アフガニスタンの大地で今、実りの時を目指して

−半世紀の時を経てよみがえった奇跡のコムギ−

2013年10月17日

アフガニスタンは、かつて世界有数の農産国であり、その大地には、一面青々とした在来種のコムギ畑が広がっていた。ところが約30年に及ぶ紛争で焦土と化した同国では、灌漑(かんがい)設備は破壊され尽くし土地は荒れ果て、遺伝資源の保存や品種改良システムも崩壊。風土に合った乾燥に強い在来種のコムギの多くは途絶えてしまった。現在では多くの農民が外国から導入された品種を栽培しているが、灌漑の整備されていない地域では栽培環境に十分適用できていない。紛争前は100パーセント近い自給率を誇っていたが、干ばつや洪水が頻発する厳しい自然条件下での農業では、国内の需要を満たすことができない状況となっている。

奇跡のコムギ

これからのアフガンの食料生産を支える貴重な遺伝資源だ

人材の流出や、深刻な経済・社会インフラの崩壊に直面するアフガニスタンでは、主要産業である農業の復興は、重要な課題の一つだ。そこでJICAは2011年4月に、独立行政法人科学技術振興機構(JST)と連携した地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)(注1)として、横浜市立大学木原生物学研究所による「持続的食糧生産のためのコムギ育種素材開発プロジェクト」を開始した。アフガニスタンのコムギ品種改良を行うとともに、持続的食料生産を支えていく次世代のリーダーとして、若手研究者の育成を進めている。

そもそもこのプロジェクトの背景には、半世紀の時を経てよみがえった「奇跡のコムギ」の存在がある。1955年にコムギ発祥の地を探るため、紛争前のアフガニスタンを訪れた京都大のカラコルム・ヒンドゥークシュ探検隊(木原均隊長、注2)は、同国をくまなく回り500種に及ぶコムギ在来種とその祖先種を採集して日本に持ち帰った。その後アフガニスタンでは、紛争により品種改良の素材となる貴重な遺伝資源が失われてしまい、その「意味」も「価値」も今の世代に伝達されなかった。くしくも、横浜市立大学木原生物学研究所に保存されていた「乾燥や病気に強い特性を持ったアフガニスタン在来の種子」が、同国のコムギ生産を復活させる上で欠かすことのできない貴重な遺伝資源となった。

半世紀の時を超えて

アフガニスタン・ヘラートの試験場を訪れた坂教授(左端)と研究員ら

プロジェクトで日本側研究代表を務める横浜市立大学の坂智広教授は、木原博士が持ち帰ったコムギの遺伝資源とその祖先に当たる野生種の種子(木原生物学研究所に保存)であれば、現在のアフガニスタンの環境にも適応できるのではと考え、現地での栽培を開始。こうして、半世紀の時を超えアフガニスタンの首都カブールに里帰りを果たしたコムギは豊かに実り、「奇跡のコムギ」として大きな注目を集めた。現在は、この遺伝資源の特性を日本の科学技術を用いて分析し、近代品種と交配選抜することで、さらに、灌漑の整備されていない地域でも栽培できる耐乾性・耐病性の高い品種の育種開発が進められている。

坂智広教授は、「大変だったのは、国を超えて品種を持ち運ぶ際の国際ルールが厳しくなったこと。今後は、人材育成を通して、新たな品種を持ち込んだとき病気をどう防ぐかといったリスク管理や、それら品種の知的財産権の整備など、ルール・システムづくりが進めばいいと思っています。そして将来的には、長年の内戦による空白期間を埋め、アフガニスタンの環境に合った新しいコムギ品種をアフガニスタンの人々の手で開発できるようになることを願っています」と言う。

また、治安に関する動向が定まらない中で、アフガニスタン国内に入国しないで事業を進めなくてはならないことについては、「厳しい状況の中で成果を上げるには、日本が国際共同研究ネットワークのイニシアティブをとり、第三国研修や南南協力によって次世代のリーダーの育成と、事業成果の移転を進めるなど、既存の枠組みにとらわれないさまざまな工夫を行うことが必要です」と、さらなる日本の国際貢献への展望を語った。

メキシコによる南南協力を活用

JICAメキシコ事務所を訪れたザヘリさん(中央左)とアフマディさん(その右)

今年2月には、メキシコの南南協力の枠組みと、SATREPSの日本での短期研修とを組み合わせ、アフガニスタン農業灌漑牧畜省の若手研究者、モハメド・ザヘリさんと、ハシブラ・アフマディさんをメキシコに派遣。二人はメキシコ国立農牧林研究所と、世界的なトウモロコシとコムギの育種・関連周辺技術の研究機関である国際トウモロコシ・コムギ改良センターで、遺伝学、農学、バイオテクノロジー、社会科学など、アフガニスタンの環境に適したコムギの品種改良を行うために必要な知識と技術の習得に努めた。

さらに二人は、この10月から、横浜市立大学大学院に留学。修士課程修了後、世界との橋渡しを行い、国の農業を支えるリーダーとして活躍すべく、研究者としてさらに上のレベルを目指す。10月3日には、横浜市立大学の金沢八景キャンパスで、卒業・入学式が行われ、先に同大学院生命ナノシステム科学研究科生命環境システム科学専攻課程を修了した、アフガニスタン農業灌漑牧畜省のムジブラフマン・アリフィさんとともに、式に臨んだ。

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卒業・入学式で。後列、右から4人目がアフマディさん、前列右から4人目がザヘリさん、その左隣がアリフィさん

ザヘリさんは「メキシコでは、世界各地から集った研究者と共にコムギ育種の基礎を学びました。これから日本でさらに多くのことを学んで、アフガンの若い研究者たちに伝えたい」と述べると、アフマディさんは「プロジェクトで先に来日し学んでいる先輩研究員たちに続き、帰国後は農業灌漑牧畜省のために、ひいてはアフガンの農民のために働きたい」と決意を語った。

その先輩の一人として先に帰国するアリフィさんは「2年間、乾燥に強いコムギについて学んだ。帰国後、プロジェクトがアフガニスタンに里帰りさせた在来種の遺伝資源を活用し、厳しい環境でも育つコムギを農民に提供することで、国の持続的な食料生産に貢献したい」と述べた。

現在、同大学院には、ザヘリさんとアフマディさんを含め、4人のプロジェクト関係者が留学中だ。近い将来、アリフィさんやザヘリさん、アフマディさんのように、このプロジェクトで育った若手研究者の一人ひとりが、アフガニスタンのコムギ品種改良と食料生産を支え、同国に豊潤な実りをもたらすことを、関係者一同、願っている。



(注1)日本の科学技術を活用して環境、食料などの地球規模の課題解決のために開発途上国の関係機関と共同研究を行うプログラム。
(注2)日本の遺伝学者で、木原生物学研究所の創設者。京都大学名誉教授。コムギの祖先を発見したことで知られる。種なしスイカの開発者でもある。