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ニューノーマル思考の開発援助:インドへの支援

2020年7月20日

JICAインド事務所
所長 松本勝男

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インドのコロナ対策は今が正念場である。感染者の増加は止まらず、医療体制の不備や経済活動への支障が顕在化している。この影響で、今年の経済成長率は実に40年ぶりのマイナス成長が予想されている。失業者が増えることで、特に数億人規模の貧困層の生活が打撃を受け、子供の健康や教育機会への影響も懸念されている。人口規模(約13億人)に鑑みれば、目下、他の途上国と比べても、コロナ感染のコントロールと経済振興の同時遂行がインドの最優先課題になっていると言えよう。

経済面では、ロックダウンが実施された4月、5月は生産、失業率、貿易量、など様々な指標が大幅に悪化した。中小企業等も資金繰りに苦慮し、多くの金融機関が返済猶予の措置を実施している。1億人以上と言われるインドの出稼ぎ労働者は、都市部での建設事業や工場の操業停止などにより、多くは収入源を失い、故郷に帰る人々が続出した。インドの労働市場の特色として、労働者全体の約8割がインフォーマル雇用であり、出稼ぎ労働者もほとんどが法律で定められる社会保障の対象にならない。これら労働者に対して、食料配給や現金支給など、インド政府は緊急的な対応を行っているが、コロナの蔓延により、途上国に特徴的とも言えるこの労働形態の問題が改めて浮き彫りになった。このように、経済面の足元の課題としては、中小企業の資金繰り支援、故郷に戻った出稼ぎ労働者の社会保障拡充・雇用確保、及び工場の生産手段の正常化等が挙げられる。

企業活動の関連では、最近のインドの日系企業に係る調査によれば、回答した企業の内、約8割が売上減少に直面、約9割が供給手段に支障が出ているとしている。また、インドに滞在していた社員等の約8割が日本にすでに帰国している。この帰国割合は、アセアン等の国々に比べ、格段に高い数字である。帰国の主な理由として、インド国内の医療体制の不備が挙げられており、今後企業活動を続けるに当たり、居住に係るライフラインの整備に対する需要が改めて認識された。

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アクシャヤ・パトラ財団による食料の配布

コロナ感染者数は、7月当初には国全体で70万人を超え、アメリカ、ブラジルに次いで世界で3番目の感染大国となった。首都を擁するデリー準州では、感染者増に対応して、公立病院に加え、私立病院に対してもコロナ専用のベッド増床を指示し、7月末までに10万床以上の追加を計画している。これは数だけで言えば、大規模病院(200床)を新たに500箇所設ける規模の措置となる。コロナ検査について周りのインド人(JICA職員やアパートの警備員など)に聞くと、コロナの症状が出ても病院には行かないとの意見が多い。病院での感染リスクが高く、医療費も高額になるのが主な理由だ。確かに、デリー市内の私立病院の中には、衛生管理の問題やコロナ対応の不手際により、州政府から体制強化の指導対象となった事例が出ている。また、コロナの治療で数十万ルピー(円に換算する場合はその約1.5倍)を要求された患者もいる。病院での患者の受入拒否の話も頻繁にある。収入の低いスラム居住者や出稼ぎ労働者に至っては、通常の病気でも病院に行くことをためらうので、たとえコロナの症状が出ても家でやり過ごす場合が多いと推察される。

さて、このような課題に対してJICAはどのような協力が可能であろうか。JICAインド事務所では、ロックダウン当初から、保健省を含む政府機関や世界銀行などの国際機関、また、普段付き合いのあるNGOなどから現状に係る情報収集を行ってきた。有効な支援を検討するには、様々な課題に対して、短期・中期的な観点などから、優先度の高い実施可能性のある方策の選択をする必要がある。例えば、すぐに対応できる協力として、円借款で支援している農業事業の場合には、供給手段のままならぬ農家と販売者・消費者の間を携帯アプリを使って直接結び付け、季節ものであるマンゴなどの収穫物を直販する体制作りを支援した。また、日本の支援で建築したチェンナイの小児病院や他地域の研修センターなどの活用について、州政府に協力し、コロナ用の医療サービスを提供した。さらに、コロナ対策への支援として、社会システムの改善の観点から、保健・医療制度や社会保障分野の拡充を目的とした事業の形成を継続している。これら協力の核として、今回のコロナ蔓延により顕在化したインド経済の構造的な問題や収入減などに直面する貧困層への支援が重要と考えている。

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オディシャ州総合衛生改善事業プロジェクトサイトに設置された手洗い設備

他方、コロナ対策の現場を見ると、政府機関や病院に加え、NGOや社会的企業と呼ばれる団体が前線で活躍している。出稼ぎ労働者など失業者への食糧配給や児童労働の防止活動を始め、食料品店から一般家庭の配送・直販を可能にするアプリの開発、3Dプリンターを使った医療従事者用のフェイスシールド製作、また、2人の患者が同時に使える人工呼吸器の開発など、そのスピード感と実践度合いは目を瞠るものがある。従来、JICAの行う支援の制約として、基本的に協力の相手は政府機関であり、上に述べた開発に携わる主要団体への協力は非常に限定的であった。コロナ対策を効果的にかつ適時に行うには、これらの様々な団体との連携・協力が不可欠である。直接的な資金支援が難しくても、NGOに支援者をつないだり、社会的企業に日本企業の技術を紹介するなど、JICAがやれる方法はいくつもある。

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工事現場入口での体温検査(デリー高速輸送システム建設事業)

この観点もあり、JICAインド事務所では、インドの社会的企業と日本企業を結ぶ、「SDGsビジネス共創ラボ-つながるラボ-」を最近開設した。これは、日本企業の技術や資金とインドの社会的企業の活動を結び付けることを目的にしている。また、インドで活動するNGOの情報を支援者に提供するため、現在、同様の発想でNGOプラットフォームの開設を計画中である。さらに今後は、インド国内の企業のCSR(企業の社会的責任)活動に係る調査を実施し、広くインド企業のNGO等への支援拡大を促進する方策を検討することにしている。

奇しくも、コロナへの対応を1つの契機として、協力体制の構築が進んでいなかったこれらの開発関係団体との協働促進を図ることが現実になりつつある。今まで当然と考えていた支援の枠や内容について、改めて自由な発想で大胆に見直す機会が到来している。この意味で、日本の開発援助もニューノーマル思考での実施が求められていると言えよう。