急成長するフィリピン――マニラ首都圏の交通インフラ整備が鍵

2014年9月17日

「マニラ首都圏の南北の基幹成長回廊」実現に向けた高速鉄道や地下鉄の整備を提案

「フィリピンの交通インフラ整備に対する関心は、いまだかつてないほど高まっている」。JICAが実施した「マニラ首都圏の持続的発展に向けた運輸交通ロードマップ作成支援調査」の調査団長を務めた開発コンサルタント、株式会社アルメックVPIの岩田鎮夫会長は手応えを語る。

岩田会長は40年にわたって東南アジアの都市開発や交通計画に携わってきた。その中で、フィリピンでは政治的な問題などにより、これまで多くのインフラプロジェクトが順調に進まない現実も目の当たりにしてきた。

しかし今回、近年の経済成長を追い風に、外国からの直接投資が年々増加傾向にあることから、フィリピン国家経済開発庁(NEDA)は、さらなる成長のネックとなっているマニラ首都圏の交通インフラの抜本的な整備に乗り出した。過去の複数の計画を一貫性のあるロードマップとして整理し、2030年までに理想的な交通ネットワークの実現を目指している。

有望市場VIPの一角に

高層ビルが立ち並ぶマニラ首都圏のビジネス地区

「想像以上に都会ですね」。フィリピン、マニラ首都圏のビジネス街を初めて訪れた外国人は、しばしば、こう漏らす。17の自治体で構成されるマニラ首都圏はフィリピンのGDPの4割弱を占め、名実ともにフィリピンの政治、経済の中心だ。摩天楼がひしめくオフィス街をビジネスマンが足早に行き交い、洗練されたデザインの大型ショッピングモールやカフェは、フィリピン人の家族連れや外国人でにぎわっている。

フィリピンは2007年にBRICsに次ぐNEXT11(注1)として挙げられたほか、最近は、今後の有望市場としてVIP(ベトナム、インドネシア、フィリピン)とも呼ばれている。2013年3月には国際的な格付機関であるフィッチ・レーティングスにより「投資適格」に格上げされたことから、さらなる投資先として注目されている。さらに2013年にはGDP成長率が7.2パーセントを記録し、アジアでは中国(7.7パーセント)に次ぐ成長率を誇る。また国民の平均年齢は23歳と若く、東南アジア随一の人口増加率に支えられた豊富な労働力も魅力の一つだ。賃金上昇率の低さや英語力も投資理由として挙げられる。

フィリピンは台風が多い。マニラ首都圏でもたびたび大雨で道路が浸水し、交通機関がまひする

しかしオフィス街から一歩外れれば、地方から次々流入する貧困層や不法居住者が形成するスラムがあるなど、開発途上国に見られる多くの問題が目に入る。失業率は高く、経済格差は依然大きい。

1,000万人以上の人口を擁し、人口密度は東南アジア随一といわれるマニラ首都圏の交通事情の悪化は深刻だ。交通ネットワークは整備が不十分で、頻発する台風、洪水被害により機能低下に陥りやすい。慢性化する渋滞は庶民の生活に影響を及ぼすだけでなく、経済活動にも大きな損失を与えている。マニラ首都圏の交通インフラの整備は、人々の生活や良好な経済活動のために、待ったなしの状況となっている。

「アジアの病人」と揶揄された時代も

LRTを待つ乗客が駅からあふれている

1960年代、フィリピンの一人当たりGDPは、韓国、タイ、インドネシアを上回っており、東南アジアの成長有望国だった。しかし1980年代以降、他の東南アジア諸国に比べ、外国からの投資が集まらず、成長は次第に低迷した。フィリピンは「アジアの病人」と揶揄(やゆ)され、マニラ首都圏のインフラ整備も十分に進まなかった。

1980年代に開業したマニラ首都圏の都市鉄道は、東南アジアで初めて導入されたLRT(軽量鉄道)システムだった。ところが現在でも3路線合わせた全長は約50キロメートル程度にとどまり、1990年代に都市鉄道を導入したクアラルンプール、バンコクなどの他のアジアの大都市の後塵(じん)を拝している。

マニラ首都圏の交通渋滞は朝から晩まで途切れることがない。ピーク時にはLRTを待つ乗客が駅からあふれている。ジープニー(注2)やバスなどを乗り継ぎ、数時間かけて通勤するフィリピン人も多い。二度目のフィリピン赴任となるJICAの丹羽憲昭フィリピン事務所長は「前回赴任した80年代に比べて、交通渋滞の深刻さは際立っている。マニラ首都圏から隣接州を訪れるのに当時の2〜3倍の時間がかかる」と憂う。

