本格的な国家統合に向け共に歩む(マリ)

−政府高官を招いて「ODAセミナー」を開催−

2014年6月23日

「ある場所で何かが起きたとき、われわれはそれを運命論としてとらえる。『ここにいるべきではない』という神の啓示として受け取り、その場所を去るという選択をする。一方、日本ではあれほどの震災に遭いながら、それを再建と復興へのエネルギーに変えている。これは金銭的な問題だけではなく、危機を乗り越えようという意思の表れだ。視察を通じてそれを垣間見ることができた」。マリ内務・治安省のババハマン・マイガ技術顧問は、宮城県仙台市での視察を振り返りそう語った。

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仙台市立荒浜小学校近くにある慰霊碑に献花

混乱期を経て再建の道へ

東はニジェール、西はセネガルとモーリタニア、南はブルキナファソとコートジボワール、ギニア、北はアルジェリアと国境を接している

古くから、サハラ交易の拠点として栄えた西アフリカの内陸国マリ。人口は約1,630万人、国民の8割はイスラム教徒で、南西部に位置する首都バマコには、172万人が暮らしている。マリでは、フランスからの独立を果たした1960年代から、トゥアレグ族の一部勢力が中心となり、北部の自治権を主張してきた。90年代に入ると、国内でトゥアレグ勢力による抵抗運動が激化。さらに2007年に隣国ニジェールで発生したトゥアレグ族による反政府運動が国境を越えてマリ国内にも波及した。同じころ「マグレブのアル・カーイダ(AQIM)」(注1)が結成され、マリを含む広い地域にテロや人質誘拐の脅威が広がり、マリは混乱期に入る(注2)。

2013年1月、マリ国軍と多国籍軍が出動したことをきっかけに状況は一変(注3)。国際社会の支援を受けながら、マリは確実に再建への道のりを歩み始めた。

マリ政府高官11人を招きセミナーを実施

仙台市で資源ゴミの処理プロセスを視察

こうして、2013年8月、平和裏かつ民主的に実施された選挙で、イブラヒム・ブバカル・ケイタ大統領が当選。国際社会は支援の再開と強化に向けた動きを加速化させた。

2012年3月以来、協力を中止していた日本政府も、2014年3月に、対マリ支援全面再開を決定。これを受け、JICAはマリ政府高官との対話を速やかに再開し、2013年6月に開催した「第5回アフリカ開発会議(TICAD V)」で日本政府が表明したサヘル(注4)支援策のマリでの具現化を目指すため、2014年5月20日から30日にかけて、大統領府顧問や首相府顧問を含むマリ政府の高官11人を日本に招き、「マリODAセミナー」を実施した。

セミナーは、日本のODAの理念や仕組み、JICA事業全般に対する理解を深めてもらうことをテーマに、マリ側の関心が非常に高い「地方分権化」について、東日本大震災の被災地である仙台市を訪問し、地方自治体や民間企業などによる地域社会再建に向けた取り組みを視察した。

日本には、国の中にさらに国がある

視察を通じて「大変ポジティブな気持ちで帰国することができる」と語るマイガ技術顧問

東北大学未来科学技術共同研究センターで電気バスに試乗するトラオレ特別顧問(左)

5月26日に宮城県仙台市を訪れた一行は、地方行政の具体例として仙台市で廃棄物行政の講義を受けた後、仙台市泉区の松森清掃工場と松森資源化センターを視察。また、仙台市の復興に向けた取り組みについて学ぶと同時に、津波で大きな被害を被った荒浜地区を訪れ、荒浜小学校近くにある慰霊碑に献花した。マイガ技術顧問は、「地方自治にも感銘を受けた。日本には国の中にさらに小国があるかのようで、これは世界でもほかにあまり例を見ないのではないか。こういった知識を、今後マリでも生かしたい」と述べた。

