タイを「運ぶ!」 運輸編 バンコクは今、鉄道建設ラッシュ!山手線の技術がタイの鉄道を変える。

バンコク市街を縫うように走る高速道路。この高速道路に乗り、渋滞に巻き込まれながらのろのろ進んでいくと、車窓からタイ国鉄の新しいターミナル駅の大規模な工事の様子が見えてきました。高速道路を降りてバイパスを走ると、頭上を高架線が覆います。高速道路ではありません。すでに建設が終わったパープルラインです。頭上の高架を追いかけながら走っていくと、目の前に大きな建物が見えてきました。パープルラインの車両が格納されている車両基地です。

タイと日本の共同建設チームが出迎えてくれます。ヘルメットをかぶり、安全帯をつけて、広大な車両基地に向かいます。高い天井、広く取られた開口部。その先に伸びているのはパープルラインの線路です。隣にはターミナル駅の設備が見えます。

パープルラインはバンコクメトロ社の運営ですが地下部分はなく、全区間が高架線を通り、全駅が高架駅です。水害の多いバンコク市民にとって安心設計といえます。

タイ・バンコクメトロ社総裁のピーラユドさん(タイ人)に話を伺います。なぜ今回、日本の車両の導入を決定したのでしょうか。

「車両だけでなく、日本の鉄道運行システムの信頼性が高く効率が良いからです。このため、今回は、車両、運行システム、維持管理など、幅広く日本の企業にお願いすることになりました。日本の都市鉄道の運行の正確性は世界一ですから、多くのバンコク市民がパープルライン開通の恩恵を受けることになります。2029年には1日27万人が利用すると見込んでいます」

一番苦労した点はどこですか?

「かつてブルーラインを日本の国際協力でつくったときは、地下に鉄道を敷いたために苦労の連続でした。バンコクはチャオプラヤ川のデルタ地帯にあるため、水が出やすく、土地も柔らかい。そこに地下鉄を通す建設工事は実に困難を伴ったのです。今回のパープルラインは全線高架のため、水の心配がありません。苦労したのは用地買収くらいでしたね。それに、すでにブルーラインの運営実績も私たちにはありました」

では納入されたばかりの車両を見せてもらいましょう。

次期山手線に使われる車両と類似しているとのことですが、実際に乗ってみると、私たちが知っている山手線車両とはずいぶん雰囲気が違います。

運転席に座ってみると車内に取り付けられた監視カメラの映像を確認することができます。車内通路の中央部には、天井と床をつなぐような格好で手すりが立っています。シートに座ってみると固めです。シートの下は塞がれていて、空間がありません。

どうして山手線車両とは仕様が異なるのでしょうか? 現地でプロジェクトを推進している丸紅の鈴木雅雄さんが説明します。

「いずれもタイからのリクエストです。シートが固いのはぬれてもすぐに拭けるうえに傷が付かないから。雨季が長くぬれた人が乗ってくることを想定しているんですね。シートの下が塞がっているのは、ここに隙間があると、万が一危険物を押し込まれる恐れがあります。それを未然に防ぐため、シートの下を塞いでいるんですね。実は最後の最後につけてくれと言われて、このカバーを急きょ取り付けたんです」

この車両がバンコクに納入された9月から遡ることわずか1ヵ月前、2015年8月17日にバンコク市内で爆弾テロがありました。20人が死亡し、120人以上が負傷する大惨事となりました。まさにこのシートの形状はテロ対策でもあるわけですね。爆弾などが置けないようにという配慮です。監視カメラが装備されているのも納得です。

「きめ細かいニーズにきっちり応えて車両を改良していきました。そのおかげもあって、初めて日本製の車両を納品することができました」

パープルラインの車両は、他にも山手線と異なる点があります。それは、山手線が狭軌(軌間が1067ミリ)であるのに対して、標準軌(軌間が1435ミリ)なんです。新幹線と同じ軌間ですね。

バンコクの都市鉄道は、毎年どんどん進化しています。そして、その進化に日本の鉄道技術が生かされている。

振り返ってみれば、高度成長期から現在に至るまで、東京の鉄道網は休むことなく拡充されて、網の目のように首都圏を覆うようになりました。恐らく世界でもダントツのきめ細やか、そして正確な鉄道システムでしょう。東京の、そして日本の発展は、この鉄道網に負うところが多かったはずです。

20年前には影も形もなかったバンコクの都市鉄道。今、バンコクは東南アジア随一の鉄道都市になろうとしています。そして、日本の国際協力が資金面でも技術面でもその礎となっているのです。

パープルラインはこの取材の2ヵ月後の12月14日に試験走行が始まり、終点のクロンバンパイの車両基地ではプラユット首相を招き、記念式典が行われました。

正式開業予定は2016年8月12日、タイのシリキット王妃誕生日です。それまでにオールジャパンチームは試験走行を繰り返しながら最後のつめを行うそうです。開通した暁には、ぜひ実際にパープルラインに乗ってみたいものです。バンコクに来る用事がひとつ増えました。