古代パキスタンはインダス文明の中心地

パキスタンはインド洋に注ぐインダス川流域の中心にあります。

と言えば、おわかりですね。
3000年以上前、四大文明のひとつ、インダス文明発祥の地です。
ハラッパーやモヘンジョダロなどの遺跡が今も往時を偲ばせます。
紀元前326年には、かのアレキサンダー大王がギリシャから
インド遠征を行い、パキスタン・パンジャーブ地方に到達しています。
また、西遊記の三蔵法師が訪れたガンダーラは、
紀元前6世紀から11世紀までパキスタン北西部で栄えた王国で、
華麗な仏教文明で知られています。
さらに、8世紀にはパキスタンにイスラム教が伝来しました。

と、ここまで説明すればおわかりいただけるでしょう。
パキスタンのある地域は世界文明の中心地のひとつだったのです。
ヨーロッパと中東とアジアとアフリカが接する地政学的な利点もあり、
さまざまな文明が行き交う場所でした。

ところが近代になり19世紀にイギリスが現在のパキスタンや
バングラデシュを含むインド亜大陸を植民地とすると、
パキスタンの文明はいったん分断されます。
1947年に、マハトマ・ガンディーの尽力により独立した後、
パキスタンはインドから離れ、イスラム教の国として分離独立します。

ここにパキスタンの歴史的な皮肉があります。

パキスタンの歴史

現在のパキスタンにおいて学校の歴史教育では、
1947年の建国以降しか教えないそうです。
このため、パキスタンの人々は、自分の住んでいる場所が
世界有数の文明の発祥の地で古い歴史と豊かな文化文明を有していた、
という歴史的自覚がまったくないのです。

つまり、イギリスの支配から1947年の独立を通して、
パキスタンは過去の歴史を文字通りリセットしてしまったのです。

現在のパキスタンはイスラム教の国です。
アジアのほかのイスラム教国、たとえばインドネシアやマレーシア、
バングラデシュと比べると、中東との距離が近いこともあって、
敬虔なイスラム教徒が多くいます。
なかには過激なイスラム原理主義者も散見されます。

先ほど申し上げたようにパキスタンは多様な文明が交差した場所。
さまざまな民族が暮らしています。
パンジャーブ人、パシュトゥーン人、シンド人、モハジールたちが、
パキスタン国民として暮らしています。
男性の多くは丈の長いシャツゆったりしたズボンを着ています。
女性はさらに、ストールで髪を覆っています。
男性の中には、シャツの上からセーターやジャケットを
着ている人も見られます。

古くて新しい国、パキスタンは、農業国としてスタートを切りました。
豊富な労働力を活かし、次第に海外からの工業誘致を行い、
経済発展へ舵を切ろうとします。
けれども、たとえば東南アジアや中国などと比べると、
スタートはほぼ同じだったのにもかかわらず、
パキスタンは高度経済成長を果すことができませんでした。

理由は、頻繁に起きる政権交代、テロの頻発など、
企業が投資しにくい状況が続いていたからです。
このためパキスタンは「未完の大器」として21世紀を
迎えることになりました。
さらに冒頭に記したように、ビンラディンの問題やそれと関連する
テロの問題で、パキスタンは経済畑からは
敬遠されがちな場所となっていたのです。

それではなぜ今、パキスタンに注目すべきなのか。

それは手つかずの魅力がたくさんある国だからです。
そして今がまさにその手つかずの魅力を再発見し、
磨き上げるタイミングなのです。

パキスタンの魅力

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