池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 途上国で医療の原点を知る「命の問題」ゲスト:国立国際医療センター 国際医療協力局 藤田 則子 氏

 母子保健とは、妊産婦と乳幼児の健康を支援すること。国際協力の分野でも最大の課題のひとつです。なぜでしょうか。母子保健の改善は、その国の命の問題の改善に直結するからです。
 途上国は一般的に国民の平均寿命が国際平均を大きく下回っています。理由の多くは、実は乳幼児と妊産婦の死亡率が高いからです。妊娠・出産・育児は、人間が存続する上で絶対に欠かせない行為。一方で、最も命が危険にさらされやすい時期でもあります。にもかかわらず、途上国では妊産婦や乳幼児の健康はややもすると後回しにされがちです。どうすれば、母子保健問題を改善できるのでしょうか?
 お話をおうかがいする藤田則子氏は、現在国立国際医療センターに勤務し、カンボジアとアフガニスタンでJICAの母子保健プロジェクトを指導されてきました。
 母子保健の分野は、藤田さんをはじめ、女性が大勢活躍しています。私がこの夏、スーダンを訪れたとき、センナール州のひなびた村で母子保健プロジェクトに従事する日本から赴任した専門家の女性たちを取材しました。彼女たちは、現地のコミュニティに入り、スーダン人の助産師たちを指導し、母子保健の改善策を実行していました。
 道具が足りない、病院施設が足りない、お金も清潔な水も足りない中で、何ができるのか。その解を求めて、今ある手段を最大限に活用しながら、現地の人たちの意識と行動をともに変えていく。現場主義の日本の国際協力のすばらしさを実感すると同時に、女性の専門家たちの行動力に感激しました。
 昨今、日本でも産婦人科医や小児科医の不足が叫ばれています。母子保健の問題は決してひとごとではありません。藤田さんが語る途上国の母子保健問題を通して、読者の皆さんに、「命」の大切さについて考えていただければ、と思います。

国立国際医療センター 国際医療協力局 藤田 則子 氏

東京医科歯科大学医学部卒業。国内での産婦人科臨床勤務の後、タイ マヒドン大学で熱帯医学公衆衛生の基礎を習得。1998年より2002年までJICAカンボジア母子保健プロジェクト専門家、2003年より日本のアフガニスタン保健分野復興支援にかかわり、2005年より2008年までJICAリプロダクティブヘルスプロジェクト専門家。現在は国立国際医療センター国際医療協力局勤務。専門は母子保健、現在は保健人材開発システムに従事。

内戦でないがしろにされた母子保健 カンボジアとアフガニスタンで改善に取り組む

池上藤田さんはカンボジアやアフガニスタンなどでずっと母子保健問題に取り組んでこられましたが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

藤田実は、たまたま、だったんです(笑)。
 私はそれまで、日本の病院で産婦人科の臨床医の仕事に15年ほど従事していました。都会の病院に勤務していたこともありますし、田舎の病院も経験しています。
 でも、途上国の保健医療は身近ではありませんでした。偶然、高校時代の友人が国際保健の勉強をするというので、誘われて一緒に勉強会に行ったのがこの分野に触れた最初です。彼女が赴任したインドネシアに休みを使って遊びに行き、一度自分で経験してみるのもいいかもしれない、と思ったんですね。

カンボジアの母子保健の現場
PHOTO BY 吉田 勝美

池上「こういう世界があるのか」と思うのと、実際に飛び込むのではかなりの差がありますよね。

藤田さすがにいきなり環境の違うところに飛び込む勇気はなかったので、まずはタイの大学で公衆衛生を勉強しました。その後、ボランティア活動をしているときに、カンボジアの母子保健プロジェクトの話があり、赴任することになりました。その後、カンボジアには、2002年の暮れまで約4年半滞在しました。

池上次にアフガニスタンにも行かれたんですよね?

