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メッセージ

2020年5月29日

今我々は、未知のウイルスと戦っています。日本で封じ込めに成功しても、他国で抑制できなければ、日本が日常を取り戻すことは困難です。この戦いは長く続くでしょう。今こそ、感染症との闘いにおける国際的な協力が必要です。日本国民の負託を受け国際協力の最前線に立つ者として、我々の決意と覚悟をここに記したいと思います。

新型コロナウイルスにより、世界は甚大な影響を受けています。感染者数は188か国で569万人を超え、死者35万人に上っています。この感染症は、命と健康に対する直接的な脅威であるだけでなく、経済活動の停滞や、それに伴い貧困に苦しむ人の増加、子供たちの学習機会の喪失など、将来世代にも影響を及ぼしています。日本国内の感染者数や死者数は相対的に低く抑えられているものの、観光客や外国人労働者などの入国が大幅に減少し、緊急事態宣言下で経済活動が停滞するなど、日本の経済・社会に大きな影響が生じています。

JICA事業も影響を受けています。JICAは、109か国に海外協力隊や専門家などを派遣していましたが、現地の医療事情や交通状況などを勘案し、その大部分(約5,600名)について一時帰国させざるを得ませんでした。ただし、所長、次長などJICA職員約280名を含む約450名が現地に残り、現地スタッフと共に事業の維持、早期再開の準備を進めています。

コロナ禍は、世界大恐慌や第二次世界大戦以降、最大級の出来事であり、世界の構造に大変革をもたらす可能性があります。どのような世界になるか、まだ予断を許しませんが、国際協力もJICAの事業環境も、大きな変化を余儀なくされるでしょう。

しかし、世界各地に自国中心主義が蔓延している現在、このパンデミックは、これまで以上に国際協力が必要であることを示しています。経済、社会ともに、世界との繋がりなしに存立できない日本にとって、他国(特に開発途上国)の保健医療基盤の拡充は、日本の今後の繁栄・発展のためにも不可欠であることを強く再認識しました。

歴史を振り返れば、ペストやコレラ、スペイン風邪など、新型コロナウイルス以上の被害をもたらした感染症もあり、人類の歴史は感染症との戦いの連続でした。しかし、抗生物質やワクチンの開発、国際的な連携により、感染症との戦いを乗り越えてきました。

新型コロナウイルスは、有効なワクチンなどによる予防法確立や国民の多くが感染して集団免疫を獲得するまで、パンデミックを繰り返すと言われています。

従って、日本においても、世界においても、次への備えが必要です。国家単位では制御できないこの感染症危機を乗り越える鍵は、信頼に基づく強固な国際協力です。

新型コロナウイルスとの戦いにおいて、日本は、中国からの第一波の阻止には概ね成功しましたが、欧州からの第二波への対応、また、医療用マスクや防護服などの確保については課題がありました。日本政府は、国内対策を進めつつ、同時に、国際機関やJICAを通じた開発途上国に対する支援を表明してきました。JICAはこれまで、「人間の安全保障」を実現するというミッションのもと、相互の信頼に基づき相手国の自主性を尊重し、人々の健康第一で、治療よりも予防を重視し、信頼できる保健医療システムの構築・能力向上に力を入れてきました。それが、この危機において世界中で活きていることを実感しています。

開発途上国では備えも弱く、感染拡大すれば制御不能となる恐れがあると言われていますが、JICAのパートナー国・機関からは、各国の特性に応じて独自の工夫を凝らし、危機に立ち向かっているとの報告を多く受けています。

これまでの協力を通じて育ってきた人材が、今、各国の最前線で活躍しています。例えば、マダガスカルではJICA事務所の元現地スタッフが、水・衛生大臣に就任し、国内を走り回ってコロナ対策にあたっています。

また、約40年前に日本の協力で設立されたガーナ野口記念医学研究所やケニア医学研究所では、日本の専門家による長年の技術協力や資金協力を通じて、高度な検査にも対応できる人材や設備が整えられてきました。ガーナは、約15万件(2020年5月10日時点)を超える新型コロナウイルス検査を実施していますが、うち約8割を野口記念医学研究所が担っています。JICAプロジェクトのカウンターパートでもあるウィリアム・アンポフォ部長(東京医科歯科大で博士号取得)率いるウイルス部が3交代・24時間体制で対応しています。また、野口記念医学研究所は西アフリカ11か国の検査技師を対象に研修を実施し、域内の人材育成にも貢献しています。

このように、相手国のオーナーシップ、自主性を尊重すること、人材を育てることといったこれまでのJICAの協力方針は間違っていなかったと思います。むしろ、これらは有効であったと確信を深めています。

今後も、日本の知見を活かしつつ、人材育成、政策・制度整備、インフラ整備、財政支援など、あらゆる方策を通じて開発途上国の保健医療システムの拡充、ひいては世界の安定化と日本の繁栄のために最善を尽くしていきます。人の移動は長期間制約されるでしょうが、我々はあらゆる手段を駆使し、パートナーである開発途上国とともに、創意工夫してこの困難を乗り越えていきます。

新型コロナウイルスは、まだよくわからないことが多いウイルスです。それだけに、我々は、我が国の英知と科学技術を総動員して戦いに挑む覚悟です。日本国内の大学・研究機関、地方自治体、NGO、民間企業等の幅広い関係者との連携・対話を一層強化してパートナーを増やし、国際協力をより一層推進していきます。

この戦いには危険が伴います。しかし、ひるむことなく、活動に従事する関係者の安全を守り、犠牲者を一人も出さないよう最大限の努力をしつつ、挑んでいきます。

2020年5月29日

国際協力機構
理事長 北岡伸一