水道インフラが市民の生活を変える

パキスタンでは、日本の国際協力で
上水道のインフラ整備も進められています。

新興国共通の悩みは安心して使える水道が普及していないことです。

アフリカでは、水を井戸から運ぶのが一日の仕事の大半となってしまう
子どもたちがいて、水道の未整備が社会発展の最大の
阻害要因となっています。

清潔な水道水が家庭や病院に供給されていないと、
公衆衛生や母子保健にも大きな影響を与えます。

パキスタンでも、上水道の整備は遅れています。

私が滞在した首都イスラマバードや最大の都市カラチ、
東部の商業都市ラホールの場合、ホテルやレストランでは
水道は使えるものの、新興国の例にもれず、
水道水を飲むのはもってのほか。

水道水で洗った生野菜を食べたり、
水道水の氷入りのジュースを飲んだりするだけで、
慣れない人は現地在住日本人が言うところの
「パキ腹=パキスタン腹」という激しい食あたりに苦しむ恐れがあります。今回も同行したカメラマンが「パキ腹」で苦しむはめになりました。

そんなパキスタンでいま日本が整備している
上水道はどんな設備なのでしょうか?

パキスタンは北部にカラコラム山脈などの8000m級の山岳地帯があり、
そこから流れ出た豊富な水が、細かな支流となって南へと流れ落ち、
最後には巨大なインダス川としてインド洋に注ぎます。  

前項で説明した水力発電も、
この豊かな水源と高低差のある地形を利用したものです。

日本が協力した上水道の整備にも同じ手法がとられました。

山岳地帯から高低差を利用して、
電力もポンプも使わずに重力だけで稼働する上水道設備を訪ねました。

場所は、首都イスラマバードの北90kmのところに位置する
アボダバード市の郊外の小高い山の上です。

アボダバード、という名を聞いて、おや、聞き覚えがあるな、
と思った方は、かなりの国際情勢通です。

テロ組織アルカイダを率い、アメリカで起きた9.11テロの
首謀者と目されたウサマ・ビンラディン。

そのビンラディンが潜伏していた街がアボダバードでした。
2011年5月2日米軍の急襲によってビンラディンはアボダバードの
隠れ家で殺害されました。
映画「ゼロダークサーティ」で詳細に描かれたことなどから、
アボダバードは世界に知られるようになりました。

今回日本の国際協力でできた上水道施設は、
ビンラディンの殺害現場からほんの数キロ離れた小高い山の上にあります。

標高約1300m。周囲にはまだ雪が残り、
遠くカラコラム山脈の白い頂きが見えます。

アボダバード浄水場は、大変見晴らしがよい山のてっぺんにあるのです。

こんな高いところまで、そもそも水道の水源となる水を
どうやって運んでくるのでしょうか?

答えは、周囲のもっと高いところにある川から重力を利用して、
浄水場に運んでくる、です。
浄水場自体は、山のてっぺんにありますが、
周囲にはさらに高い山がいくつもあります。
標高差にして300m以上、標高1500〜1600mのところを流れる
4つの河川から取水し、約20kmの導水管を経由して、
浄水場まで運ぶのです。重力を利用しているので、
電気ポンプは入りません。
停電で稼働しなくなる心配もない、というわけです。

さらにこの浄水場自体も、電力などをほとんど使わずに
稼働できる仕組みを採用しています。
浄水場では、河川の水を濾過して水道水としての
品質を保たなければいけません。

こちらで利用している濾過方法は、砂でゴミをとり、
砂の中の微生物に有機物を分解させる「緩速濾過方式」です。
自然の力でゆっくり濾過をさせ、電力や薬品などを
ほとんど使用せずにすむため、途上国で多く使われているシステムです。
こちらの浄水場では、最後に消毒用の塩素を入れて、
アボダバードの街へと供給します。

浄水場を訪れて、私はまたなつかしい気分になりました。
子どもの時分に見学した、かつて西新宿にあった淀橋浄水場と
そっくりの光景だったのです。

浄水場の建設を担っている飛島建設の山本さんにお話を聞きました。

「池上さんのおっしゃる通りです。昔の日本の浄水場で
使っていた仕組みが、こちらで利用されているのです」

浄水場で濾過された水は、100メートルほど降りた
アボダバードの市街地などに届けられます。
このときの配水にも重力が利用されるため、
電気ポンプ等を必要としません。

