タイ編 ASEAN4カ国の先進国タイを進化させるのは「電車」でした。

2015年10月7日12時。

タイに面したカンボジア国境の街・ポイペトは、さまざまな人が行き交います。

コンテナを積んだトレーラーや観光バス、労働者をたくさん載せたトラック。

欧米、中国など各国から訪れる観光客。制服姿の小学生に中学生。

居並ぶカジノホテルでトイレを借りると、昼間から観光客がポーカーやルーレットやスロットマシンに興じています。カジノ、というよりは、街道沿いのパチンコ屋さんのような気安い雰囲気です。

さあ、国境を越えましょう。

出国カウンターに行くと、パスポートにぽんぽんと事務的にスタンプを押され、がらがらとスーツケースを引きずりながら、カウンターを抜けます。通路沿いには屋台が並んでいます。国際空港における免税店のようなものですね。なんとカジノホテルもここにあります。200~300メートルほど歩き、両国の国境を流れる小さな川にかけられた橋を渡ります。タイの入国カウンターも鉄道の改札並みにあっさり入国審査が終わり、建物の外に出るともうタイです。

振り返ると、制服を着た小学生たちや中学生たちが、カンボジアからタイへと入ってきています。

どうやら、タイ側に住むカンボジア系の子供たちは、毎日国境を越えてカンボジアの小学校や中学校に通っている。国境の街ならではの風景です。

タイに入ると、風景が一変します。まず、南部経済回廊の規模と質が変わる。片側2車線の綺麗な舗装路が延々続きます。立派な幹線道路です。建設中の巨大なショッピングモールが見えます。走っている車は、新品の日本車が増えます。「ああ、先進国に入った」と肌で感じました。

タイは、今回の取材先の4つの国の中でも圧倒的に経済成長が早かった国です。タイは日本と並び、アジア諸国の中で他国からの支配を一度も受けることなく現代を迎えた国。ときどき軍事クーデターは起きるものの、国民からカリスマ的な支持を集めるプミポン国王の存在もあり、大局的には経済が比較的順調に発達しました。

日本企業も、1970年代からタイに進出し始め、80年代には多くの工場がタイ国内にできました。家電、自動車、精密機械、さらにはその部品。首都バンコクの北に位置する古都アユタヤ近辺や、東部の国際港湾地帯には、たくさんの日本企業の工場が今も稼働しています。自動車やカメラなど、タイ製品の一部は、日本でも消費されています。

ベトナムは、70年代までベトナム戦争があって共産主義国家となり、海外に市場開放されたのは90年代半ばからです。70年代後半にポル・ポトの大虐殺があったカンボジアは内戦がずっと続き、ASEANに加盟したのは90年代終わり。軍事政権下にあったミャンマーが事実上の市場開放をしたのはつい最近の2011年頃から。タイとは大違いです。

インドシナ半島の4カ国は、政治状況も経済状況もばらばらでした。一方で、この4カ国は地理的には隣接しています。距離900キロの範囲に、ベトナム、カンボジア、タイがあり、1200キロまで範囲を広げるとミャンマーまでが入ります。新幹線の路線距離、900キロというのは、東京から広島くらいまでの距離。1200キロは、東京から博多くらいの距離。日本の太平洋ベルト地帯に収まってしまう程度のサイズです。

日本の高度成長期を支えたのは、首都圏から九州北部までをつないだ太平洋ベルト地帯に点在する複数の工業地帯でした。各工業地帯で分業を行い、最終的には輸出産業が発達して、日本は先進国の仲間入りを果たしました。

南部経済回廊が整備され、ASEAN経済共同体(AEC)が発足することで、日本の太平洋ベルト地帯のように、4カ国の経済がつながり一緒に成長する。そのとき、いち早く発展したタイは、いわば太平洋ベルト地帯における首都圏のような、リーダーになることが求められます。

タイが次のステージに立つために、どんな開発が行われているのか?

現場を歩いてみることにしましょう。最初に訪れるのは、都市鉄道の建設現場です。タイの首都バンコクでは、都市鉄道の建設ラッシュが起きています。なぜでしょうか? それはタイがより発展するためには鉄道網の充実が欠かせないからです。そしてこのタイの鉄道網開発、日本が大いに関係しているのです。