ミャンマーで「創る!」 ティラワ工業団地その2 この国にはあらゆるものがない。だから有望なのです。

ティラワ工業団地が開所したのは2015年9月。商業施設や住宅の予定地を含めると敷地面積は2400ヘクタールと品川区の面積を超えます。現在販売中なのはそのうちのごく一部だそうですね。

「爆発的に売れています。工業団地というのは、6〜7年かけて売り切れると『いいペースで売れた』と評価されるのですが、ティラワ工業団地はすでに7割近くが売れています」

梁井さんはこれまでベトナムなどでも工業団地の開発を手掛けてきた工業団地のプロ。その梁井さんから見ると、ここティラワ工業団地の特徴は、ミャンマー国内市場をターゲットとした企業が半数近くを占めていることだそうです。

「進出国の国内市場をターゲットとした外資系企業の工場は、経済がある程度発展したタイやインドネシアにはたくさんありますが、東南アジアに進出している工場の大半は国内需要を満たすためではなく輸出を目的にしています。ベトナムやカンボジアの工場の多くがそうです。その点、まだ経済発展が始まったばかりのミャンマーの工業団地でミャンマー国内市場向けが半分近くを占める、というのはとても特殊なパターンです」

途上国への工場進出には3つの段階があると梁井さんは言います。

「まず、その国の人件費の安さを生かした、労働集約型の工場をつくる。つくられたものはほとんどがその国から輸出されていきます。アパレルや単純な部品をつくっている段階ですね。カンボジアなどがこの段階です。その国が経済成長して人件費が少し上がると、工場でつくるものは付加価値の高いものへシフトしていきます。自動車や家電の組み立て工場が出てくるタイミングです。この場合も、製品は大半が輸出に回ります。ベトナムがこの段階ですね。さらに経済成長して人件費が上がると、つまり地元の人たちの購買力が上がると、その国の国内市場向けの工場が進出するわけです。タイがこの段階です」

通常考えるとミャンマーのティラワ工業団地は、国の発展段階では第1段階。なのに、第3段階の国内向けの製品を製造する工場も同居しています。なぜでしょうか?

梁井さんの答えは明快でした。

「この国には、ありとあらゆるものがないからです」

たしかに、ミャンマーのスーパーマーケットをのぞいたときも、並んでいる商品は周辺国からの輸入品ばかり。しかも、タイやベトナムのスーパーと比べて品ぞろえは貧弱でした。

「なにせ5000万人の人が住んでいます。ヤンゴンだけで500万人。巨大な消費市場でもあるわけです。なのに2011年まで外国の企業が進出していなかったから、需要はあるのに供給がない状態が続いていました。だから、今の段階で、ミャンマーの国内市場を開拓すれば、すぐにマーケットリーダーになれます。しかも欧米企業の進出が遅れていますから、日本企業にとってライバルはアジアの国だけでこれはチャンスです。ミャンマーの電化率はまだ約3割ですから、家電製品の普及もこれから。逆にいえば潜在市場の規模はきわめて大きい」

この話を聞いて思い出すのは、ベトナムにおけるインスタントラーメンです。あなたはインスタントラーメンと聞くとどのメーカーを思い浮かべるでしょうか。おそらく日清食品ではないかと思います。実際に日本でのシェアは日清食品がナンバーワンです。しかしベトナムの人の多くは、エースコックを思い浮かべます。同社がいち早くベトナムに進出したために、ベトナムではナンバーワンのブランドになったからです。

かくして、ベトナムでインスタントラーメンといえば、エースコックがデファクトスタンダードになっています。

今のミャンマーには、エースコックがベトナムでインスタントラーメン市場でナンバーワンになったような新規参入のチャンスがある、というわけですね。

ミャンマーにはビジネスチャンスがいくつも眠っていることがわかりました。一方で「なにもない国」で困ることはないのでしょうか?

「ティラワの工業団地は、日本の官民一体開発の協力でできたものです。民間だけでこの工業団地をつくろうとしたら、かなり難しかった。というのも、ミャンマーはあまりに社会インフラが脆弱だからです。企業だけでは敷地内の開発はできても、道路や近くの港の整備、そして電力の供給や法律の整備まではとてもできません。こうした社会インフラの整備をJICAなどを通じて日本政府がずいぶん担ってくれました」

「なにもない」ミャンマーでの生活はどうでしょうか?

「固定電話がこの工業団地につながるようになったのは、なんと2〜3カ月前の2015年の夏です。固定電話より先にミャンマーでは携帯電話が普及しました。私がミャンマーに来始めた3〜4年前には、アフリカのキリマンジャロの山の上でも可能だった携帯電話での国際ローミングができませんでしたが、今では、みんな当たり前にスマートフォンを持ち、インターネットを使っています」

今回、取材スタッフの中でいわゆる“ガラケー”を使っていた人は、最新のスマートフォンを使うミャンマー人スタッフに「いまだにそんな電話を使っているのか」と笑われたそうです。ミャンマーでは、携帯電話といえばスマートフォン、なのです。

ミャンマーの人たちの人となりはどうでしょうか。梁井さんは印象的な話を2つしてくれました。

「うちの若い日本人スタッフが、ヤンゴンの空港でパスポートを取り違えられてしまったんです。その場で短期ビザを取得するため係員にパスポートを預けたところ、返ってきたのは他人のパスポートだったのですね。あわてて取り返そうとしたが、取り違えたパスポートを持った人は、すでに入国済み。うちのスタッフは、映画『ターミナル』(2004年)でトム・ハンクスが演じた主人公のように、空港内に閉じ込められることを覚悟したわけです。ところが空港のスタッフは、自分たちのミスを認め、まずパスポートなしで入国させてくれたんです。そしてうちのスタッフが泊まるホテルにあらかじめ電話をし、事情を説明してくれました。さらにその夜、ちゃんとパスポートを取り返してホテルまで届けてくれたんです。ミャンマー人は親切なうえに融通も利くんですよ」

ミャンマーの人たちの親切なキャラクターがうかがえるエピソードです。もう1つは、こんな話です。

「事務所にネズミが出るので、ネズミ取りを仕掛けたら、数匹が捕まりました。さて、このネズミをうちの現地スタッフはどう処分するだろうか、と思ったんですね。こういうネズミを食べちゃう国がありますし、ゴミ箱に捨てちゃう国もあります。じゃあ、ミャンマーのスタッフはどうしたかというと、彼らは外に出て地面に穴を掘り、ネズミを埋めたんです。日本人だったら、死骸は食べないですし、ゴミ箱にも捨てない。おそらく地面に埋めて、弔ってあげる。ああ、ミャンマーの人たちの感覚は日本人と近いなあ、と思ったものです」

はつらつと話をしてくれる梁井さんは東京大学ラグビー部出身で、現在もミャンマーの日本人中心のチームに所属するラガーマンです。この取材はワールドカップで日本代表が南アフリカを相手に歴史的な勝利を収めた直後に行われたこともあり、余韻冷めやらぬ雰囲気でした。

「日本チームがW杯であそこまで活躍しましたからね。勇気をもらいましたよ。ミャンマーにみんなで花を咲かせます」