JICAは1960年にインフラ整備に向けた円借款の供与を開始。マニラ首都圏の多くの幹線道路や立体交差、ニノイ・アキノ国際空港(NAIA)第2ターミナルビル、都市鉄道の建設などの大規模インフラプロジェクトにかかわり、マニラ首都圏の主要インフラ整備の一翼を担ってきた。加えて、都市問題が深刻化するマニラ首都圏の持続的な成長には、一貫性のある計画的なインフラ整備が重要であると訴えてきた。

交通渋滞による大きな経済損失が明らかに

バス、タクシー、ジープニーなどがあふれ、渋滞が慢性化しているマニラ首都圏の道路

成長が加速するフィリピンに立ちはだかる交通インフラ整備不足という巨大な壁――。フィリピン国家経済開発庁(NEDA)は、これまで一貫性のある計画として整理されていなかったマニラ首都圏のインフラ整備と交通計画をセクター横断的な視点で整理し、2030年の理想的な交通ネットワーク計画を策定するため、JICAに調査を要請した。

そして2013年5月、JICAは「マニラ首都圏の持続的発展に向けた運輸交通ロードマップ(通称:インフラロードマップ)作成支援調査」を開始。これまで多くのインフラプロジェクトが順調に進まなかった経験から、今回の「インフラロードマップ調査」で提案する計画を実現させるためには、省庁の実行力と政治的な決断が不可欠と判断。関連省庁の大臣クラスの関係者との協議や民間事業者との対話を繰り返し、国家レベルで計画を作り上げた。

2014年3月、調査報告書が完成した。2030年に目指す交通ネットワークは「ドリームプラン」と名付けられ、約300キロの鉄道、約500キロの高速道路の整備、公共交通機関の合理化、交通管理を行う複数のプロジェクトを提案している。また「交通混雑の解消(No traffic congestion)」「災害リスク地域の居住者をなくす(No households living in high hazard risk areas)」「スムーズなモビリティーの確保(No barrier for seamless mobility)」「低所得者層の交通にかかる費用の低減(No excessive transport cost burden for low-income groups)」「大気汚染の除去(No air pollution)」という最終的に実現すべき五つの「No」が提唱されている。

報告書には「マニラで人々が1日に負担する交通に起因する社会的な費用(注3)は総額24億ペソ(約60億円)に上る」とあり、交通渋滞などによる甚大な経済損失が明らかになった。

アキノ現政権はインフラ投資をGDPの5パーセントの水準まで引き上げることを目標としている。報告書では「インフラ計画にかかるコストは、政権が目標とする投資水準により十分負担可能であり、インフラ整備がもたらす経済的・社会的便益は、コストよりもはるかに大きい」と試算している。

南北に延びる交通ネットワークを軸に

報告書で提案するマニラ首都圏の都市鉄道(上)と高速道路ネットワーク

報告書では、まず「マニラ首都圏の南北の基幹成長回廊」の整備を提案。マニラ首都圏は西にマニラ湾、東に山岳地帯が控えているため、地震、洪水、地滑りなどの自然災害に弱い東西方面への開発には限界があるからだ。つまり鉄道による南北軸の一角となる地下鉄を含む南北に延びる交通ネットワークを軸とし、南北に隣接する州との一体的な都市開発を進める必要がある。南北基軸の整備に伴い、沿線上に「ニュータウン」による地域開発も提案。ここでは日本の都市開発手法が応用されており、いずれは日本企業の活躍も期待される。

さらに報告書では、マニラ首都圏のゲートウェーとしてフィリピン経済の国際競争力の向上に必要な新空港についても提言している。

2014年6月、ベニグノ・アキノ3世大統領を議長とする閣僚会議(NEDA理事会)が、「インフラロードマップ」をマスタープランとして正式に承認。同月の大統領の訪日時には、同マスタープランを含めた日本の協力に対して、謝辞が述べられた。

マニラ首都圏の新たなインフラ計画は緒に就いたばかり。「あとは政府が事業をいかに着実に進めていくかが鍵だ。日本の重要なパートナーであるフィリピンの発展のために、JICAは引き続きプロジェクトの実施をサポートしていく」。丹羽所長は、2030年に向けたフィリピンの再興に期待をかける。


(注1)BRICsを提唱したゴールドマン・サックスが、2005年の報告書でBRICsの次に経済発展が期待される国として、イラン、インドネシア、エジプト、韓国、トルコ、ナイジェリア、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコの11ヵ国を挙げている。
(注2)フィリピンで見られる乗合いの公共交通手段。
(注3)交通機関の走行費用と利用者の時間コストを元に計算。