100円診断キットでアフリカの感染症に挑む(ザンビア)

−結核、眠り病の早期発見、早期治療に期待−

2014年2月19日

感染症の拡大を食い止めるためには、患者を早期に発見し、早期治療につなげることが鍵となる。しかし途上国では検査の費用が高額なため、診断(患者の発見)に至らないケースも多い。

3人に一人が結核に感染

プロジェクトチームが開発した診断キット

感染の拡大が大きな脅威となっているのが結核だ。日本では過去の病気と思われているが、世界では今も人類の3分の1が感染し、年間140万人が命を落としているといわれている。特に感染が集中しているのがアフリカで、ザンビアでは国民の3人に一人が結核に感染している。さらに、抵抗力が低下したHIV感染者の重複感染、抗生物質に耐性を持つ「多剤耐性結核」の増加による蔓(まん)延も危ぶまれている。

サハラ以南のアフリカではトリパノソーマ症(眠り病、注1)の感染も広がっていて、年間の死者数は5万人に上ると推計されている。ザンビアではマラリアと誤診されて重症化し死に至るケースが多く報告されており、こちらも早急な対策が望まれている。

JICAはザンビア政府の要請を受け、独立行政法人科学技術振興機構(JST)と共に、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンターの鈴木定彦教授をチーフアドバイザーとする「結核及びトリパノソーマ症の診断法と治療薬開発プロジェクト」(注2)を実施。同センターなどの協力を得て、結核とトリパノソーマ症の診断を、正確かつ迅速に、そして安価に行える診断キットの開発に成功した(注3)。

遺伝子増幅の技術をザンビアの研究者に指導する鈴木定彦チーフアドバイザー

従来の結核菌検査は、結核菌を顕微鏡で調べる喀痰(かくたん)塗抹検査と、痰を培養して菌を増やす培養検査を併用して行われている。喀痰塗抹検査は結果が出るのは早いが菌の数が少ないと見つけることができない。そこで、喀痰塗抹検査が陰性であっても培養検査を行い、最終的な診断を行う。

しかしザンビアでは、喀痰塗抹検査の結果が出るまで2〜5日かかる。さらに、喀痰塗抹検査が陰性の場合、次のステップである培養検査を実施しないケースが多い。培養検査を実施したとしても担当者の技術にばらつきがあるため人為的ミスが起こりやすく、診断の精度が高いとはいえない。また、培養検査の結果が出るまで2〜4週間かかるため、患者が治療を開始するのが1ヵ月後になってしまったり、結果が出るころには患者と連絡がとれなくなってしまうケースもあった。結果が出るまでの間に症状を悪化させ、周囲に感染を広げてしまうリスクもある。

一方、トリパノソーマ症は顕微鏡で血液中の寄生虫を調べて診断するが、こちらも精度が低く早期発見が難しかった。

即日診断とコストダウンを実現

診断検査を行うミラー専門家

こうした問題を解決するため、新しい検査キットの開発では、患者の痰や血液から抽出した結核菌や寄生虫の遺伝子を増幅させる技術を応用。検査から結果が出るまでの時間を約1時間に短縮し、精度を100パーセントに近づけた。これにより、これまでの検査で見逃されていた患者の6〜7割を、検査当日に診断できるようになった。2011年からプロジェクトにかかわってきたミラー真里専門家は、「新しい診断キットにより、Point-of-care 診断(注4)が都市部から離れた地方でも身近になる」と期待する。

さらに、北海道大学が開発した安価な試薬を使うことで、ほかの迅速診断では1,000〜2,500円かかる検査費用を約100円に抑えることに成功した。「コストを抑え多くの人が検査を受けられるようになれば、感染拡大のリスクを大幅に減らせるだけでなく、早期発見、早期治療につなげることが期待できる」とミラー専門家は説明する。プロジェクトがスタートした2009年から業務調整に当たってきた飯塚昌専門家も、「検査をした当日に結果が出て、すぐに患者の治療に移れることはザンビアでは画期的。非常に大きな成果だ」と話す。

検査結果の精度を高めるために

地方保健センターで、診断キットを使用してトリパノソーマ症の診断を行う北海道大学の梶野喜一専門家

診断キットのザンビアでの実用化には課題もあった。開発した診断キットの実証実験を行ったところ、検査結果のばらつきという想定外の問題が出てきたのだ。原因は、ザンビア側のラボスタッフの検査手技。検査に当たっては、凍らせた数種類の液体試薬を解凍して調合するが、調合する各試薬の量はマイクロリットル単位と微量のため、スタッフの手技の正確さが求められる。しかし、無駄話をしながら作業をしたり、面倒だからと手順を端折ったりすることもあるため、検査結果の精度を保てなかったのだ。

そこで研究チームは、液体試薬に代えて乾燥試薬を開発した。乾燥試薬は低温管理が必要な液体試薬に比べて温度管理が簡単な上、試薬を調合する手順を簡略化できるため、検査手技の個人差を最小限に抑え、検査結果の精度を上げることができる。また、遺伝子の検出に用いる蛍光検出器には、電力が不安定な地域でも使用できるように、単三電池を使う小型蛍光検出器を開発した。こうした工夫を行ったことで、地方でも検査結果の精度を保つことが可能となった。

診断キットはプロジェクト終盤に開発、導入されたため、プロジェクトが終わる2013年11月までに実証実験によるデータ収集が間に合うか心配もされたが、研究データに対してはザンビア保健省も高く評価しているという。「最後までバタバタしたが、プロジェクト関係者の素晴らしいチームワークがあったからこそ残せた成果だ」と、飯塚、ミラー両専門家は振り返る。

移転した技術は、すでにザンビアで実用化が進んでいるほか、アフリカやアジアの国々からも関心を集めている。さらに、この技術は、結核やトリパノソーマ症以外の感染症へ応用できる可能性もある。100円診断キットへ寄せられる期待は大きい。



(注1)ツェツェバエが媒介する寄生虫トリパノソーマによって引き起こされる。人にも家畜にも感染する人獣共通感染症。ツェツェバエに吸血されることにより感染するほか、感染した家畜との接触によっても感染し、睡眠障害などを発症する。アフリカ睡眠病、眠り病とも呼ばれる。
(注2)科学技術と外交・国際協力を相互に発展させる「科学技術外交」の一環として、外務省、文部科学省とJICA、JSTが連携して実施する地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development: SATREPS)プロジェクト。
(注3)結核とトリパノソーマ症の診断キットでは、使用するプライマー(目的の核酸を複製するための核酸の断片)が違う。検体は結核診断キットでは喀痰、トリパノソーマ症診断キットでは血液を使用し、検体添加後の反応温度が若干異なる。小型蛍光検出器は両キットとも同じものを使用できる。
(注4)患者の検体を病院外の検査専門施設に持ち出さず、治療現場で検査結果を出す技術や装置。