マリでは、北部の自治権を求めるトゥアレグ武装勢力に対し、国家としての同一性を保持するため、実効的な地方分権化を進めていくことが重要な課題となっており、その意味で仙台市の取り組みは参加者にとって貴重な体験となったようだ。首相府を代表してセミナーに参加したママドゥ・ナムリ・トラオレ特別顧問は、「地方自治、そしてその一例としての廃棄物管理は印象的だった。その土地の人間がその土地のことを動かすのは重要なこと。町がとてもきれいなのは、規律と組織と手法が確立されているからであり、いずれも人の手によってつくられてきたものだ。仙台で見たことをマリでもできるだけ生かしていきたい」と語った。

マリ人が自らの言葉でマリ情勢を語る

円卓会議では、国際社会が一丸となって政府のイニシアチブを支援する必要性が強調された

セミナー最終日の5月29日には、開発パートナーや日本政府関係者を招いた円卓会議「マリの再建と発展に向けて」、同日夜には、一般の参加者を招いて、セミナー「マリ 平和と復興への道のり」を開催した。

円卓会議では、「国家の再統合、国民和解に向けた対話推進」が喫緊の課題であることが再確認された。JICAを含む開発パートナーは、不安定な北部情勢を抱えつつ、これらの課題に向き合うマリ政府の確固たる決意に対し、あらためて、長期的な視野に立った支援の重要性を認識した。マリ北部情勢の悪化を受け、急きょ来日が取りやめとなった、国連マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)(注5)のデイビッド・グレスリー国連事務総長特別代表補からは、マリ政府の問題解決に対する確固たる意志を高く評価し、国際社会が一丸となって政府のイニシアチブを支援する必要性を強調した、前向きで力強いビデオメッセージが寄せられた(注6)。会議の結果は「議長サマリー」としてまとめられ、今後のJICAの支援戦略を検討する上でのベースとなる。

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一般セミナーには、多くの参加者が集まり、マリの現状に耳を傾けた

一般公開セミナーは、マリが置かれた複雑な現状について、マリ人自らの言葉で語られる貴重な機会となった。地理的に非常に遠い日本にも、マリに関心を持っている市民の存在があることに、マリ政府代表者は驚きと喜びを隠せなかったようだ。

ODAセミナー開始直前にも、北部キダルでマリ国軍と武装勢力の衝突が発生し、双方合わせて60人を超える死者が出るなど、マリ北部では、依然として不透明な状況が続いている。しかし、マリだけでなく、サヘル地域の安定・発展のために、JICAは対マリ支援の本格再開に向けた具体的検討を進める予定だ。


(注1)アルジェリアなどを拠点に、アル・カーイダに忠誠を誓い活動するスンニ派の過激組織。
(注2)2012年初頭、トゥアレグ族が、アザワド(マリ北部地域、トンブクトゥ、ガオ、キダルにモプチの北部一部地域を加えた地域)解放民族運動(MNLA)を組織して独立を求めて蜂起し、国軍との本格的な衝突へと発展。同年3月には、軍部を中心としたクーデターが発生し、北部地域は、国内の混乱に乗じて台頭した北部反乱勢力の実行支配下に置かれた。また、トゥアレグ勢力とイスラム武装勢力が、作戦上の共闘を進めたことが混乱に拍車をかけた。
(注3)2013年5月には、ベルギーのブリュッセルで「マリ開発支援国際会議」が開催され、6月には大統領選挙実施に向けたマリ暫定政府とトゥアレグ武装勢力との間で予備的合意(ワガドゥグ合意)が締結。7月にはアフリカ多国籍軍から移行する形で、国連マリ多元統合安定化ミッション(MINUSMA)が発足した。
(注4)サハラ砂漠周縁部の地域。北アフリカの国々に加え、セネガル、チャド、ニジェール、ブルキナファソ、マリ、モーリタニアなどが含まれる。気候変動の影響や食料安全保障上の問題を抱え、近年では政変やテロが国際社会の懸念となっている。
(注5)混乱したマリ北部の治安の回復、マリ暫定政府からの政権移行の支援などを目的に展開される国連平和維持活動(PKO)。

(注6) MINUSMA(国連マリ多元統合安定化ミッション)デイビッド・グレスリー国連事務総長特別代表補のビデオメッセージ(YouTube、外部リンク、英文)