知られざるストーリー

ビジネスを通じてアフリカの人たちが望む生活を実現したい~協力隊経験から生まれた思いをカタチに~

消費者動向を探る小売店を展開


ブルースプーンキオスク1号店

経済成長著しいケニアの都市部では中間層が増え、ショッピングモールやスーパーマーケットがにぎわいを見せている。一方、村落部に住む大多数の人々はスーパーマーケットに行くのは月1回程度で、日常的な買い物は近所のキオスクと呼ばれる伝統的な小売店に行くのが普通だ。

ケニアの首都ナイロビから北西に約100キロ離れた町ナイバシャのスラムに、2014年6月、日本のコンビニをモデルにした小売店舗「ブルースプーンキオスク」の1号店がオープンした。この店は株式会社アフリカスキャン(本社東京)がフランチャイズ展開しているものだ。販売時点情報管理システム(POS)を使い、どのような人が、いつ、何を、どれくらい購入したのかといったすべてのデータを記録している。だれが来ても同じ価格で販売する「フェアプライス」を掲げ、さまざまなサービスを展開するこのキオスクは、現在、12店舗にまで広がっている。

タブレットを操作し、POSにデータを入力するブルースプーンキオスクの女性店長

アフリカスキャンは2014年に、現地の消費者動向を調査・分析し、日本企業のアフリカ進出をサポートする企業として設立された。「消費者から聞き取り調査を行っても、企業が必要とする詳細な購買行動を正確に把握するのはとても難しいことでした。ならば自分たちで小売店を持とうと考えました」。ブルースプーンキオスクを立ち上げた経緯をこう説明するのは、同社のケニア支所長を務める青年海外協力隊の経験者、澤田霞(さわだ・かすみ)さんだ。

澤田さんは2011年から2年間、セネガルにおいて村落開発普及員(現コミュニティ開発)の隊員として活動した。住民のニーズをくみ取り、課題を解決した経験をもとに、そこで出会った人脈を生かして、アフリカでビジネスを展開している。英語、仏語が堪能で、セネガルの現地語ウォロフ語、ケニアの公用語スワヒリ語も話す彼女は、「日本よりアフリカの方が居心地がいい」と笑う。

隊員活動を通じてたどり着いた答え


澤田さんのよき理解者だったセネガルの村の家族。野菜流通を改善する活動を始めるきっかけになった

大学で英語を学んでいた澤田さんは、3年生の夏休みにNGOが主催するボランティアツアーでタンザニアを訪れた。1ヵ月間ほど清掃ボランティアの活動をしながら現地の人々と触れ合った。「お互いに助け合って暮らすタンザニアの人々は、何か日本人がなくしつつある大切なものをしっかりと持っているような気がしました」。澤田さんはタンザニアの人々や文化に魅かれたという。

澤田さんは大学を卒業後、青年海外協力隊に応募。2011年、西アフリカのセネガル北部、サハラ砂漠に近いルーガ州チャメヌ村に派遣された。現地に到着してすぐに、村の人々がコメやマメだけを食べていることに気付いた。村人にその理由を聞いてみたところ「野菜を食べたくても高くて買えない」「市場が遠く買いに行けない」という答えが返ってきた。そこで澤田さんは、村人に野菜の栽培方法を指導したのだが、村は半砂漠地帯に位置しているため水不足で思うように収穫量は増えなかった。

そのような状況の中でも、砂漠の中の給水塔付近で小売店を営む家庭ではたくさん野菜を食べていることを知った澤田さんは、その家庭を訪問して事情を聞いた。すると、商品を仕入れに行くついでに、市場で野菜をまとめ買いしていることが分かった。給水塔には水をくみに来る村人や家畜に水を与えるためにやって来る遊牧民、給水塔の電動ポンプの電源を利用して携帯電話を充電する人々などが頻繁に訪れ、小売店は繁盛していた。そこで澤田さんは帰国まであと3ヵ月と限られた時間の中で、この店に市場で仕入れた野菜の販売を依頼し、給水塔に集まる人々が野菜を入手できる環境をつくった。また別の村人たちには給水塔付近で養鶏ビジネスを勧め、収入の向上を図り、「野菜を食べたい」という望みを叶えた。

その一方で、給水塔付近に居住するごく一部の村人の生活しか変えることができなかったという思い。また、野菜の流通量が少なくなり価格が高騰する雨季には、市場で野菜を仕入れ小売店で販売することが難しくなるため、澤田さんの心の中には、自分が帰国してからも野菜の販売が継続されるのだろうかという疑問が残った。

