インド地下鉄網建設の現場に働く人の安全守る技術を――アーメダバード・メトロ、阿部玲子プロジェクト・マネジャー

2015年11月25日

12億人を超す人口を抱えるインドの公共交通の要となる地下鉄網建設の現場で、一人の日本人女性が強力なイニシアチブを発揮している。JICAが円借款の供与をはじめ技術面でも建設支援を行っている事業で、株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル(OCG)がコンサルタントとしてかかわっている。現場に立つのは、そのインド現地法人を束ねる阿部玲子取締役社長(52歳、山口県出身)だ。かつては女性が立ち合うことすらできなかったトンネルの掘削現場に風穴を開け、第一線で活躍し続ける彼女は、「あきらめない」強さで輝き続けている。

「大きなものを作りたい」思いで業界のしきたりに立ち向かう

バンガロール・メトロ、建設中の州庁舎駅をバックに(撮影:藤田修平)

山口県生まれ、大阪府育ちの阿部さんは、「大きなものを作りたい」という思いから山口大学工学部建設工学科(現:社会建設工学科)を選び、初の女子学生として入学。その後、神戸大学大学院に進んだ。

就職活動では、女性であることが大きなハンディになったものの、なんとかゼネコンに入社。大学と大学院で学んだトンネル工学を生かし、小さいころに見た関門トンネルのような日本を代表するトンネル建設にいつか携わりたいと、トンネル掘削工事の現場での業務を希望するが、当時の建設業界ではトンネル坑内で女性が働くことへの抵抗が実に大きかった。突破口を開くためノルウェー工科大学大学院に2年間の留学したのち、ヨーロッパ最北端のトンネル、ノースケープ海底トンネルで研修を重ね、台湾新幹線事業のトンネル掘削に従事する機会をつかむ。

バンガロール・メトロの現場。男性スタッフに的確な指示を飛ばす(撮影:藤田修平)

その後もトンネル掘削の現場で実績を積み、2004年にはゼネコンから、さらに大きなもの作りにかかわることができる建設コンサルタント会社に転職。2007年からインド・デリーの地下鉄網建設「デリー高速輸送システム建設事業」に、2010年からは「バンガロール・メトロ建設事業」に施工監理者として携わってきた。現在は、「アーメダバード・メトロ建設事業」でプロジェクト・マネジャーとして施工監理を担っている。

建設現場の安全管理と環境の向上を目指して

デリー地下鉄建設現場での安全講習。阿部が中央に立ち説明する

デリー地下鉄の施工監理を担っていた2009年ごろ、多くの地域語がある上、識字率も70パーセント強にとどまるインドでは、文字以外で危険を伝える必要があることを痛感した。言葉が通じなくても、文字が読めなくても危険な状況を共有できるシステムの構築を模索し、JICA、神戸大学などの協力を得て、光センサーの色が変化して崩落の危険を示す「計測の見える化」技術を用いたシステム「OSV」の導入を実現した。

続くバンガロール・メトロ建設工事でも同システムを導入したほか、インド国内のみならず、インドネシア・ジャカルタ都市高速鉄道などの関係者も招いて安全管理についてのワークショップも実施した。その結果、JICA民間技術普及促進事業の一つとして、2015年9月からジャカルタ地下鉄の建設現場において同システムを用いた安全管理プロジェクトも始まっている。「建設事業における安全への関心は、どの国でも高まっている。日本技術の導入にとどまらず、その技術を用いた安全管理もセットにした知見・経験の共有が求められている」と分析する。「この現場の安全管理を改善したい」。阿部さんを含む関係者の一致した思いが、地域や国を超えて、広がりつつある。

インド地下鉄建設にかかわるようになったころには、日本で過去のトンネル工事でのじん肺問題が課題となっていた。「10年後にはインドでも同じ問題が発生する可能性がある。それを避けるために何かできないか」と建設現場の粉じん対策の必要性を強く感じていた。ここでもJICAの支援を得て、市販のスマートフォンで粉じんを計測できる技術を山口大学と共同開発。計測結果をカラーパネルで「見える化」して現場で働く人の安全を守るための管理につなげた。

こうした実績を基に、昨年3月には「開発途上国における環境向上」をテーマに博士号を取得。建設現場の環境向上のために少しでも情報を伝えたいと、携わる建設現場では積極的にプレゼンテーションも行う。「伝えることの大切さ」をあらためて実感しているという。

「もうコンサルタントは、いらない」と言われるその日まで

バンガロールの路上で遭遇した牛と語らう

「座右の銘は『あきらめない』。この一言に尽きる。この言葉にこだわったから、今の自分があると思う」と阿部さんは語る。「女性である」という、努力では変えられない現実に直面して「あきらめたくない」との強い思いが前に進むエネルギーになった。「何のハードルもなかったら、ここまで努力はしていなかっただろう。女性でよかった」最近は、心からそう思えるようになった。

かつて、地下鉄建設工事のため渋滞しているベンガルール(注)でオートリキシャ(三輪タクシー)に乗っていると、「マダム、地下鉄工事のために渋滞している」とドライバーが話しかけてきた。地下鉄工事に対する不満を言うのかと思っていたら「俺たちの街に地下鉄ができるんだ。すごいだろう」と自慢そうな面持ち。地下鉄を誇りに思ってくれる人がいることが本当にうれしく、このときの思いが今でもこの仕事を続ける大きな原動力となっている。

コンサルタントとしてかかわる国が完全に自立し「もうコンサルは、いらない」と言われる日まで、その国の発展に尽力したい。25年前、誰もが「無理」だと考えていたトンネル掘削現場への女性の参画を実現した阿部さんは、仕事でかかわる国や地域の人々に対しても「あきらめない」。ためらうことなくかかわり続け、伝え続けるからこそ、今の彼女がある。これからも、あきらめずに進み続ける。

(注)南部カルナタカ州は、IT産業の集積地として知られる「バンガロール」の名称を、2014年11月1日付で同州の公用語カンナダ語の発音に基づく「ベンガルール」に変更した。なお、プロジェクト名やメトロ建設を行う事業会社名は、「バンガロール」のままとなっている。