マリ難民キャンプで協力隊員が奮闘(ブルキナファソ)

2014年4月17日

マリの主要産業は農業、畜産、鉱業(金)

古くから、サハラ交易の拠点として栄えた西アフリカの内陸国マリ。東はニジェール、西はセネガルとモーリタニア、南はブルキナファソとコートジボワール、ギニア、北はアルジェリアと国境を接している。日本の約3.3倍に当たる124万平方キロメートルの国土の北部にはサハラ砂漠が広がり、残りのほとんどの地域も乾燥地帯となっている。人口は1,630万人ほどで、国民の8割はイスラム教徒だ。首都は南西部に位置するバマコで、172万人が暮らしている。

ブルキナファソでのマリ難民支援

マリでは歴史的に、トゥアレグ族を中心とした勢力が北部のガオ州、キダル州、トンブクトゥ州を中心とする地域の自治を主張してきたが、2007年ごろから武装勢力の動きが活発になり、2012年初頭にはマリ国軍と武装勢力の衝突に発展していった。さらに2012年3月には、国軍の一部勢力によるクーデターが発生。翌年1月に武装勢力が南進を始めたことをきっかけに、政治・治安情勢の混乱に拍車がかかり、マリ国内では、北部地域を中心に40万人を超える住民が、マリ国内と周辺国への避難を余儀なくされた。また、世界遺産の都市トンブクトゥでも戦闘があり、貴重な建築物や書物にも被害が出ている。

トンブクトゥのほかにもマリには泥でできたモスクが点在する(ブグン村、写真:船尾修)

マリと国境を接するブルキナファソは、難民受け入れ国の一つ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が政府と共に3万人を超えるマリ難民の支援と保護に取り組んでいる。国内に3ヵ所ある難民キャンプのうち、首都ワガドゥグから北へ30キロメートルの場所にあるサニョニョゴ村のキャンプには、現在1,900人ほどの難民が収容されている。その大半は砂漠で遊牧生活を営むトゥアレグ族だ。農民主体のブルキナファソ人とは生活慣習も食事もまったく異なり、避難地での生活への適応は容易ではない。

キャンプ内の子どもたちにとっても状況は同じだ。現在、100人近い幼児がキャンプ内の幼稚園に、200人を超える就学年齢の子どもたちがキャンプから1キロほど離れたサニョニョゴ村の小学校に通っている。JICAはUNHCRと連携し、サニョニョゴ村の難民キャンプの子どもたちに、レクリエーションや新しい学びの機会を提供することを決めた。活動の主役となるのは、青年海外協力隊員だ。

派遣中の協力隊員16人が奮闘

キャンプでの子どもたちの支援活動は、今年8〜9月に本格的に行う。今回は、現地の学校休暇を利用して、3月24〜28日に試行的に実施。参加したブルキナファソで活動中の隊員16人は、普段は、小学校教育、幼児教育、バレーボール、柔道、コミュニティー開発、看護の分野で活動している。

初日の3月24日に行われたバレーボールや長縄跳びなどのスポーツ活動には、幼児から成年までの100人以上が参加。活動二日目には途中からミニ運動会へと発展し、大いに盛り上がった。また、最終日の28日のビニールごみを使ったリサイクルボール作りには、小学生とキャンプの衛生委員会のメンバー約70人が参加。ごみに関する啓発活動の後、実際に全員で拾い集めたビニールごみを使ってボールを作り、そのボールを使った遊び「コロコロドッジボール」を紹介した。

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空気砲のデモンストレーション(左)、現地にカブはないので、ニンジンバージョンの「おおきなかぶ」を実演(中央)、バレーボールの練習には女の子も積極的に参加した(右)

幼児を対象とした「遊びとお話」では、村とキャンプそれぞれのコミュニティーの幼稚園の先生の協力を得て、初日は村の幼稚園、二日目はキャンプ内の幼稚園で、紙芝居や寸劇などを披露。二日とも約70人の幼稚園児が参加し、大きな瞳をキラキラと輝かせていた。さらに、実験を見せるだけではなく、子どもたち自身が予想を立てたり、参加することを主眼にした「サイエンスショー」にも、小学生20〜30人が参加した。

子どもも大人もはじける笑顔で

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長縄跳び用の縄を使って綱引きがスタート。見ていた大人も思わず参加して運動会に発展

どの場面でも子どもたちの真剣なまなざしや驚きの表情、そして何よりも多くの笑顔が見られた。スポーツ活動とサイエンスショーに参加した中学1年生の男子生徒は、「いろんなことを学んだ。充実した休暇になった」と喜んだ。キャンプの青少年委員会のアリ・アグ・エル・ハディ会長は、「男の子はよくサッカーをして遊ぶが、女の子は参加しない。バレーボールや長縄飛びは、女の子がスポーツを楽しむよい機会だ」と語った。

普段、大人と遊ぶ機会が少ない子どもたちが隊員との交流を喜んでくれたこと、協力者である大人たちも興味を持って一緒に楽しんでくれたことで、隊員たちも8月の本格実施に向けた手ごたえを感じている。後藤由布子隊員(宮崎県出身)は、「命の危険はなくなったものの、将来が見えない不安の中で、生きる楽しさや希望を抱くことのできる『娯楽』は、想像以上に大事なのかもしれない」と活動の意義を再認識。次回に向けてはやる気持ちを抑えながら夏を待っている。

サニョニョゴ村での活動は、UNHCRや政府関係者に加え、国際NGOや難民コミュニティーが自ら組織する青少年委員会や衛生委員会など、多くの人々に支えられて行われた。急な予定変更で協力者が不在になったり、人懐っこく抱きつく子どもたちに身動きがとれなくなったり、時には興奮し過ぎて収拾がつかなくなった子どもたちを大声で落ち着かせたり、日陰でも40度を超える炎天下、汗まみれ、砂まみれになりながら隊員たちは奮闘した。

本格的な協力再開に向けて

これまで日本はマリで、教育や水・衛生といった人々の基礎生活に直結する分野や、インフラ整備、農業といった分野を中心に、長年にわたって協力を展開してきた。2010年からは青年海外協力隊の派遣も始まったが、2012年3月に発生した軍事クーデターのため、新たな協力は停止。しかしその後も、人道的観点から、UNHCRなどの国際機関を経由する形で、マリ国内に限らず、ニジェールやモーリタニア、ブルキナファソといった周辺国でもマリ難民支援を展開してきた。そんな中、今回の協力隊による活動は、2012年以来、日本人を介した初めての直接的な支援となった。

マリでは2013年7月の大統領選挙、12月の国民議会選挙が混乱なく行われ、南部を中心に国内の治安状況も安定傾向にある。日本も2013年10月に、研修事業を再開した。この5月には政府高官を対象とした日本でのODAセミナーの実施も予定されており、マリへの本格的な協力再開に向けた助走は始まっている。