【国際協力60周年】知れば知るほど奥深い!ネパールの森林保全を支える「SABIHAAモデル」とは?

2014年8月22日

プロジェクト終了後の方針を協議するセミナーでスピーチするタパさん

「ネパールの村では、これまでも外国によるさまざまな支援が行われていますが、本当に貧しい村人を巻き込み、ニーズをくみ取り、活動に反映したのは、このプロジェクトだけです」

JICAが2009年に開始した「地方行政強化を通じた流域管理向上プロジェクト」の女性グループの代表、ティル・クマリ・タパさんの言葉だ。

このプロジェクトに代表されるような、ネパールに対するJICAの森林保全分野の協力は長い歴史を持つ。ネパールの地方部では、伝統的に住民が森林などの自然資源に頼り生計を立てていたが、長年にわたり適切な資源管理が行われず、過度な伐採などにより森林荒廃が進んだ。このような状況を改善するため、JICAは1991年に協力を開始。以降23年間、試行錯誤を重ねながら、ネパールの森林保全に大きく貢献してきた。その集大成として生み出された「SABIHAA(注1)モデル」は、住民が高い関心を寄せる生活向上を主眼とした村づくりを実施し、さらにその一環として森林保全の活動を取り入れたことにより、貧困と森林破壊の悪循環を断ち切ることに成功した。これは行政と住民が共に主役となって、地元の生活向上を図ると同時に、自然資源を管理し、森林の保全計画を実践するための開発の手法だ。

今、SABIHAAモデルはネパール政府の正式な開発モデルとして承認され、国内に広く展開されようとしている。

23年にわたるJICAの協力の歴史

農地を肥やすために行われる火入れが、乾燥期には山火事を招く。乾燥が激しかった2009年には4,000件以上の火災が発生、広範囲の森林が消失した

森林の減少でもろくなった土壌に雨が降ると、土壌が流れ出し地力が低下する

表土が流出した土地には植生がなくなる。土壌が流出し、土砂災害の原因になる

ヒマラヤの美しい山々と豊かな自然環境から桃源郷のイメージを持たれるネパール。この国では、伝統的に住民が共同で地域の森林を管理することで、資源を守ってきた。しかし、1950年代末に政府が私有林を国有化したことにより、伝統的な管理方法は大きく崩れた。この時期、森は住民にとって「守る」ものから「奪い合う」対象へと変化した。政府に森を取り上げられた住民は、生活のために違法な伐採を続けた。

地域住民が森林管理の権利を取り戻したのは、この政策が抜本的に見直された1990年代以降のことだ。30年以上もの歳月がたってしまったことから、そのころには、地域住民の間で伝統的な共同管理の記憶は薄れていた。また地方部の過疎化により森林保全に携わる人口も減少し、森林荒廃による土壌浸食や、土砂崩れなどの災害が恒常的に発生していた。そのことは何よりも、厳しい自然環境の中で農業や林業に携わる地元住民の暮らしを直撃していた。

そんな中、ネパール本来の森林管理体制を取り戻し、発展させるために、JICAは「林業普及計画(1991〜1994年)」を開始。林業普及の計画策定や住民のニーズ調査などに取り組んだ。その過程で、ネパールで森林保全を進めるには、1)住民の生活ニーズを包括的に把握しなければ成功しない、2)住民のニーズに基づく、住民主体のプロジェクトが求められている、という2点が最重要であることが判明し、これがその後のJICAの協力の指針となった。

そこで「村落振興・森林保全計画フェーズ1(1994〜1999年)」プロジェクトを立ち上げ、森林保全に限らず、総合的な村おこしの活動を開始した。そして活動の中心を、森林資源を利用する「利用者メンバー(住民)」に据え、彼らの活動を支えるサポーターとして、青年海外協力隊員が派遣され、また協働する現地NGOスタッフも配置された。

続く「村落振興・森林保全計画フェーズ2」(1999〜2005年)では、活動の持続性の観点から、地方行政の末端組織である「集落委員会のメンバー」(注2)を対象とすることで、組織力を強化した。また弱者支援の観点から、女性グループも立ち上げられ、識字、貯蓄、生計向上などの能力向上活動が開始された。

