大規模津波の経験を共有し、共に前へ(インドネシア)

−スマトラ沖大地震の被災地・バンダ・アチェの関係者が気仙沼を訪問−

2012年8月23日

津波による大きな被害から1年5ヵ月がたった気仙沼市の様子(2012年8月11日撮影)

2004年12月に発生したスマトラ島沖大地震・インド洋津波で、最も大きな被害を受けたインドネシア・アチェ州のバンダ・アチェ市。人口の回復やインフラの復旧を早期に達成したものの、国内の他地方との格差解消や地域住民を主体とする復興の実現など、残された課題は少なくない。「真の復興に向け、東日本大震災の被災地の人々と互いに支え、学び合いたい」と、同市のイリサ・アドゥディン・ドゥジャマル副市長ら7人が8月8〜15日、JICAの招きで来日、宮城県気仙沼市などを訪れた。

津波からの復興を支え合う

スマトラ島沖大地震・インド洋津波に際し、JICAは、約20万人の死者・行方不明者が出たインドネシアに国際緊急援助隊を派遣し、その後、復興期まで切れ目のない支援を行ってきた。その一つとして、バンダ・アチェ市では、2007年から2009年にかけて「アチェ州住民自立支援ネットワーク形成プロジェクト」を実施し、住民を中心とした復興を支援。今回、7人は同プロジェクトのフォローアップ協力の一環として来日した。

バンダ・アチェでも、津波によって多くの人々の命や生活が奪われた(2005年1月、今村健志朗撮影)

一方、東日本大震災の10日後、バンダ・アチェ市では中学生らによる哀悼行事が行われた。また、3ヵ月後には、インドネシアのスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領が、被災地となった気仙沼市を訪問。バンダ・アチェ市は、津波による被害を後世に伝えるため、陸に打ち上げられた発電船をモニュメントとして残すとともに、津波博物館を設けて情報の発信に取り組んでいるが、気仙沼市内に打ち上げられた大型漁船を見たユドヨノ大統領は、菅原茂気仙沼市長に対し、「バンダ・アチェの復興の様子をぜひ見てほしい」とインドネシア訪問を提案した。

新たな関係の始まり

約40年前、気仙沼市の漁師がインドネシアの漁師と共同でエビのトロール漁(注)を始めたことから、両者の関係は始まった。東日本大震災の発生当時、気仙沼のマグロ漁船には、多くのインドネシア人が船員として乗船。同市の水産加工場では、インドネシア技術実習生が地元の人々と共に働いていた。また、これらの縁がきっかけとなり、60年以上前から続く「気仙沼みなとまつり」では、2003年から「バリ・パレード」が行われ、日本在住の多くのインドネシア人が参加している。

今回の来日で、イリサ副市長らは、菅原市長や気仙沼市商工会議所の臼井賢志会頭らと会談。水産業と観光業の復興を主軸とし、「海と生きる」をテーマに自然との共生を目指す同市の取り組みを学び、今後も経験を共有しながら共に復興に向けて歩むことを約束した。

水産加工会社で、インドネシアからの人材派遣などについて意見を交換するバンダ・アチェ市の関係者ら(左側)

また、震災前にインドネシア人技術実習生を受け入れていた水産加工会社を訪問。水産業の復興状況や課題について説明を受け、水産加工場の従業員としてバンダ・アチェ市から人材を派遣することや、同市の水産技術の向上について意見を交換した。水産加工会社の担当者からは、震災後、インドネシア人技術実習生は皆、帰国してしまったが、穏やかでまじめな性格の人が多いインドネシア人は日本人と相性がよく、また、高齢化による労働者不足もあり、引き続きインドネシアの人材を受け入れて行きたいという意向が示された。

自然との共生を実現する復興を学ぶ

「森は海の恋人」の畠山信副理事長(右奥から3人目)からは、防潮堤を設けず、自然と共生しながら災害を防ぐための取り組みについて説明を受けた

最後に、森を育て、海を守る活動に取り組む、同市の舞根(もうね)地区にあるNPO法人「森は海の恋人」を訪問。県内で唯一、「防潮堤はいらない」と正式に表明している舞根地区の自然との共生についての考え方を聞いた。

また、2年ぶりに再開した「気仙沼みなとまつり」にも参加。「バリ・パレード」が「インドネシア・パレード」に変更され、インドネシア国内の支援で集まった民族衣装などに身を包んだ市民と共に、イリサ副市長をはじめとする訪問団のメンバーが街を練り歩いた。イリサ副市長は「インドネシアが、気仙沼でこんなにも温かく受け入れられていることに感激した」と述べた。

さらに、内閣官房の「環境未来都市構想」による環境未来都市の一つ、宮城県東松島市も訪問。環境との共生、エネルギーや食料の地産地消の取り組み、震災がれきのリサイクル活動などについて話を聞いた。東松島市からは、より多くの自然資源を有するバンダ・アチェ市への「環境未来都市構想」の移転を目的に、長期の研修員を受け入れたいという申し出があり、双方は、バンダ・アチェ市からの派遣を検討することで基本的に合意した。

今回の訪問を通して、気仙沼市とインドネシアが積み重ねてきた信頼関係がさらに深まり、双方の復興促進につながるきっかけとなったはずだ。東日本大震災の被災地と開発途上国が互いに励まし支え合う関係づくりに、JICAは今後も協力していく。

(注)両側に袖網を付けた三角形の袋網を船で引く漁法。大量に魚を捕獲することができる。