ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現に向けて

−医療費の支払いに困窮する貧困層にも保健医療サービスを届けるために−

2013年7月25日

開発途上国に暮らす人々の保健医療サービスへのアクセスは、近年改善を見せる一方で、社会階層間の格差が際立ってきている。例えばアフリカでは、最富裕層の妊産婦は既に8割以上が専門職によるケアの下で出産しているのに比べて、最貧層では3割に満たない。その背景には、保健医療施設が近くにない、サービス提供者の技術が不十分、といった実情がある。

新生児と母親(ケニア)

このような問題に加えて近年重視されているのが、治療費が支払えないために患者が受診を敬遠したり、治療費を工面するために困窮化を余儀なくされるケースが極めて多いという側面だ。例えば、ネパールでの調査によると、保健施設で出産するための費用は、施設にたどり着くまでの交通費も含めると貧困層の月収3ヵ月分にも上っており、簡単に負担できる金額ではない。世界保健機関(WHO)によると、世界では、毎年1億5,000万人もの人々が家計が破綻するような医療費の負担を強いられ、うち1億人がそれによって貧困ライン以下の生活に陥っている。途上国では、健康を害することの社会経済的なインパクトが極めて大きいのが現実だ。

根源には、貧困層や医療ニーズの大きい人々の医療費を、誰が負担するかという問題がある。公的資金による補填(ほてん)がなければ、医療格差の解消は難しい。税収基盤の脆弱(ぜいじゃく)な途上国においても、経済成長の早い段階で将来を見通して制度整備に着手することが重要であり、援助の役割も大きい。

日本の経験を生かして貢献を

このような問題への対応として、今注目されているのが「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)」だ。UHCは、「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを指す。UHCの実現は、2012年12月の国連総会で国際社会の新たな共通目標として決議されている。日本政府は、自国の優れた医療保障制度の実績に基づき、2013年6月に表明した「国際保健外交戦略」の中で、UHC実現に向けた支援を柱として掲げたほか、2013年6月の第5回アフリカ開発会議(TICAD V)で、アフリカにおけるUHCへの貢献を打ち出している。

UHC実現に向けて支援を具体化

TICAD Vサイドイベント

JICAは、これまで、医療施設・設備の充実、保健医療従事者の能力強化といった保健医療サービスの供給体制強化に軸足を置いた協力を進め、実績を積み重ねてきた。今後は、UHCの考え方に基づき、貧困層を含むすべての人々が基本的なサービスにアクセスできるよう、保健医療財政の強化、医療保障制度の構築などの協力についても強化する方針だ。

6月のTICAD Vで、JICAはアフリカにおけるUHC実現をテーマとするサイドイベントを主催。マーガレット・チャンWHO事務局長、ババトゥンデ・オショティメイン国連人口基金(UNFPA)事務局長、コル・ セック・セネガル保健・社会大臣、武見敬三参議院議員、小渕優子財務副大臣など、世界の有識者が参加したこのイベントは、国内外から170人を超える参加者を集め、経済成長の戸口に立ったアフリカにおいてUHCが重要な開発課題であることを訴えた。

【TICAD Vサイドイベント】

タイで開催した診療報酬に関するセミナー

また、JICAは、上記の方針を具体化するため、保健人材政策の変遷や国民皆保険制度の実現に至る日本の開発経験のレビューや、日本やケニアを拠点とする研修事業などを通じたアジアやアフリカ諸国間の経験共有の促進に取り組んでいる。インドネシア、タイ、フィリピンなどに対しては、現状調査を行うとともに、相手国のニーズに応えて健康保険の診療報酬制度などに関する経験を共有するセミナー・研修や技術協力を実施しており、ケニアでは、保健医療サービス提供能力のさらなる向上に医療保障制度の拡充を新たな視点として加えた支援プログラムの策定を目指して、専門家による情報収集を進めている。

政策を着実に実行するための大規模な資金も必要とされることから、今年4月から保健分野への貸し付け条件が緩和された円借款の活用も積極的に検討している。さらに、既存の協力においても、今後は貧困層を含む、より一層の裨益(ひえき)効果を意識した事業の計画、実施が求められてくる。

JICAは、UHCを、人々が貧困から抜け出すため、つまり「人間の安全保障」を実現するための手段ととらえ、今後も支援を強化していく。