2022年10月26日
前回はJICA関西センターの前身である兵庫インターナショナルセンターと兵庫県国際交流協会が「兄弟のような関係にある」というお話をさせていただきました。移住事業を契機に育った二つの組織は、その事業が終了した後も国際人材の育成や国際協力という新たな事業を共同して実施するようになったのです。
研修施設である兵庫インターナショナルセンターが設立されたのは1973年8月のことです。当時、すでに大阪にはJICAの前身の海外技術協力事業団(OTCA)の研修センター(注1)が設置されていました。まだJICAが独自の研修施設をほとんど持っていなかった時代です。そのような中、同じ関西で地理的に近い兵庫県内になぜ研修センターが開設されることになったのでしょうか?そこには「時代の要請」と、そして兵庫県と神戸市の熱意と大きな財政的な貢献がありました。
(注1)OTCA大阪国際研修センター。1967年4月に大阪府茨木市に開設。
日本の政府開発援助(ODA)は、1954年10月6日に「コロンボ・プラン」に参加したことから始まりました。コロンボ・プランとは、1950年に提唱された、アジアや太平洋地域の国々の経済や社会の発展を支援する協力機構のことです。第二次世界大戦後もっとも早く組織された、開発途上国のための国際機関です。日本もその正式加盟国の一員として、1955年から研修員の受入れや専門家の派遣といった技術協力を開始しています。アジアから16名の研修員を受け入れることから始まりました。
その後、開発途上国各国からの研修員受入れ要請は徐々に増加していきました。また国内でも、「国際協力に関する国民の理解と認識を深めたい」という機運が高まり、新たに都道府県ベースによる研修員受入事業に対して国が補助する制度が1971年度から始まりました。初年度に対象になったのは3つの県でしたが、そのうちの一つが兵庫県でした。ちなみに他の2県は山梨県と熊本県。3県併せて21名の研修員を受け入れました。翌年(1972年)度には7県、1973年度には15県と全国規模で拡大していきました。
兵庫県は神戸港が「大輪田泊」(注2)と呼ばれていた平安時代には中国大陸や朝鮮半島と交流がありました。また1858年に締結された日米修好通商条約をはじめとする安政の5か国条約に基づく1868年の開港など歴史的な背景もあり、伝統的に国際交流に対する熱意があります。また、阪神工業地帯、播磨臨海工業地域を抱え、開発途上国からの研修員が学ぶ場所や、研修を担う組織や機関も数多く存在していました。そのような背景から兵庫県は研修員の宿泊施設、さらに青少年教育・国際親善の場として国際センターを建設したいと考え、国に対して要望書を提出していました。
開発途上国からの研修員派遣要請、さらに兵庫県からのセンター設立の要望に対し、日本政府は1973年に研修員受入れ宿泊施設を設立しました。それが神戸市須磨区一ノ谷にあった兵庫インターナショナルセンターです。建設費用は3億1,000万円でした。このうち2億6,000万円を国がOTCAに出資したのですが、残りの5,000万円を兵庫県と神戸市がそれぞれ2,500万円ずつ負担しています。さらに施設の敷地(3,729平方メートル。甲子園球場グラウンド面積の約四分の一)は兵庫県が取得してOTCAに提供しました。
センターの運営に関しても兵庫県は大きく関わりました。利用者に宿泊室や研修室を提供したり、センターの食堂経営や日用雑貨販売など、いわゆる「施設運営管理」は兵庫県が行うことになりました。その内容を定めた契約が残っています。その中に、「兵庫県が運営管理を行う期間、センターを兵庫県の行う研修員受入事業及び国際交流事業等のために使用することができるものとする」旨記載されています。つまり兵庫インターナショナルセンターはJICAと兵庫県が共同使用していたのです。一方、神戸市は研修事業を通じて国際都市としてさらに発展することを期待していました。
(注2)大輪田泊(おおわだのとまり)は神戸市兵庫区に所在していた港で、現在の神戸港西側の一部に相当する。日宋貿易の拠点として重視していた平清盛により12世紀後半に大修築が行われたことは有名。
1993年に作成された記念誌、「兵庫インターナショナルセンター 20年の歩み」には当時の知事と市長が次のような言葉を寄せられています。
貝原俊民知事
「当センター(兵庫インターナショナルセンター)は、地方自治体である兵庫県と神戸市が開設費用を一部負担し、運営管理を兵庫県が受託している唯一のユニークな施設です。これをモデルケースに他の地方公共団体においても、国際協力事業団(注3)と力を合わせて同種のセンターを設置運営していこうとする計画が進められるなど、地域の国際化に先駆的な役割を果たしてきたと言えるのではないでしょうか。」
笹山幸俊市長
「神戸市におきましても、(中略)様々な分野における研修を実施してまいりました。私どもといたしましては、このような研修を通じ研修員の方々に神戸を知っていただくことはもちろん、市民との交流を深めることにより、地域の国際化を推進する機会ができますことを非常に光栄に思います。」
この記念誌にはJICAの柳谷謙介総裁(当時)の言葉も掲載されています。
「兵庫県、神戸市には設立に際しひとかたならぬご支援を賜り、また今日に至る運営、管理にあたっては兵庫県及び兵庫県国際交流協会に特段のご尽力を賜りました。」
今日でも、JICA関西センターにとって兵庫県、神戸市は最も重要なパートナーの一つ(注4)ですが、設立の時からすでにお互いになくてならない存在だったことが伺えます。
(注3)2003年10月にJICAが独立行政法人となる前までの特殊法人のときの名称。
(注4)2013年10月に兵庫県、神戸市とJICAの間でそれぞれに連携協定を締結。
JICA関西 地域連携アドバイザー
徳橋和彦