がっていました。このためにスキューバダイビングの免許を取り万全な体制で臨んだヌングイ。そこには信じられないくらい美しい世界が広がっていました。ボートで1時間ほど沖に向かい、ダイビングポイントに到着。高まる鼓動。今回のメンバーは他の国からの旅行客も含め6人。みんなで水中散策に出かけました。その魚の量に驚く自分。魚の群れと一体となり泳ぐことの爽快さ。何もかも忘れて海と一体になる感覚。リーフの美しさ、海の中の世界がこんなにも美しく、非日常的であることを知らなかった私は、この新たな世界のとりこになってしまいました。そしてたくさんの海がめを見る幸運にも恵まれ、大変興奮しました。幸運は続くもので、帰りにはいるかの群れもの遭遇。その場に居合わせたみんなではしゃぎ、そのひと時をめいっぱい楽しみました。
イルカに遭遇!
美しい海の世界
ヌングイのビーチ
海がめと私
住民の日常
屋台の魚介類
途上国にはこういったすばらしい天然資源がたくさんあります。しかし一方で、住民の日常とは大きくかけ離れた場所。ヌングイへ着くまでは、土で作った家、農業等、住民の日常が広がっていて、観光客用のリゾートに着くと急に建物がヨーロッパ風になり、地元の人はいない、観光客のみがいる。そのギャップにめまいを感じました。観光化が一概によくないことだとは思わないが、地元の人が得る利益がまったくない又は少ないというならば話は別。住民の手により天然資源を有効に生かした地域開発が進められればいいなと願わずにはいられませんでした。
第4回:「ザンジバル島 ストーンタウン編」(2007年02月13日)
私は12月の長期休暇を利用してザンジバル島へ行って来ました。
ザンジバル島は首都ダルエスサラームからスピードボートで1時間。
アラビア交易で栄え、アラブ支配者の遺跡のたくさん残るザンジバル島はもともとはタンザニアの本土(タンガニーカ)とは違った国でした。ザンジバルは昔、独立国として存在していたのです。1964年タンザニア本土とザンジバル諸島が統合し、タンザニア共和国となりました。しかし現在も人々は独立した国と考えているようでした。
ザンジバルは世界遺産があります。それは「ストーンタウン」名前のとおり、石で出来た家が所狭しと建っている町です。迷路のように細長い道が縦横無尽に広がっています。そこにひしめき合うように人々が生活しています。ザンジバルドアと呼ばれる細かい彫刻がなされたドアが家の入り口に使われています。
ザンジバルはイスラム教の多いところ。コーランが目覚ましの代わりです。そして、女性たちはブイブイと呼ばれる黒いベールを、男性たちは白いガウンのようなカンズという服をまとっています。
ストーンタウン
ザンジバルドア
ブイブイを着た女性たち
市場にはたくさんの南国フルーツがあふれ、安い値段で売られています。そしてその甘いこと甘いこと!!
そしてザンジバルはダウ船と呼ばれる帆掛け舟が漁に使われています。夕暮れ時に夕日を浴びながら海に浮かぶダウ船はザンジバルの歴史、ロマンを感じさせる深い趣があります。
ダウ船
そして夕方海の近くの公園には屋台が立ち並びます。かに・ロブスター・ゾウリエビ・キングフィッシュ・貝類等たくさんの魚介類が並び、その場で炭火で焼いてくれます。そして有名なザンジバルピザ。小麦粉で作った皮で、ひき肉・トマト・たまねぎのみじん切り、マヨネーズ・チーズ・卵等を挟んで焼いたものです。これが又格別美味しい。たくさんの観光客が列を成しています。
日常の雑踏から抜け出し、一息入れるにはザンジバルは最適のところです。そしてそのザンジバルは常夏のリゾートアイランド。絵に描いたような白い砂浜、青い海が広がっていました。毎年たくさんの観光客が訪れます。
次回はザンジバル島 リゾート編です
第3回:「コーヒーの季節 (2)工場編」 (2006年12月04日)
さて今回は工場での様子をレポートします。
村からバイヤーに買い付けられてきたコーヒーたちは、工場に到着します。一袋50Kg もあるものを一人1袋ずつ担いで工場の倉庫に運びます。この時期工場の中は渦高く詰まれたコーヒーの袋でいっぱいです。ここでいったんコーヒーたちは自分の番が来るまで待ちます。
珈琲到着
運ばれたコーヒーは、外側の皮をむくため機械に入れられます。いくつかの工程を経て、最終的に手作業で、虫食いのもの、割れているものが選別されます。地元のママたちが工場に働きに来ています。工場の裏手にはコーヒーの皮が山になっています。ここはみんなの格好の遊び場。飛んだり跳ねたりでんぐり返ったりしても痛くないので、思う存分楽しめます。背中に入ったからがちくちくするけどそんなのおかまいなし!
ママたちによる選別
コーヒーの皮の山
選別されたコーヒーは、袋詰めされます。実を炒らない緑色の状態で袋詰めされます。輸出され、どの段階かは分かりませんが、炒られおなじみのドリップ用のコーヒーになります。この工場では少量ですが炒られ、販売されています。工場から直接買うことができ、炒った豆、挽いたもの、自分でフライパンで炒りたい人は緑の豆をそれぞれお好きな状態の豆を買うことができます。私も自分でコーヒー挽き機を購入し、贅沢にも、毎朝おいしいコーヒーを味わっています。農家の方ありがとう!!