ところが、そのころネパールでは、反政府組織による反乱や暴力行為が横行し、2000年3月、反政府組織によってプロジェクト事務所が襲撃された事件をきっかけに、青年海外協力隊とNGOが撤退。プロジェクトを継続するためには、空席となった役割をネパール人自身で担うことを余儀なくされた。それまで青年海外協力隊員やNGOの傍らにいた郡の土壌保全事務所の技術者が各プロジェクト活動地の責任者となり、地元住民から選ばれた「モチベーター」も、郡の職員と住民をつなぐパイプ役として頼られる存在となった。これにより、現行プロジェクトの基盤となるプレーヤーがそろい、住民と行政が自立的に開発に取り組む「SABIHAAモデル」の原型が形成された。ネパール側の自主性を高めるきっかけとなる。

その後、2005年から2009年までは日本からの資金援助を受けて、ネパール政府の主導で「SABIHAAモデル」の普及が進められたが、その間も、モデルを改善、実行するためのアイデアが蓄積され、住民と行政の主体性は以前にも増して高まっていった。

多様なニーズをくみ取り、森林保全につなげる

集落委員会による「資金用途の報告会」に参加する住民

そして2009年、満を持して始まった「地方行政強化を通じた流域管理向上プロジェクト」は、「SABIHAAモデル」の普及を後押しすることを主眼としている。また、長年の不安定な政情により行政への不信感が高まっていたことから、透明性と公平性に特に力点が置かれ、住民に信頼されるモデルの実現を重視した。

このプロジェクトのリーダー、寺川幸士専門家は「プロジェクトでは、八つの郡から34の村を選定し、その中の306集落で、『集落委員会』を立ち上げて活動の核としました。この集落委員会の役割は、住民のニーズを発掘し、ニーズに対応した活動の実施から事後評価までの工程を主体的に進めることです。『森林保全』と聞いても関心を持つ人は少ないので、特にテーマを絞らず、住民が日々の思いや考えを共有する、総合的な村づくりの場としました」とプロジェクトの概要を説明する。

委員会はまず集落内の「資源マップ」を作成する。マップには集落の中にある森林、水源、道路、学校、診療所などの自然資源や公共施設の所在地を落としていく。マップに基づいて、委員会内で集落の将来像を話し合い、その将来像を実現するためにどのような活動が必要か、中長期的な開発計画をまとめる。最後にその開発計画を実現するために、取り組むべき活動の一覧である年間計画を作成する。

「資金の運用改善研修」に参加する女性グループのメンバー。プロジェクトでは社会的弱者の生計向上支援に取り組んだ

「これらの計画作りの過程で重要なのが、計画の公平性を保ち、その内容が実現しやすいものになるよう、住民たちのテンポで、丁寧なファシリテーション(注3)を行うことです。JICAのプロジェクトでは普通、ファシリテーションは日本人専門家が担いますが、このプロジェクトでは、日本人が去った後も自分たちの力で進めていけるよう、ネパール森林土壌保全省が各郡に配置する土壌保全事務所の技術者が、この役割を担っています」と寺川専門家は続ける。

今回の新たな試みは、資金調達面での工夫だ。これまで共に活動してきた森林土壌保全省だけでなく、地方連邦開発省とも連携し、各集落が作成した年間計画を村役場や郡役場とも共有することで、住民のニーズを行政に吸い上げていく仕組みをつくり出した。これによって森林保全以外のテーマには、村役場から開発予算が提供されるようになった。さらに集落委員会メンバーには女性や少数民族などを一定数含めるというルールを設定し、「住民の総意」に基づく公平性、透明性の高いプロジェクトの実現を目指した。

長年、JICA事業の評価に携わるコンサルタントの松本彰氏は「これまで100件以上、JICAのプロジェクトを見てきましたが、この案件の素晴らしさはトップクラス」と語る。「このプロジェクトの良さは、『手ごろ感、身近感』という言葉に集約されます。例えばプロジェクト支援で提供される6万4,000ルピー(約6万6,000円)の資金は、各集落の住民が自らの資材や労力も追加しつつ、効果的に運営しやすい金額であったこと。また活動は現場のニーズに基づき、常に高い公平性や透明性が確保されたため、住民が生き生きと、能動的に参加でき、満足度が高かったこと、などがあります。これは長年の関係者の試行錯誤と、住民主体の理念が貫かれたからこそ、生み出すことができた開発モデルだと実感しています」と称賛する。