藤田アフガニスタンには03年から08年まで滞在しました。ちょうど内戦からの復興の時期だったのですが、赴任した当初のほうが治安は良く、地方の状況も見えました。その後、どんどん治安が悪くなり、足を運べる地域が限られてしまったのが残念です。

池上イスラム原理主義勢力であるタリバン支配の時代、女性は病院に行くこともできず、母子保健はひどい状況であったと聞いています。

藤田タリバンが圧制を敷いていた5年間は、女性は外出禁止。教育も禁止。大学の医学部や看護学校もすべて閉鎖されていました。
 でも、そうなると、タリバンの指導者の家族が病気になったときに診療できる人がいなくて困る。というわけで、いくつかの病院を開くことができたわけです。
 私がアフガニスタンに赴任した当時のアフガニスタンの保健省の大臣は、女性で軍医でした。彼女は、タリバン時代に、病院を再開するための交換条件として学校に行けなくなった女子学生たちを復帰させ、首都の病院で診療をしつつ女子学生も指導した、と聞きました。

池上特殊な状況の中、JICAはどのように立て直しを行ったのですか?

アフガニスタンの保健センター
ガラスなしの窓、壊れたままのドア、
シートで代用した屋根、水道も電気もない質素な施設
写真提供(国立国際医療センター)

藤田混乱した情勢の中で、さまざまな援助機関(ドナー…各国の機関、国際援助機関、NGOなど)が入り乱れ、ばらばらにプロジェクトを推し進めていました。それが最大の問題でした。そこでまず、どのドナーがどこで何をするかを調整しました。
 キーパーソンとなったのが、アフガニスタンの母子保健プロジェクト担当副大臣。彼女が各ドナーとの関係を調整できるように、私のほうでも、いろいろなお手伝いをしました。

池上なるほど。援助機関同士の役割分担をちゃんと決めていかないと、次に進まないわけですね。

藤田ええ。途上国における支援問題では、しばしばぶつかる出来事です。気苦労の多い仕事ですけれど、こうした仕事を経験すると、いろいろ度胸がついてきます(笑)

人材育成に主眼を置くスーダンの「マザー・ナイル・プロジェクト」 現地の人たちが自ら保健医療の問題に向き合うようにする

スーダン・センナール州の「マザー・ナイル・プロジェクト」
日本人専門家が指導にあたる

池上 この連載の前回号でお伝えしましたように、私はこの夏、スーダンで、JICAがスーダン保健省と進めている母子保健援助プログラム「マザー・ナイル・プロジェクト」を取材しました。
 そこでまず感じたのは、途上国で女性が出産すること、そのこと自体の大変さです。
 日本では、出産で子供や母親が死んだりすることはほとんどなくなりましたが、途上国では今でも出産は命の危険を伴います。また、多くの妊婦は病院まで行くことができず、自宅での出産が多いという現状も知りました。
 もっとも日本でも50年ほど前までは、家で赤ちゃんを産むというのは当たり前でした。その点では、ひと昔前の日本と変わらないわけです。

藤田そうなんですよね。出産というのは、人間社会がある限り、基本的には古今東西、同じ行為ですから、基本は変わらないんです。

スーダン・センナール州、
村落助産師と彼女がとりあげた
生後3カ月の赤ちゃん

池上スーダンで感心したのはスーダン人の「村落助産師さん」の存在です。先進国のように医療専門家(医師)が赤ちゃんを取り上げるのではなく、スーダンでは村落助産師さんたちが出産の手助けをしているのです。自宅出産の割合が多いですから。
 「マザー・ナイル・プロジェクト」の基本姿勢は、現地の人たちが自分たち自身で保健医療の問題に向き合うようにすることです。それが実現できるような人材育成に力を入れていました。手間はかかるけれど、それこそが本来の援助のあり方なのではないか、という印象を強く受けました。

藤田今、池上さんがおっしゃったことに、母子保健問題の意味と目的とが集約されていると思います。
 途上国での母子保健プロジェクトというのは、先進国の医師がやってきて手術をしたり、赤ちゃんを取り上げたりすることではありません。なぜかというと、出産というのは、人間が存続する上で、絶対に避けて通れない行為だからです。ならば、現地の人の力でできるようにしないと意味がない。
 妊娠検査やお産の立ち会いなどを「母子保健サービス」と呼んでいますが、地元の人が、地元の文化の中で続けていけるようなかたちで母子保健サービスを提供することが大切なのです。地元に根づいたかたちでサービスを提供できてこそ、母と子の健康は改善され、家族は幸せになるのです。

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池上彰より INDEX途上国で医療の原点を知る「命の問題」(前編)「命の問題」(後編)
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