「その国、その土地に根差した持続可能なビジネスを通じて、もっと多くのアフリカの人たちが望む生活を実現していきたい」
澤田さんが協力隊の活動を通じてたどり着いた一つの答えだった。

アフリカスキャンを支える現地スタッフ


現地スタッフの採用面接を行う澤田さん(写真左奥)とパトリックさん(同右奥)

2013年、セネガルでの任期を終え帰国した澤田さんは、日本での就職も考えたものの、やはりビジネスを通じてアフリカにかかわりたいという思いが強く、もう一人の日本人とともに、アフリカでBOP層を対象としたビジネスの展開を考えている日本企業に対して現場レベルの生きた情報を提供し、マーケティングをサポートするアフリカスキャンを立ち上げることになった。

2014年2月、アフリカスキャンのケニア支店長として赴任した澤田さんは、現地の消費者動向を探るため、ケニアの都市、町や村にある家庭を訪問し、さまざまな消費者調査を行った。その調査を手伝ってくれたのがパトリック・ジェトマーク・ミルカさんだ。「最初はアルバイトでしたが、こういう情報がほしいとお願いするとすぐに取ってきてくれました。あまりに優秀なので社員としてスカウトしました」と澤田さんは言う。パトリックさんは、今では澤田さんの右腕としてブルースプーンキオスクの運営とマーケティング調査を行っているほか、現地スタッフのまとめ役でもある。

調査を続けるうちにケニア人の価値観や中間層の購買行動はある程度見えてきたものの、近所で買い物をするようなBOP層の購買行動を正確に把握することは難しかった。

「ならば自分たちで小売店を持とう」

同店を開業した当初の目的は、取引履歴をすべてPOSデータで記録していくことでBOP層の購買行動を把握し、日本企業にマーケティング戦略を提案することだった。ところがフェアプライスというコンセプトを掲げて値札を付け、POSデータで売れ筋商品を把握したり、全店一括で商品を仕入れることで地域最安値を実現したりしたところ、思いがけず、初年度から大幅な黒字となった。ケニアではスーパーマーケットには値札があるが、BOP層が買い物をする一般的な小売店には値札はなく、店主が客によって値段を変えることがよくあるという。また商品の仕入れに関してもあまり計画的ではなく、店主の感覚に頼っているのが現状だ。日本企業に対するマーケティング戦略を提供するための場と考えていたブルースプーンキオスクだったが、その売上そのものが同社のビジネスの柱となっていった。

買い物でためたポイントが学費に


導入されたばかりのポイントカードを手にする現地スタッフ

ブルースプーンキオスクを立ち上げた当初は、アフリカスキャンの直営だったが、今では1店舗のみが直営で、残りの11店舗はフランチャイズ形式(2016年3月現在)になっている。「ケニア人は起業家精神に富んでいるので、店舗は店長が所有する形態の方が合っているのです」と澤田さん。地元の人が店長になることで、さまざまなトラブルを未然に防ぐことにもつながっているという。

当面の目標はブルースプーンキオスクをケニア全土に広めていくことだ。その目標に向け、澤田さんは新たなサービスを開始している。


2016年1月から導入したのが「ポイントカード」。ケニアの大手スーパーマーケットでもポイントカードを発行しているが、一般的な小売店で発行しているところはない。最近ではカードを持つことが、村人のステータスになっていることもあり、地元ではすでに話題になっている。「たまったポイントは日本と同じように買い物に使えるだけではなく、店頭で小切手に換え、学費の支払いにも使えるようにする計画です」と澤田さん。このポイントで学費を支払うという還元方法は、以前ケニアの大手スーパーマーケットが実施したことがあり、とても好評だったという。ケニア人は本来教育熱心だが、経済的な理由で教育を受けられない子どもたちも多い。「彼らが本当に望んでいることを、ビジネスを通して支援していきたい。彼らにブルースプーンキオスクで買い物をしてもらうことで当社は利益を上げ、それを彼らや地域に還元することで「Win-Win」の関係が構築できれば持続可能なビジネスになります」と澤田さんは目を輝かせる。

「ビジネスを通じてアフリカの人たちが望む生活を実現する」という目標に向かって、澤田さんは今日もケニアで奮闘している。

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