池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 命、教育、経済までも左右する「水の問題」ゲスト:東京大学生産技術研究所教授 沖 大幹 氏

汚染された水が人々の健康を脅かす
ブルキナファソ PHOTO BY 今村 健志朗/JICA

池上人間が飲む水――飲料水とともに考えなければならないのが、人間が使った後の水――下水の問題も、水の問題を改善する上では重要ですよね。

さきほど池上さんのお話でも、東京の練馬区でも60年代から70年代にかけて家で利用する水が井戸から水道に替わったとありました。高度成長期で東京に人口が集中し、井戸水ではまかないきれなくなったのが主な理由ですが、井戸が使われなくなったのにはもうひとつ汚染の問題もありました。人口密度が低いうちは河川や井戸など飲料水の水源と汚水を切り離しておくことができますが、人口が増えてくると井戸水のような水源が汚染される可能性が高くなります。人口が増加し続けた東京をはじめとする日本の都市部では、井戸水が汚染される危険性は増す一方。急速に水道に置き換わったのには、そんな理由もあったわけです。実際、コレラや赤痢といった水系感染の伝染病は水道普及率の向上と共に日本では劇的に減少したのです。
 水は汚染されていたら、資源としてはないのと同じ。飲み水の安定確保を考える上でも、下水処理をきちんと行うことは非常に大切です。
 けれども、残念なことに下水問題はなかなか進展しません。飲み水の確保に比べると、どうしても後回しになってしまう。日本でさえ下水道普及率は約70%にとどまっています。
 2000年の国連総会で採択された「ミレニアム開発目標」には「2015年までに安全な飲み水にアクセスできない人口の割合を半減する」という目標が掲げられました。さらに2002年のヨハネスブルグサミットでは「2015年までに適切な衛生施設へのアクセスができない人口の割合を半減する」という目標が追加されました。
 飲み水の供給については、アフリカ大陸のサハラ砂漠以南のエリアを除いては改善が進んでいます。一方、トイレの整備をはじめとする水の衛生対策は世界のどこでもかなり遅れているのが現状です。

池上「井戸ができてよかった」という話はわかりやすいものですが、下水の話はイメージしにくいということもあるのでしょう。

そうなんです。目に見えないというのはいろいろな意味で難しいですね。一見飲めるようでも汚染されている、という水は少なくありません。手ですくって飲めそうな深い山間の清流の水だって、上流に人が住んでいたり動物が生息したりしていたら確実に汚れています。飲み水の汚染は下痢や感染症の蔓延(まんえん)につながります。公衆衛生や水環境の保全のためにも早急に対処すべき問題ですが、飲み水にはお金を払っても、下水にお金を払うことには抵抗がある、という感覚は、途上国でも先進国でも存在します。人間が汚した水をきれいにしなければ、結局安全な飲み水も手に入らない、ということがなかなか体感してもらえないのです。このあたりの意識改革も必要だと思います。

洪水は弱者が被害を受けやすい 日本の治水力を世界へ生かそう

池上水の問題、といえば避けて通れないのが治水の問題ですね。最近は日本でも気候変動の影響なのか、突発的な豪雨でさまざまな被害が出ていますが。

洪水が起きると、衛生面でも問題が発生しますし、農業にも多大な被害が及ぶ。たいていの作物は水浸しになるとだめになります。そして、この治水問題も、先に述べた飲料水の問題と同様、同じ地域でも貧富の格差を受けてしまうのです。

社会の安全と経済発展のために治水対策も重要な課題だ
ブータン PHOTO BY 今村 健志朗/JICA

池上どういうことですか?

同じ地域でも、洪水の被害に遭いやすい場所と、そうでない場所があります。洪水の被害に遭うのは、たいがい川のそばの低地やがけの下などで、こうしたところは地価が安いところが多い。一方、洪水に遭いにくい場所は、台地の上などで水はけがよく、地価が相対的に高いところです。これは日本をはじめ先進国でも、途上国でも同じ図式です。つまり、洪水の被害を受けやすいところに住んでいるのは経済的弱者が多いのです。
 ところが、洪水対策につながる治水事業は、下水問題以上に、平時には関係のない話なので、後回しにされがちなのです。きちんと対策をとっていないと膨大な経済損失を被る可能性を秘めていることになるのですが。計画的な治水対策があってはじめて、社会の安全と経済発展が支えられている。この事実を先進国も途上国も、ともに意識すべきでしょう。

池上治水対策に、日本の経験は海外でも生かせそうですね。

例えば、高度成長期に日本中で都市化が急激に進みました。都市化が進むと、コンクリートやアスファルトなどで地表面が固められて雨水が浸透せず豪雨の際には表面を流れるようになり、また下水の整備などによって水が流れるスピードが速くなって、同じ程度の強さの豪雨でも洪水のピーク流量が田園だった時の2倍、3倍になるという都市洪水を引き起こす危険性があります。そうならないために、雨水を一時的に溜めておく施設を作ったり、雨水が地面に浸透しやすくなるような設備を据えたり、いろいろな工夫を凝らしてきました。失敗もありましたが、それを乗り越え、これだけ豪雨の多い国で何とか安全で快適な暮らしができるようになりました。日本で培われた治水のノウハウや技術は途上国の治水対策にも十分移転できると思います。

ハードを作ってあげるだけじゃダメ 現地の人々当事者意識を持つ工夫を

池上お話を聞くまで、途上国の水の問題、というと、とても遠い話のように聞こえましたが、とんでもないですね。私自身も経験していた、ほんのちょっと前の日本の問題でもあったわけです。

そのとおりだと思います。

池上その日本はここ数十年の間に、飲料水にしても、下水にしても、治水にしても、試行錯誤を繰り返しながら、経験と技術を積み重ね、問題を克服してきました。だからこそ、今度は途上国の水問題を解決する手助けをする番が回ってきた。そう考えればいいのでしょうか?

