母子手帳がアイデア。日本発の『マイブック』

まず、一番奥に陣取っているのは10代から20代の女性たち。
みんな自分のノートと教科書と小さな黒板を持っています。
ノートになにやら書き連ねているのが目につきます。

「何を書いているんですか?」

「自分について、です」

大橋さんは説明します。

「このノート、『マイブック』というもので
JICAのプロジェクトとして私たちが作りました。
まさに"自分の本"です。アイデアのもとは母子手帳です。
母子手帳は赤ちゃんとお母さんの記録をつける
日本ならではの仕組みですが、
母子保健の改善のために途上国では多く採用されています。
この『マイブック』には、自分についての記録を
どんどん書いてもらいます。
自分の名前、生年月日、住所、電話番号、
家族についてなどを記録してもらう。
自然に文字を覚えられる上に、自分に対する誇りが生まれるんです。
ノンフォーマル教育は6ヵ月コースなんですが、
どの女性も半年ですごく自信を持つようになります」

そもそもこうしたコースをとる背景には、
パキスタンの識字率の低さがあります。
さきほど記したように国全体のでの識字率は60%を切っています。
しかも女性は教育機会が男性に比べてさらに少ないので、
平均よりもっと字が読めない人が多い。
およそ2人に1人が読み書きができないそうです。
ここで文字を教わっているのも10代後半から20代前半が中心で、
中には40代の方もいるそうです。

「文字を覚えながら、自分の名前を書いて、誕生日を書いてもらう。
そうすると、マイブックに愛着が生まれますよね?
これが大切なんです。
それから毎日、自分のことについて日記のように自由に書いてもらう。
そうやって、自分のことを考えるようになると、
誇りが持てるようになるし、勉強しようという気になるんです」


マイブックを持って、文字を覚え、自分のことを書き連ねることで、
自我を芽生えさせ、自立の第一歩を歩ませようというわけですね。
シンプルですが、とても理にかなった教育です。

壁にはさまざまなイラストを施したポスターが貼ってあります。

「日本の教材を意識して、つくったんですよ。
ここで教えることをイラストにすれば、
とっても理解度が早く深くなるんです」

その隣では、女性たちが椅子に座って気持ち良さそうにしています。
顔にパックをしてもらったり、泥を塗ってもらったり、
腕に文字を書いてもらったり……。

「美容の技術を学ばせています。
こちらは髪の毛の泥パックです。
こちらの顔に塗っている黄色いのはカレー粉の主成分のスパイスである
ターメリックを使ったスキンケア、
こちらはレモンと蜂蜜を配合した液でマッサージ、
こちらは南アジアのおしゃれで、
ヘナという植物染料で肌に模様を描くペインティング・タトゥーです」
(天然のもので、2−3週間で自然と消えます)


日本でも最近は女性向けの美容サービスが多様化していますが、
女性のニーズは世界どこにいっても同じなんですね。
気持ちよく、美しくなりたい。ここパキスタンでも変わりません。

大橋さんは語ります。

「美容はパキスタンで大人気です。
パキスタンの女性も美白への関心が高いのです。
ただ、美白効果をうたった化粧品は、高価な割に品質がいまひとつ。
そういったものを買うくらいなら、
安く手に入るキュウリでパックをしましょう、
ということも教えるんですね」

隣のテーブルでは、さまざまなジュースやフルーツの
シロップ漬けをつくっています。

「食事の栄養のことや調理技術なども、実は多くの女性が知らないのです。
栄養に関する知識もほとんどない。
パキスタンは果物が豊富なんですが、
冷蔵庫が普及していませんから、
すぐに傷んでしまいます。そこでジュースにしたり、
安く出回っている時期の果物を砂糖漬けにしたり、
あるいはトマトペーストをつくったり、
フルーツのチャツネを作ったりするなど
保存食の加工法をマスターしてもらいます」

向い側の地べたでは布地を敷いて、
クラシックなかたちのミシンがかたかたと働いています。
大きな糸車を回している女性も目につきます。


「こちらでは、裁縫上手のおばあちゃんが、
若い女の子たちに裁縫や洋裁を教えています。
おばあちゃんの知恵を孫の代に伝える場所にもなるんですよ。
裁縫は家事でも仕事でもすぐに使える技術ですから」

おばあちゃん、とても誇らしげです。

「子どもや孫に祖母や母の代のひとたちがいろいろなことを
教える場にもなっています。彼女たちの社交場であるんですよ」

紫色の大きなドレスにきれいな刺繍をしている女の子3人がいました。
話を聞いてみましょう。

「刺繍は楽しいですか?」

「ええ、とっても楽しいわ。刺繍、大好き!」

「ここで学んだことを、どう活かしたいですか?」

「こういうドレスって、外で買うと高いからとても手に入らないの。
だからまず自分のドレスを自分で作れるようになりたい!
それからドレスの作り手になって、
ちゃんと商品として売ってお金を稼いでみたい。
それが私の夢です」

初対面の外国人男性である私に対して、
彼女たち3人はひるむことなく「ビジネスをしたい」と答えました。

大橋さんは言います。

「ノンフォーマル教育を受けるまで、商売がしたい!
と自分から言う女の子は滅多にいませんでした。
教育って、本当に人を変えるんですよ」

逆にいえば、これまでパキスタンでは女性たちの多くが
満足に教育を受けていませんでした。
ノンフォーマル教育を行っている集会所の向かいの家を取材したときです。

2人の女の子に私はインタビューをしました。

「何歳かな?」

「うーんと17歳、くらい」

「えーとたぶん20歳、かな」

「ちょっと待って。自分の歳、知らないの?」

「うん、私たち、誕生日がいつか教わったこと、ないから」

びっくりしました。
女の子たちは親がいるのに自分の誕生日を知らなかったのです。
大橋さんが解説します。

「パキスタンでは、男の子が生まれるとそれは盛大に祝うんですが、
女の子が生まれてもあまり喜ばれなかったりするんですね。
さらに、親が非識字者なので記録もできない。
出生届けも出せない、ということで誕生日が祝わわれることもなく、
覚えていないんです」

パキスタンでは、女性が外に出ることが伝統的にあまり多くありません。
買い物も男の仕事です。
なんと女性の服なども男が買ってくることが珍しくないそうです。
そもそも、女は家に、という慣習が強いということでした。

このため、女子教育は遅れに遅れていました。
それが女性の識字率がわずか50%という事態を招いていたのです。
地域によっては女子教育にあからさまな嫌悪や
敵意をもたれることすらありました。
なにせ女子教育の重要性を訴えてきたマララちゃんが
銃撃されたりするのですから。

では、そんな土地柄で、大橋さんはどうやって女子の教育を
推進してきたのでしょう。

「さっき、村にいらしたとき、男性たちが集まっていたでしょう。
彼らが村の長老たちです。
このノンフォーマル教育も、彼らを説得してはじめて
スタートが切れるのです」

女性の学びはみんながハッピーになる

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