タイを「育てる!」 モンクット王工科大学ラカバン校編 ASEANの未来を牽引するのは、どこの国でも大学工学部!?

バンコクの中心部から東へ20キロほど。スワンナプーム国際空港の近くにモンクット王工科大学ラカバン校(KMITL)のキャンパスがあります。大学のキャンパスの中をタイ国鉄の線路が走っている、広大な大学です。

タイで名門大学といえば、バンコクの中心部にあるチュラロンコン大学やタマサート大学などが有名ですが、KMITLも工学系の大学としてタイではトップレベルの大学の1つとして知られています。

私が教鞭をとる東京工業大学とポジションが似ているかもしれません。実際、東工大に留学経験のある先生がいるとのこと。カンボジア編で取材したカンボジア工科大学ともその点は共通しています。

このKMITLは、日本の国際協力でできた大学です。

1960年、電気通信訓練センターとして開校したのち、日本はODAを活用して、同校に校舎や各種機材を提供。その後、大学に格上げされた後も、ハード面では日本政府の無償資金協力により現在の校舎を建て、ソフト面ではJICAの国際協力で、カリキュラムの作成から専門教員の養成などが間断なく行われ、現在のタイの工学系大学トップレベルの地位を占めるに至りました。

現在は、鉄道インフラの整備が進むお国柄もあり、鉄道関係のコースを新たにスタートさせました。

世界的にみても、理工系の知恵と技術が新しい市場を創る時代です。

ITしかり、バイオテクノロジーしかり。タイが、付加価値の高い製品やサービスを自らつくり出せる国になるかどうかは、国内の理系人材の質の向上にかかっていると言っても過言ではありません。

まだ40代と若きスチャティーヴィー学長に、KMITLの理系人材教育の取り組みについて、そして高等教育における日本の国際協力について、聞いてみることにしましょう。

ここ最近は毎年1万人のペースで技術者を輩出しているKMITL。国内の優秀な学生だけでなく、周辺国からの留学生を数多く受け入れています。そこには、JICAがASEANで展開している、10カ国26大学が参加するアセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)が大きく関与しています。域内の大学の若手教員が留学生としてKMITLで学んでいます。

スチャティーヴィー学長は言います。

「最も多いのは、ラオスからの留学生。ベトナムやカンボジア、ミャンマーからも来ています。ジャンルは電子工学やICTなど多岐にわたっています。そこでの私たちの役割は、かつて日本の大学がしてきたことと同じです」

日本の大学は、KMITLの若手教員を1965年から留学生として受け入れてきました。現在もAUN/SEED-Netに協力する日本国内の14の大学が、留学生の受け入れのほか、共同研究や教職員の交流などを行っています。

「KMITLへの留学生には、自国の教育ニーズに応えられる、リーダーに育ってほしいと思っています。彼らとモノや知識を共有できるのは私たちの喜びです」

周辺国への貢献を進める一方で、タイのテクノロジーは今、課題に直面してもいます。それはずばり「人材」です。

「KMITLはこれまで、オペレーター的な技術者は多数輩出してきましたが、クリエイションができる、イノベーティブな技術者はあまり育っていません」

つまり、タイのスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクのような、世界を驚かせるエンジニアがタイにはまだいないというわけです。

「私はこれからこのKMITLを、タイのMIT(マサチューセッツ工科大学 )にしたいと考えています。そのために、世界のトップ校の留学経験者や卒業生を積極的に採用しています。日本とも連携を深めていますよ。1997年には、学内に日本の総務省や文部科学省、東京工業大学や東海大学の協力のもと、情報通信技術研究センターを設立しました」

スチャティーヴィー学長は「いつか、この大学の卒業生からノーベル賞受賞者が出てほしい」と力強く言います。「私たちの代とは違って、今のタイの若者にはチャンスがあります」。この言葉からは、タイはもう先進国なのだという自信が感じられました。

KMITLが現在の工科大学のかたちになったのは1971年。大学としての歴史はまだまだ浅いのですが、日本の国際協力が効果を発揮し、タイにおける工学系人材の輩出校となっています。

若き学長は、IT関係で起業するような卒業生がこのKMITLから出て来ることを期待しています。冒頭にも申し上げましたが、東南アジアでは先進国的な立ち位置にあり、世界全体で見ても中進国であるタイは、もはやコストだけで競争できる段階を終えています。