飛島建設の山本さんは言います。

「取水にも浄水にも配水にも、電力をほとんど必要としないのが
この浄水場の特徴です。電力不足に悩まされているパキスタンにとって、
かつて日本で活躍していた緩速濾過方式の技術はぴったりなんです」

この浄水場ができるまで、アボダバード市や周辺地区の上水道は、
主に地下水に依存してきました。
給水普及率は57%と全国平均を下回っており、
給水時間も1日当たり30分から9時間と十分なものではありませんでした。
しかも地下水の枯渇と人口増加とが同時に起こったため、
水道水不足が慢性化するようになっていました。

給水システムの強化はアボダバードの街にとって大きな課題だったのです。

浄水場の建設計画が持ち上がったのは1980年代のこと。

けれども、取水対象となる河川の下流部との水利権問題が発生したり、
1998年にパキスタンが行った核実験により各国が援助を中止した結果、
整備は遅れに遅れました。

一方、日本は90年代から上水道設備の
必要性について調査を続けてきました。
最終的に40億円の無償援助が2010年に決定し、
飛島建設と大日本土木のジョイントベンチャーが
着工したのは2012年のことです。

工事がほぼ完成したのは2013年。
2014年3月現在、部分的に稼働し始めています。
今後はさらに整備を進め、本格運用が始まる2015年には、
アボダバード地域の給水普及率を92%にまで高め、
21万6400人を対象に1日当たり約2万7000m2の給水を
24時間フル稼働で実現できるようにする予定です。

こうしたインフラ整備の裏で、
現在のパキスタンで気をつかわなければいけないのは、テロ対策です。

日本企業や日本の国際協力が狙い打ちされることは
基本的にありませんが、パキスタンでは2000年代から数々のテロにより、
多くの外国人や国内の要人が亡くなったり、
市民が犠牲になったりしています。

首都イスラマバードでは2008年に国際的な高級ホテルである
アメリカ系のマリオットホテルが自動車による自爆テロに遭い、
54人が亡くなりました。
このため、日本を含む海外からの国際協力や企業活動もこうした危険を
常に想定したうえで進められています。

私たちが取材基地としたホテルでは、
自動車がホテルの入り口につくまでに二重のチェックを受け、
2カ所のバリケードを抜けなければいけません。
ホテルに入るときも、毎回金属探知機でのチェックを受けます。


首都イスラマバードからアボダバードまでの90キロ2時間半の
自動車の旅には、パキスタンの警察が配備した警備車両が、
つきっきりで警備してくれました。

軽機関銃を手にした警官2人が警備車両の後ろに乗り込み、
周囲に注意を払いながら、先導する。
地区が変わるごとに、次の警備車両が待ち受けていて、
バトンタッチしながら先導してくれる。
これが今回の取材の基本スタイルでした。

場所によっては、爆弾テロにも対応できる特殊走行車両に
改造されたランドクルーザーや、ブラジルで製造されている
防弾仕様のBMW X5に乗り込むこともありました。

防弾仕様の自動車の扉は通常のそれよりもはるかに重く分厚く、
開け閉めにも力が必要です。
また車両も重いため、中に乗っていると
鉄のかたまりの中にいるような感じがします。


余談ですが、カラチには通常車両を完全な防弾仕様に
改造するカナダの会社ストレイト社の工場があります。
トヨタのランドクルーザーのような大型4WD車のみならず、
なんとカローラやカムリのような一般セダンも
改造の対象となっていました。

同社のロゴマークはカメ。
カメの甲羅のようになんでもはねとばす、というイメージでしょう。

車はいったんすべて外装を剥がされ、
鉄製のパネルを随所に溶接されていきます。
扉には分厚い防弾ガラスがはめ込まれ、
空気を取り入れるエアインテークにも、
銃弾が打ち込まれても大丈夫なように鉄製の防御壁が設けられます。

なるほど、すごい技術ですが、こうした防弾車両が必要なくなる時代を
パキスタンの市民は待ち望んでいます。

話をインフラ整備に戻しましょう。

今回取材したアボダバードの浄水場は、山の上にありました。
頑丈な4WD車で一気にかけあがりましたが、
途中の山道は舗装されていない箇所がいくつもありました。
立派な浄水場をつくるには大量の建設資材が必要です。
いったいどうやって運び込んだのでしょうか?

交通インフラがパキスタンを変える

Pakistan Business

  • 01
  • 02
  • 03
  • 04
  • 05
  • 05