ベトナムの「戦い!」 戦争証跡博物館で見た! ベトナム戦争の傷跡

私の世代の人間にとって、「ベトナム」という単語は、特別の思い入れがあります。10代20代の多感な頃、毎日のようにテレビで新聞で、ベトナム戦争の報道が日本にも届いていたからです。

今回、私はベトナムの経済成長の現場を、いわばベトナムの「光」を取材してきました。けれども、「光」の裏には濃い「影」があります。

日本がいまのベトナムのように経済成長の真っ只中にあった60年代から70年代にかけて、ベトナムは国土が二分されて戦争の場となり、75年に戦争が終結してからも20年近く近代化を拒み、経済と社会は停滞していました。

私が2000年に初めて訪れたベトナムは、バイクと自動車ではなく、バイクばかりの混沌とした国家でした。

ベトナムがどんな影を越えてきたのか。

戦争証跡博物館で再確認することにしましょう。

1960年から1975年まで、約14年半にわたって続いたベトナム戦争で使われた爆弾の数が、第2次世界大戦で使われたその数を上回っていることをご存じでしょうか。激しい戦争の記録が、ここ、ホーチミン市内の戦争証跡博物館には残されています。屋外には戦車や戦闘機が展示されていて、3階建ての建物には展示室のほか、売店もあります。

ここで改めて、ベトナム戦争とは何だったのかを、振り返ってみましょう。

ベトナム戦争は、北ベトナムと南ベトナムという、フランスからの独立を実現したインドシナ戦争(1946~1954)によってできた2つの国の間で起きた戦争です。しかし、戦っていたのはこの2国だけではありません。もともと共産主義をとっていた北ベトナムは、南ベトナムはアメリカのかいらい国家であるから、その南ベトナムを吸収統合してひとつのベトナム国家をつくろうと、南ベトナム解放民族戦線による南ベトナム内での反政府活動を支援していました。

これを警戒したアメリカは、当初は少数の、そのうち大量の兵を南ベトナムへ派遣したことで戦争に発展。長い戦いの末、最終的には、北ベトナムが勝利を収め、アメリカ軍は撤退しました。このとき、南ベトナムの首都だったのがサイゴン、現在のホーチミン市です。

ベトナム戦争ではアメリカ兵約5万人が命を落としましたが、戦場となったベトナムでも多くの人が亡くなりました。

ベトナムの周辺国、カンボジアやラオスにも犠牲者が出ています。これは、カンボジアやラオス国内を通って南ベトナム解放民族戦線に物資を運ぶ北ベトナム軍を密かに攻撃したり、北ベトナムへの空爆を途中で中止したアメリカ軍機が、着陸の際に爆弾を持っていると危険だからと、余った爆弾をカンボジアやラオスの上空で勝手に捨てたりしたためです。それが今もなお、不発弾として残っています。

ベトナム戦争はまた、ヘリコプターの戦争ともいわれています。アメリカ軍は、あちこちに潜伏する反政府勢力を追って、ヘリコプターで兵士を送りこみました。しかし、草木に隠れた反政府勢力はヘリコプターを見つけると地上から攻撃し、それにヘリ側も応戦するという光景が見られました。

ベトナム戦争で使われた最も有名な兵器は、枯葉剤でしょう。枯葉剤はもともとは農薬の除草剤。当時の除草剤は、不純物としてダイオキシンを含んでいました。米軍はこれにより、反政府勢力が潜伏する場所を簡単に探せるようにしようとしたのです。

散布された枯葉剤は、ベトナムの草木だけでなく、人体にも大きなダメージを与えました。

ベトちゃんドクちゃんとして日本で知られたグエン・ベトとグエン・ドクの双子の兄弟が、下半身がつながった状態で1981年に生まれたのは、母親が枯葉剤入りの水を飲んだ影響だとされています。

ベトナム戦争は、こういったかたちで被害を後々にまで残す戦争でもありました。

兵士だけでなく、お年寄りや女性、子供たちも犠牲になったベトナム戦争。ここベトナム戦争証跡博物館には、それを象徴する有名な一枚の写真が飾られています。ベトナム中部の村で、戦闘から逃げて川を渡る母子を写した『安全への逃避』。撮影したのは、UPI通信社のカメラマンとしてベトナム戦争の取材を続けていた報道写真家・沢田教一でした。

1965年に撮られたこの写真がきっかけで、沢田は1966年に、優れた報道に贈られるピューリッツァー賞を受賞します。それまで大本営発表ばかり聞かされていたアメリカ国民は、こういったジャーナリストたちの写真から、ベトナム戦争の実態、アメリカ軍の苦戦を知り、それが反戦運動のうねりを生み出しました。

沢田はその4年後、内戦中のカンボジアで取材中、ポル・ポト派に撃たれて帰らぬ人となりました。ホーチミン市内には戦後40年近くが経った今も、あの頃、サイゴン陥落を伝えるテレビ画面に映っていた建物が、いくつも残されています。その点では、ホーチミン市全体が、ひとつの戦争証跡であるといえるでしょう。