そうです。ただし考慮すべきは、途上国といっても、地方と都市部では事情が全く違うということ。地方の村落の場合は井戸でもいいからとにかく水の確保が急務になり、都市では生活環境を良くするという視点も大切になります。また、現地の人が本当に何を必要としているかは国によっても地域によっても異なります。水の問題は、その地域の気候や地形と直接関係のある「自然の問題」でもあるので、現地の個別の事情に対応したきめの細かい協力が必要です。

現地の人たちが支援技術を自分のものとして
使いこなせるようにすることが大切だ
バングラディッシュ PHOTO BY 谷本 美加/JICA

池上 援助の主役は、あくまで現地の人なんだ、という点も見逃せないでしょうね。単に井戸を掘って、それを手渡すだけ、というようなやり方では、井戸の設備が壊れたらそのまま放置されてしまい、せっかくの協力も形だけで終わってしまう。実際そんなケースもあったと聞きます。当初は日本のスタッフが技術移転をするにせよ、最終的には現地でその施設を使う地元の人たちが、「これは自分たちが掘った井戸だ」という意識を持ってもらわない限り、安定的なインフラにはなりえません。

まさにその点において、国際協力にも現場主義が重要になります。ハードやお金を現地国にただ渡すだけでなく、現地でどう使い、どう管理していけばよいか、現地の人たちと一緒に考えていく。これが大切なのです。オーナーシップあるいはコミットメントといわれるように、海外からの援助によってもたらされた施設をいかに自分たちのものと思ってもらい、維持に関わってもらえるかどうかが国際協力の成否を分けるのですね。
 現地の人々が望んでいても、資金や作り方、運営ノウハウがないから実現できない設備。そういった設備の環境を実現するのが、国際協力なわけですが、最終的には「先進国から援助してもらった設備」ではなく、「自分たちで整備した自分たちの設備」という意識を持ってもらわなければ、せっかくの国際協力も意味を失ってしまう。
 日本の国際協力の特徴は、水問題においても、現場主義で、地元の人々に設備やサービスをちゃんと手渡していく労を厭わない点にあるのではないでしょうか。
 JICAがセネガルで実施した給水事業が、その好例です。このプロジェクトでは井戸の掘削という給水設備の整備だけでなく、設備を長期に活用するために水管理委員会の育成や井戸修理技術の研修などを実施しています。たとえば、会計係を女性にすることで集金率をアップするなど、運営面でも非常に効果を上げているようです。

池上え、女性が会計係をやることで、集金率がアップするんですか?

援助される側の人たちが当事者意識を
持つことではじめて国際協力は実を結ぶ
ザンビア PHOTO BY其田 益成/JICA

ええ、どうも、男性よりも一般に女性の方がまじめだ、というのは世界共通のようで、現地で実際に研修などをやってこられた方たちの実体験だそうです。こうしたノウハウは、現場主義で協力していなければ蓄積できません。池上さんがさきほどご指摘されたように、援助する側の論理をただ押し付けるのではなく、援助する側とされる側がパートナーとなって、最終的には援助される側の人たちが、「自分たちの決断でこの設備をつくり、運営しているんだ」という当事者意識を持つ。そうなってはじめて、国際協力は実を結ぶのです。

池上会社の組織の動かし方と似ていますね。上司の意見を部下に押し付けると反発を食らったりしますが、あたかも部下が思いついたことのように進めるとうまくいったりします。
 ただ、ひとつ疑問があります。現地の人たちに、「あなたがこのやり方に決めたんですよね」と当事者意識を持っていただくには、その前にまず、選択できるだけの支援メニューをいくつか提示する必要があるのではないでしょうか?

おっしゃるとおりなのですが、そこはまだまだ改善の余地があるかと思います。というのも、日本の技術は高品質ですが価格も高い。一方、途上国の国内事情をかんがみると、日本で求められるほどの品質は必要ない代わりに、値段を下げてほしい、というケースがけっこうあるんです。

池上現地のニーズに比べ、日本の技術が、質の面でも、価格の面でも、ハイスペック過ぎることがあるわけですね。

ええ。ですから、水の問題や水の開発についてももう少し幅広くマーケティングを行い、いくつかのオプションの中から選べるような技術体系にしなければならないと思います。そうしないと「日本の技術はとても水準が高いけれど、お値段も高いから、うちの国では適用しにくい」と言われてしまうことがあります。国際協力にもマーケティングセンスが求められる時代なのです。

後編では、日本の「水の技術」が、途上国の水事情を一気に改善した事例が紹介されます。カンボジアではなんと、水道水がそのまま飲めるようになりました。そのほか、国際河川の治水や、水問題をテコに、紛争や貧困を同時に救ったり……。水問題の解決は、あらゆる問題の解決につながる驚くべき事実を、沖教授が開陳します。
(2009.09.29UP予定)

世界で今何が起きているの? 日本が今出来る事を見つけたい!! 世界で今起きているいろいろな問題、JICA現地スタッフや関係者からのコメント、取材を通してわかった国際貢献の現状。 詳しく見る

池上彰よりINDEX「水の問題」(前編)「水の問題」(後編)
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