自分の健康は自分で守る――ケニアのコミュニティヘルス戦略拡大への挑戦

2014年10月23日

「政府がしてくれるのを待たなきゃ、何もできないわけじゃない。おれたちの健康はおれたちで守る」。ケニアの社会派ラッパー、ジュリアニ(Juliani)が歌うのは、9月で終了したJICAの「コミュニティヘルス戦略強化プロジェクト」で制作された曲だ。健康の大切さを訴え、若者の心を捉えた。

2011年10月にスタートした「コミュニティヘルス戦略強化プロジェクト」は、終了時に保健省のカディジャ・カサチューン次官が「ここ数年、ケニアでコレラの流行がないのは、コミュニティへルスサービス普及の成果の証だ」と語るほどの成果を上げた。

ケニア政府の「コミュニティヘルス戦略」とは

健康や衛生環境について話し合う住民集会

ケニアではまだまだ保健医療施設や保健医療人材の数が不足しているため、コミュニティ(地方では「村」、都市部では「スラム」を指す)で暮らす人々にとって、看護師などが駐在する保健センターは利用しづらい状況にある。診察を受けるのに一日かかったり、数十キロも歩かなければ保健センターにたどり着けなかったりする地域もある。

またケニアでは、6割の女性が自宅で出産する。2008年の国内調査では、10万人の妊婦または出産をした女性のうち、488人が妊娠・出産が原因で亡くなっている。これは日本の出生10万人に対し3人の死亡に比べ、実に150倍に当たる数字だ。

こうした状況を改善するため、ケニア保健省は2006年、「コミュニティヘルス戦略」を策定した。この戦略はコミュニティを保健システムの一部ととらえ、基礎的な保健サービスを提供するだけでなく、住民自らが予防や健康促進活動に取り組むことで、健康を改善、維持していくものだ。

身近にある材料で作ったコミュニティの「手洗い設備」。後ろは共同トイレ

コミュニティヘルス活動では、公衆衛生技師、保健師や栄養士などの資格を持つコミュニティ保健普及員と、コミュニティから選ばれた保健ボランティアが、担当するコミュニティヘルスユニット(注1)を巡回して住民のさまざまな活動を支援する。例えば、身近にある材料で作る「手洗い設備」やトイレの整備を支援する。飲み水の煮沸や蚊帳の使用を勧めたり、家族計画や予防接種の重要性を伝えたり、体調が悪いときや産前検診、出産時には保健施設の活用を促したりもする。また月1回の「アクションデー」を設け、地域住民が健康や衛生環境について話し合う集会や、コミュニティの清掃、集団予防接種などを実施している。

保健ボランティアが活躍

食事や栄養について住民に聞く保健普及員(右)

政府の「コミュニティヘルス戦略」が立ち上がったものの、それを担当する保健省コミュニティヘルスサービス課は規模が小さく、政策を実施する各種ガイドラインも整備されていなかった。JICAは2009年から専門家を派遣して支援を行っていたが、どのようにコミュニティヘルスサービスを全国展開していくかという道筋が立っていない状況にあった。そこで2011年10月、「コミュニティヘルス戦略強化プロジェクト」を立ち上げ、政策の戦略拡大のためのガイドラインや活動方針、教材などを策定、見直し、改訂できる人材を育てるため、政策マネジメント能力(キャパシティ)強化を目指した。

プロジェクトでは、特に保健省の担当官がコミュニティという「現場」の状況を把握し、現場のデータや声を政策や教材などに反映させることに重点を置いた。この結果、コミュニティヘルスで提供すべきサービスの範囲を定義づける「標準書」、普及員やボランティア向けの研修カリキュラムや教材、モニタリング・評価計画などが完成し、国の標準文書として認定された。

プロジェクトで行った調査で質問に答える母親

また、異なる特徴を持つ3地域を選択し、コミュニティヘルス活動の強化を図った結果、普及員の指導能力やコミュニティと保健センターの間の連携が強化されただけでなく、施設分娩の件数、整備されたトイレの数などが増え、予防接種率が向上したという結果が出た。また、2009年の支援開始当初は800だったコミュニティへルスユニットが、プロジェクト終了時には3,000近くに増加した。

ケニア中部の遊牧民族地域に住む保健ボランティアのラリア・ラチャ・ジャルデサさんは5人の子を持つ母親。読み書きが不十分で、近くの小学校で調理補助として働くジャルデサさんに、周囲は当初、期待していなかった。しかし家族計画の重要性をコミュニティの女性に教え、自宅分娩した家族を保健センターに報告し、出生届の手続きや乳幼児の予防接種が行われるようにサポートするなど大活躍している。「周囲の人たちは話を聞いてくれるようになった。みんな健康で幸せな家庭をつくりたいと願っている。少し知識を得て、予防すれば病気にならずに済む」とボランティアの成果を語る。ジャルデサさんは妊婦を勇気づけるため、保健センターでの出産にもしばしば立ち会う。

社会派ラッパーとコラボした普及戦略も

プロジェクト終了時のセミナーで発表するチャリティ・タウタさん

発足当初はわずか2〜3人だった保健省コミュニティヘルスサービス課も、現在、10人超のメンバーで構成されている。プロジェクトを通して、JICAなどの開発パートナーと共に政策策定や政策課題の明確な方向性を示す能力が強化されただけでなく、以前よりも職員がコミュニティに出向く機会が増え、現場のデータを活用する方法を学んだ。「JICA専門家とは同僚としてだけでなく、お互い痛みを分かち合える家族のような間柄になった」とプログラムオフィサーのチャリティ・タウタさんは語る。

また、プロジェクトが策定を支援したコミュニケーション戦略に基づき、テレビ局、ラジオ局、新聞社などの報道関係者に対して、報道番組を作成してもらうために研修を行ったほか、若者に人気のラッパー、ジュリアニとコラボレーションして、若者に向けたコミュニティヘルスソングを作成したりした。完成した「Afya Yetu, Jukumu Letu(Our Health, Our Responsibility)」は「自分の健康は自分で守る」というコミュニティヘルス戦略のスローガンの若者への普及に役立っている。

「コミュニティでできたら、それは国中でできる」

ウェレ博士と共に保健ボランティアがコミュニティへルス普及ソングを歌うプロモーションビデオを作成

ケニアでは2013年から、保健サービスの提供主体が中央政府(保健省)から地方政府に移行した。プロジェクトで整備したガイドラインや教材を活用し、コミュニティヘルス活動を拡大させていけるかどうかは、地方政府の判断にかかっている。

「コミュニティでできなければ、他のどこでもできない。しかしコミュニティで何かができたなら、それは国中でできるということだ」。野口英世アフリカ賞医療活動部門(注2)の第1回受賞者で、ケニア政府の「コミュニティヘルス戦略」の親善大使を務めるミリアム・ウェレ博士はこう断言する。

JICAは、11月から後継プロジェクトとなる「カウンティにおける保健システムマネジメント強化プロジェクト」を開始する。今回のターゲットは地方政府だ。地方政府が適正に保健戦略を策定し、限られた予算を最大限に活用し、コミュニティヘルスをはじめとした保健サービスが十分に提供できるよう、地方保健局のマネジメント能力向上に取り組んでいく。

(注1)一つのコミュニティヘルスユニットは5,000人から成る。
(注2)アフリカでの感染症などの疾病対策のため、アフリカの医学研究分野、または医療活動分野において顕著な功績を遂げた者に日本政府から送られる賞。5年に1度開催されるアフリカ開発会議で授与される。第1回は2008年、第2回は2013年に授与された。