ブラジル、ボリビア、ペルーなど8カ国にまたがり、アマゾン川流域を中心に広がる、世界最大の熱帯雨林、アマゾン。その面積はブラジル国内の法定アマゾン地域(注1)だけでも日本の国土の12倍、域内を流れる水量は世界の淡水の20%にも及びます。ブラジル国内のアマゾン地域では、1970年台に「住民なき土地に土地なき人々を」という掛け声のもと、政府がアマゾンへの移住を推進する政策を採っていたこともあって、熱帯雨林は急速に伐採され農地や牧草地への開墾が進みました。森林保護政策が浸透して伐採ペースが落ちてきた現在でも、毎年アマゾンで失われる森林面積は東京都の数倍にもおよびます。
この巨大な森林は、固有の伝統文化を育み守り続けてきた多くの民族の生活の場であり、世界最大の生物多様性の宝庫でもあり、また二酸化炭素の巨大な貯蔵庫としても、その保全の重要性はますます高まるばかりです。しかし、いくら規制を設け、罰則を強化しても、「濡れ手で粟」を狙う者たちの焼畑や不法伐採は止まりません。その原因のひとつは、地域が余りに広大なため監視の目が行き届かないことです。これに対しブラジル政府はすでに1970年代より、人工衛星から撮影した画像を利用して森林伐採の監視を進めており、現在では「世界が羨む」熱帯雨林監視システムが構築されています。しかし、その最大の欠点は5ヶ月におよぶ雨季の間、雲に覆われて地表が見えなくなってしまうことでした。
雨季になると地表が見えないという、従来の衛星による監視の欠点を補う画期的な新技術を普及させることを期待されているのが、今回ご紹介するJICAの技術協力プロジェクトです。その新技術とは、夜の闇の中でも、雲に覆われていても、地表を観測する能力を持っている、4年前に打ち上げられた日本の誇る地表観測技術衛星「だいち」(ALOS=Advanced Land Observing Satellite)から発信される地表観測情報のこと。
この人工衛星は3種類の地表観測センサーを積んでおり、中でも「フェーズドアレイ方式Lバンド合成開口レーダー」はマイクロ波という波長の短い電磁波を使って、昼夜・天候にかかわらず地表の状態を観測することができ、これまでの衛星による監視の限界を簡単に乗り越えて、効果的な伐採取り締まりにつなげることができます。
ただ、その地表画像は、衛星から送られてくる情報をコンピューターの専用ソフトウェアで解析して、初めて目に見えるものとなります。そのためJICAは、「だいち」の情報を100%活用し、アマゾン熱帯雨林保全の目的で最新のリモートセンシング技術をブラジルに普及させるため、2009年から3年間の予定で、「アマゾン森林保全・違法伐採防止のためのALOS衛星画像の利用」プロジェクトを始めました。「リモートセンシング」とは、これまでブラジルが伐採監視に利用してきたように、人工衛星や高空を飛ぶ飛行機から陸上・海洋・大気などのさまざまな現象を探る手法のことです。
本プロジェクトでは、ブラジルにJICAから派遣されたリモートセンシングの専門家や地理情報システム専門家が、ブラジル環境・再生可能天然資源院(IBAMA)とブラジル連邦警察に技術移転を行い、両機関の連携プレーによる伐採取り締まり能力の向上を図っています。
一方、ブラジル側からは情報加工技術の習得のため、「ALOS衛星画像の利用プロジェクト」の技術者たちが来日し、衛星画像解析の専門機関である、財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)での技術研修を受けています。
研修員が来日したのは1月11日。翌日午後からさっそくRESTECでのオリエンテーションと講義が始まりました。研修員8名のうち半分はIBAMA所属、残りの4名は不法伐採の取り締まりを担当する連邦警察関係者です。研修を受け入れているRESTECからは、何名ものスタッフが既に専門家としてブラジルに行っているので、気心が知れている講師陣に研修もスムーズに進みます。研修員たちはわれわれ素人には難解そのものである画像解析処理をてきぱきとこなし、近年著しい発展を続けているブラジルの基礎科学力の強さを感じさせます。
本研修の参加者は、約1ヶ月間の日本滞在中、RESTECでの講義・実習を通じた画像解析能力の向上を中心に、宇宙開発機構(JAXA)で次世代観測衛星に関する知識なども吸収して、今後の監視体制を構築してゆく能力を強化させてゆきます。
ところで、この「ALOS衛星画像の利用」プロジェクトを通じて「だいち」を活用するリモートセンシング技術の普及が期待されているのは、ブラジル一国にとどまりません。この1月16、17の両日にわたって東京で開催された、アジア・中南米協力フォーラム(FEALAC=フィーラック)では、両地域の経済面、技術面での協力を話し合うため、アジアから日本を含めて16カ国、中南米18カ国からの代表者が集りました。この会合で、地震災害に見舞われたハイチへの支援や金融・経済危機への対応などにならぶ重要事項として討議された環境分野では、FEALAC参加各国相互の国際協力構想として、議長国(注2)代表の岡田外務大臣が「FEALAC岡田グリーン・イニシアティブ」を発表しました。この構想の中で真っ先に述べられたのは、地表観測技術衛星「だいち」を活用した熱帯雨林保全対策です。さらに岡田イニシアティブでは、日本とブラジルが連携して全世界の熱帯雨林を守ることを標榜しており、この「だいち」とともにブラジルの衛星を使った熱帯雨林モニタリングのためのJICAの人材育成事業「第三国研修(注3)熱帯雨林モニタリング中核人材育成コース」も2010年より、アジア、アフリカ、中南米を対象にブラジルにて開始される予定です。
岡田イニシアティブによって、日本のブラジルへのリモートセンシング技術協力が進展し、ブラジルから熱帯森林を有する各国へ波及し、地球規模の熱帯雨林モニタリングが完成していくことは決して夢ではありません。世界最大の熱帯雨林とそこに展開する極めて多様な生態系の明日の運命を担うブラジル人技術者たち。彼らの明日の活躍の舞台は全世界へと拡がっていきます。
JICA東京 井上 達昭
(注1) 法定アマゾンはブラジル国土の約60パーセントを占める、政府がアマゾン地域の自然保護を目的に定めた行政地域で、その面積は約500万平方キロメートルにおよぶ。このうち約355万平方キロメートルが熱帯雨林。
(注2) 今回のFEALACでは日本とチリが共同議長国を務めた。
(注3) 第三国研修とは、これまで日本が技術協力をしてきて、その技術や人材が十分に蓄積された国が主体となって、他国からの研修員を招き研修を行う制度。日本からの専門家が補助的に派遣されることや、費用の一部を日本が負担することもある。