日本のODA 緒方貞子さんに聞く

2008年9月30日

国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)の円借款部門が10月1日に統合するのを前に、新JICAを率いる緒方貞子理事長(81)が29日、朝日新聞との単独インタビューに応じた。
政府の途上国援助(ODA)の削減を憂慮する一方、政治の安定に資する開発援助への転換が必要だと指摘。イラクに日本人職員の常駐を目指すなど、平和構築にも積極的に関与していく姿勢を示した。(編集委員・竹内幸史、望月洋嗣)

新JICA 格差作らぬ発展支援

−新JICAは一国の援助機関として、事業規模で世界最大になります。統合への思いは?

理事長になって5年になるが、統合を途中で放り出すわけにいかず、成果を見届ける必要があると思ってやってきた。新JICAは円借款、無償資金協力、技術協力の三つをつなぐ機関になる。途上国は一つの機関から援助が出てくる方がやりやすい。  
今後、いろいろな可能性が広がる楽しみがある。技術協力で言えば、水道なら技術者だけ育っても(水道局などの)組織が必要。統合で制度構築への広がりが出来る。

−新JICAのビジョンに「すべての人々が恩恵を受ける開発」とあります。

途上国では経済の急速な発展やグローバル化などで格差が拡大し、悪影響が大きく出ている。格差をつくらずに発展させていくことが必要だ。しかも、出すべきところがガッと出すような効率と効果も考えていきたい。

−研究所も新たにし、開発経済だけでなく政治学の手法も重視するそうですね。

経済開発をいくら進めても、政治的な安定や安全がついてこないという問題がある。紛争国の平和構築支援も、平和を阻害しているものをよく見ないといけない。JICAも場所によってはかなり早い復興の時期に、従来の援助機関なら出ない所に出ていく状況になっている。

−治安が悪化するアフガニスタンに約40人の職員がいるが、どうしますか。

引くつもりはない。昨年12月に訪れたが、多くの職員が人々の中に入って人材育成や医療、農村開発などに取り組んでいる。防弾車を買い、安全管理担当者を採用するなど工夫を重ねている。  
カブール首都圏の構築という大事業も始まり、詳細なマスタープランもある。重要な事業なので、職員数は維持したい。かつては60人いたこともあり、安全が確立すれば規模を拡大したい。  
アフガンの安定には軍のほかに警察組織が必要だが、自衛隊の任務にはそうした役割は含まれていない。(日本は)民政支援の方でやっていくしかない。

イラクに日本人職員常駐へ

−イラクには無償資金協力を遠隔操作で実施しているが、円借款も本格化します。

35億ドルの円借款を実施したい。今は隣国ヨルダンに担当班を置いているが、現地にいないと十分にできない。(北部の)グルド地区はかなり安定しており、アルビルに事務所を開いて、年内の職員派遣に向けて準備を進めたい。

−00年には世界一だったODAは減り続け、07年の実績では5位に転落しました。

経済規模に対する比率では先進国でも最低レベルになった。「応分の負担」以下。これでいいんですか、と聞きたい。日本は世界の平和や安定からいろんな恩恵を受けているのに、「何かしないと行けない」という意識が弱い。私が国連に移った91年ごろには「国際貢献」という言葉がもっと使われていた。
防衛費はODAとは比べようがないほど大きいが、財政再建の中で削るバランスが良かったのか。第2の経済大国としてどうこれを認識し、実行するのか、政治の問題だ。政治指導者が率先して言わないといけない。

援助は外交の道具じゃない

−ODAは外交のツール(道具)と言われますが。

ツールというより、もっと大きなものだ。日本が国際的な役割を果たし、世界と共存共栄を図るうえで重要な役割を果たす。そのための機関がJICAだと考えている。

解説

細る貢献 危機感語る

新JICAを率いる緒方貞子理事長の発言からほとばしるのは、日本の国際貢献の現状への強い危機感だ。麻生首相は所信表明演説で貧困や水、地球温暖化の問題に取り組む決意を披露したものの、ODA減少を反転させる考えは示さなかった。  
緒方氏の危機感は開発援助のあり方にも向けられている。「いくら開発に懸命に取り組んでも、平和や政治的安定が崩れる現実が途上国にはある」という。国連難民高等弁務官として90年代、世界の紛争地を歩いた実感だろう。  
難民救援のために緒方氏はキャンプ設営だけではなく、民族対立の背景を探り、政治指導者と直談判してきた。貧困撲滅や教育、保健改善の成果を出すには、確かにそうした努力が欠かせない。  
また、緒方氏が新JICAの発足にあたって情熱を燃やしたのが、シンクタンク機能の強化だった。開発経済学と政治学との対話を進め、国際社会への発信の拠点にするため、実績のある恒川恵市・元東大教授を新研究所の所長(理事職)に迎え入れた。
5年前、理事長に就任した緒方氏は現地への権限移譲、アフリカ支援や緊急対応策の強化などの改革を進めてきた。国連の「人間の安全保障委員会」での提言活動を続ける一方で、昨年秋に理事長職の続投を決意した。新JICAへの準備が不十分との判断があったからに違いない。  
経済のグローバル化による貧富の格差が世界規模で進む一方で、原油や食料高騰、さらに米国発の金融危機の波が世界に広がりつつある。緒方氏の危機感に応えるためにも、ODAの体質強化を急ぐ必要がある。

(論説委員・脇阪紀行)

キーワード

【日本のODA】
二国間援助と国際機関への拠出があり、前者は道路や橋などの社会基盤整備に低利で融資する有償資金協力(円借款)・学校建設やNGO支援などに供与する無償資金協力・人材育成や専門家派遣をする技術協力に大別される。JBICが円借款、外務省が無償資金協力、JICAが技術協力を主に担ってきたが、この三つの援助は基本的に新JICAに統合される。

(朝日新聞 2008年9月30日 朝刊3面)

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