袋詰め
袋詰めされたコーヒーたちは、出荷を待ちます。この工場から最寄りの汽車の駅まで運ばれ、そこから港へ行き、船で全国へ輸出されていきます。 薫り高く酸味が特徴のムビンガコーヒーは世界各地で愛飲されています。是非ご賞味ください。
出荷待ち
世界へゴー
第2回:「コーヒーの季節 (1)村での作業編」(2006年10月19日)
コーヒーの木と実
熱したコーヒーの実
コーヒーの外側の赤い皮を取る機械
私が現在活動中のここムビンガはコーヒーの大産地です。ムビンガのコーヒーは今まではキリマンジャロコーヒーとして世界に輸出されてきました。しかし、近年になり独自のブランドを立ち上げ、ムビンガコーヒーとして世界に輸出し初めています。日本でも市場開拓をすこしずつ進めています。今年は気候の変化から、摘み取り時期が1ヶ月以上遅れています。8月に入り、少しずつ実が熟し始め、今は最盛期を迎えています。
これがコーヒーの木と実です。アラビカ種なので、高さは人の胸の辺りくらいです。コーヒーは村人にとって大切な換金作物なので、盗まれないように家の近くに植えています。この地域は家の周りがコーヒー畑になっているのが普通です。この実はまだ緑色ですが、熟すと真っ赤になります。こうなると摘み時です。
コーヒーは一つ一つ手で摘みます。熟したコーヒーの実は真っ赤でとてもきれいです。でも重労働。この地域では、昔からコーヒーからだけの収入に頼って生活していました。今後はコーヒーのみに頼らない現金収入の道を模索すべく農民はグループを作り、養殖、養蜂等の生産に取り組んでいます。私の仕事の一つはこのグループのサポートです。
これはコーヒーの外側の赤い皮を取る機械です。上部にコーヒーがたくさん入っているのが見えます。これに水をかけ、ハンドルを回すとローラーに付いたギザギザが外側の皮を剥ぎ取ります。村によっては、村営の大規模な機械があるところもありますが、この家では、農家自身がこの機械を買って作業をしています。
このようにしてハンドルを一生懸命回し機械を動かします。私もやってみましたが、かなりきつい仕事です・・・。皮の取れたコーヒーはこのように外側に流れ出てきます。ちなみに後ろに写っているのがすべてコーヒーの木です。
このあと、庭先にコーヒーが干され、乾いたら工場に出荷です。バイヤーのトラックが村まで買い取りに来ます。
工場ではさらに、外側の皮を機械で取り除き、仕分けされ、世界に向けて出荷されます。ムビンガコーヒーは豊かな香りと酸味が特徴です。ぜひご賞味ください。次回は工場編です。
第1回:「私の活動、任地紹介」 (2006年07月14日)
私は、冬真っ只中のタンザニアの南の果て、モザンビークの国境に近い、Ruvuma(ルヴマ)州のMbinga(ムビンガ)県というところで活動しています。ここは標高1800Mの高地で今の時期は、1年の中で最も寒い時期で、朝晩は吐く息が白くなるほど冷え込みます。(ここに来るまでアフリカは暑い国だと思っていたのでびっくり)
私の巡回先の村のひとつ、は任地であるMbinga(ムビンガ)県のKindimba(キンディンバ)村というところです。いまは、まだバイク貸与されていないので、歩いて村に行きます。
この村には以前JICAのプロジェクトが入っていて、それをきっかけに、村の農民グループが再組織され、さまざまな活動を行っています。私は、グループを回り、問題点や要望を聞き、解決のサポートをします。
キンディンバ村への道:道には大きな溝が入っている。でもこれが主要道。
ンゴロ農法:伝統農法パッチワークみたいで大変きれい。
村までの道は、自宅から17kmで未舗装です。最近整備され、大変いい道になりましたが、それも途中まで、未舗装の道は雨季になると、大変なことになります。
今は乾季なのですが、雨季の影響が大きく、写真に見るように、道に大きな溝が何本も入っています。これが村人と町とを結ぶ主要道。作物を町に運ぶための重要な道です。
汗だくになりながら、すれ違う村人、何十人にも挨拶しながら、2時間かかって、やっとたどり着いた村には、ささやかなご褒美が待っています。それは村の絶景です。
この地域は「ンゴロ」と呼ばれる土壌浸食を防ぐ農法が伝統的に行われています。その農地は、パッチワークのようにで、大変美しい。農民は、大変な急勾配(まさに蔵王の横倉の壁です)に農地を開き、とうもろこし、豆、小麦等を植えています。たっているのがやっとという場所で、彼らは農業をしています。その様子に驚き、感動し、純粋にその農地の美しさに感動します。これで疲れは吹っ飛び、村人との会話を楽しみます。(これも村落開発普及員の大事な仕事ですよ)
そして、もうひとつのご褒美。それは食事。
村で食べる食事はすごおおおおおおくうまい!!
化学調味料は一切使わず、塩のみ。それがまたうまい!!
主食のウガリ(主食で、とうもろこしの粉をお湯で練ったもの)は、もちもちしていてこれまたうまい。
これは村人が、「わざわざ遠いところ着てくれてありがとう」という意味で、ごちそうしてくれます。
そしてこれが私の活動のパワーの源である。
こんな生活を毎日楽しんでおります。
キンディンバ村の農民グループの一つ:この日はコーヒーの苗床を作っていました。みんなカメラが大好き。ポーズをとってくれました。
ンゴロ農法を営む人:山の下から取った写真。村の人は日々このように農業をしてます。横倉の壁でしょ?