1億円に込められた「SABIHAAモデル」への信頼と期待

2014年5月28日、ネパールの首都カトマンズ、5年間にわたる「地方行政強化を通じた流域管理向上プロジェクト」の成果発表と、プロジェクト終了後の方針を協議するセミナーが開催された。ネパール政府高官をはじめ、郡の土壌保全事務所の技術者や地元住民の代表者たちが登壇し、プロジェクトの意義や成果、今後の取り組み方について、自身の言葉で聴衆に語りかけた。

冒頭で発言を紹介したタパさんは、プロジェクト対象郡の一つ、バグルン郡バクンデ村の女性グループの代表だ。「これまで村の女性は家庭内の仕事に追われ、夫から『稼ぎもないくせに』と心ない言葉を受けることもありました。でも、このプロジェクトの女性グループに参加してからは、さまざまな変化が起こりました。まず、年間1万6,000ルピー(約1万8,000円)のプロジェクト予算で、ヤギを飼うことを自分たちで決めました。グループの中でも貧しい人から順に借り入れて、ヤギを購入し、大きく育てて、販売することで現金収入を得ました。利益を得た人は借り入れた元金に利息を加えて返却し、次のメンバーがヤギ飼育の原資を借り入れます。その利息と全メンバーの毎月の積み立てによってグループの資金力が高まり、これを基金として低金利の小額ローンの仕組みもできました。この活動を通して女性たちは自信と社会的な力を身に付け、集落の会議にも男性と共に積極的に参加するようになりました。これからもこの活動に全力で取り組みたいと思っています」と力強く語った。

住民の話を聞くバスネットさん(右)

13年間にわたってJICAのプロジェクトに携わってきた、パルバット郡の土壌保全事務所のプラカシュ・バスネットさんは、「私は技術者ということもあり、以前は住民の意見を集約し、その意見を計画に落とし、計画を実行し、さらには監査や自己評価までサポートする調整能力は、まったく持ち合わせていませんでした。でも今ではその能力なくして住民の信頼を得ることは不可能であると確信しています。村人はさまざまな悩みや課題を積極的に相談してくれるようになりました。私はただの技術者から、住民の声に寄り添うことができるソーシャル・エンジニア(社会的技術者)になったのです」と自身の成長ぶりを語った。

森林土壌保全省土壌保全局のペム・ナラヤン・カンデル局長は「『SABIHAAモデル』は、行政官から技術者、村人まで、それぞれの立場の人に効果的に働きかけ、幅広い関係者から強く支持される開発モデルとなりました。今後はさらに広くネパールの森林保全に貢献していくでしょう。そのけん引役として土壌保全局は努力を惜しみません」とセミナーを締めくくった。

最後に、「SABIHAAモデル」のさらなる普及のため、ネパール政府が次年度予算として9,000万ルピー(約1億円)(注4)を準備することが発表され、関係者からどよめきの声が上がった。この予算は、森林土壌保全省が財務省との数時間に及ぶ折衝の上に勝ち取ったものだ。7月、JICAのプロジェクトは終了した。これからはネパールの人々が「SABIHAAモデル」を自力で広めていく。その決意がネパールの関係者の表情にしっかり表れていた。


(注1)Saamudaayik Bikaas Tathaa Hariyaalii Aayojanaa。ネパール語で村落振興・森林保全を意味する。
(注2)集落の選挙で選出された委員と住民の代表から成る。
(注3)企業や学校、地域のコミュニティーの会議などでグループ活動が円滑に行われるように、中立的な立場から支援すること。
(注4)セミナーで発表された額。後日、ネパール政府の財政事情により7,000万ルピー(約7,500万円)となった。


【日本の国際協力60年を彩るJICAのプロジェクトやエピソードを紹介しています】