救援の最前線、国際緊急援助隊(JDR)

緊急医療の現場を変えるMDS

応急対応、事前準備

モザンビークでの緊急医療の現場で、世界で初めて導入された災害医療情報の標準化手法(Minimum Data Set:MDS)。
その開発と導入に関わり、モザンビークでの活用の現場にいたお二人に話をうかがった。

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MDS開発の経緯やモザンビークでの活用について話す久保さん、豊國さん。JDR事務局次長の神内圭さん(写真右)も同席。

災害医療のイノベーション

MDSってなに?

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モザンビークではMDS日報の活用が開始され、保健省の局長のデスクに毎朝、MDS集計済みの日報が置かれるようになった。

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久保:
MDSは、2017年に世界保健機構(WHO)が承認した国際標準手法で、災害時に緊急医療チームがその手法で診療日報を作成します。
豊國:
被災地で活動する緊急医療チームは、現場で作った患者のカルテからデータを抽出し、被災国保健省が設置する緊急医療チーム調整本部(EMTCC)に日報として提出します。従来は診療日報の様式が標準化されていなかったために、全体状況の把握が困難なことが多かったんです。
久保:
そこでMDSでは、必ず報告すべき項目(年齢層、性別、妊娠の有無、外傷・疾病の種類、処置、衛生状態など)を国際標準として決定しました。災害医療現場に従事するすべての国や団体がMDSを活用することで、データをその日のうちに分析して、医療チームや医療物資の配分、感染症流行への素早い対応などに反映できるようになります。

熊本地震の現場で活用

久保:
取り組みの始まりは、JDR医療チームの電子カルテ開発です。災害医療活動での診療実績の日報のあり方を探っていたところ、フィリピンにSPEEDという日報手法があると知りました。A4の用紙があれば実践できるシンプルな手法で、ここに答えがあったと思いました。2013年にフィリピンで起こった台風ヨランダ災害に派遣されたJDR医療チームでは、現場活動でSPEEDが使われ、その高い実用性が確認されました。その経験をもとに日本版SPEED(J-SPEED)を開発し、2018年の熊本地震で実用化されました。紙で集めたデータは熊本から離れた北九州で入力、解析してもらいました。これにより、被災地のどこに、どのような患者が何人いたかを日々、迅速に把握できるようになりました。2016年に、この「フィリピン生まれ、日本育ち」の手法を世界中で使おうとWHOに提案し、MDSを開発。MDSは翌2017年にWHO国際標準として採択されました。

モザンビークから高い評価

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MDS日報の公式開始に際して、各国医療チームに利用方法を説明する久保さん。

豊國:
MDS採択後、ASEAN諸国を対象にした活用訓練を経て、2019年3月に派遣されたモザンビークが実践で活用された最初の場となりました。私がEMTCCの本部立ち上げを行っていたとき、久保さんはモザンビーク保健省と各国の緊急医療チームにその有用性と活用法を説明し、スムーズに導入できるように手を尽くしていました。
久保:
まずモザンビークの保健省に、MDSについて説明をして回りました。関連する部局は複数にまたがっており、担当官を一人一人探し歩いて説明し、理解を得ていきました。この調整に2日間かかりました。
豊國:
現地にはMDS活用の訓練をしたときのメンバーがいたり、すでに準備してきていた医療チームもいたことが、スムーズな現場導入に貢献してくれました。
久保:
被災地でのデータ解析作業は容易ではありません。そこで集まったMDSデータは日本にいるオフサイト解析支援チームに送って解析してもらい、結果を送り返してもらうという体制を作りました。集計結果を最初に報告したとき、保健省の局長は「これがほしかったんだ!」と叫んで笑顔を見せてくださいました。保健省がデータに基づいて現状を把握できるようになったからです。

データになることの意味

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MDSで決められた項目の患者データを、その場でタブレットに入力する。

久保:
モザンビークでは、最終的には海外チームが治療した1万4178人分もの大量のデータを収集することに成功しました。データは項目がそろっていますので、地域や年齢などによる比較ができます。
豊國:
地域によって対処する疾病の違いが見えてきたりしますし、被災後にほかの地域と比較することで、被災地だからこそ必要な対応が見えてきたりします。
久保:
たとえば、働いている世代の男性の受診率が低いのですが、これは日本でもモザンビークでも同じ。理由は、診療所が開いている日中は復興などの仕事をしていて受診できないから。それなら夜間診療をやろう、などと対策を立てることができます。現場で〝なんとなく〟感じていたことがデータとなって見えてくると、やはりそうだったのかと確認できますし、数字があることでみんなの共通認識が得やすくなります。
豊國:
データがあることで他国の災害時医療と比較でき、それを次に生かすことができます。
久保:
世界中の災害医療現場がデータに基づいて最適化される時代が始まりました。この分野では日本が蓄積した知見が海外で生かされ、海外で経験を積んだ人材がまた日本でも活躍する、そんな循環が生まれ始めています。わが国には、引き続き「日本発WHO国際標準MDS」の国際実装を牽引する役割が強く期待されています。

答えてくれた人

厚生労働省 災害派遣医療チーム(DMAT)事務局 豊國義樹(とよくに・よしき)さん

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豊國義樹さん

京都府生まれ。国立病院機構災害医療センター内に設置されている厚生労働省DMAT事務局に災害医療技術員として勤務。これまでに御嶽山噴火災害、関東東北豪雨、西日本豪雨など国内災害にDMATとして参加。モザンビークでJDR専門家チームとして参加。

広島大学 大学院医系科学研究科 公衆衛生学 教授 久保達彦(くぼ・たつひこ)さん

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久保達彦さん

東京都生まれ。産業医科大学医学部卒業、同大学大学院修了。医学博士。JDR隊員として医療チーム(フィリピン)、専門家チーム(モザンビーク)に参加。MDSを開発したWHOワーキンググループの議長を務めた。