池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 途上国で医療の原点を知る「命の問題」ゲスト:国立国際医療センター 国際医療協力局 藤田 則子 氏

池上途上国への援助の意義もわかるけれど、まずは日本をどうにかすべきでないか――。国際協力について、日本国内にはそう考える人もいますよね。
 特に母子保健にからむ医療に関しては、日本国内で妊婦の診療拒否があったり、小児科医や産婦人科医が不足していたり、日本自身が問題を抱えています。ならば、国内の問題を優先的に考えるべきだ、日本の母子保健の現場を改善すべきだ、という意見もあります。
 どう思いますか?

藤田日本と途上国の問題は、別々に考えるべきではないと思います。医者が不足している、少ない人材でどうやりくりするか、といった具合に、多くの悩みはむしろ共通しています。

池上抱えている問題は同じということですね。

アフガニスタンでの「母乳推進ポスター」
女性は顔や肌を出すことができないため、
ポスターの母も顔を隠している
写真提供(国立国際医療センター)

藤田そもそも出産という行為に国境はありません。違う国の違う環境だとしても、医療従事者として母と子にサービスすることは同じです。
 私は、日本の若いお医者さんや看護師さんには積極的に途上国の母子保健の現場に出て行ってほしい、と思っています。途上国での経験は日本に戻って働くときに役立つはずです。医師や看護師としての幅も広がるでしょう。なにより、医療という仕事の本質に気づくことができます。
 今の日本で小児科医や産婦人科医が不足しているのは、「なぜ自分は医者になりたいのか」という根本的な問題意識が薄れていることが大きく影響しているように思います。
 途上国の医療の現場を見れば、医療従事者の使命について改めて考えるきっかけにもなります。お金を稼ぐことが第一の目的なら、医者ではなく、ほかにも選択肢はあったはずです。その中で、なぜ自分は医者という道を選んだのか、あえて違う環境に身を置くことで、その理由を見つめ直すことができると思うのです。

池上途上国の医療現場を目の当たりにすれば、「命の原点」を知ることにもなりますね。

藤田そうです。また、途上国では日本のように環境が整備されているわけでもありません。その中で働けば、日本の医療制度がどのように機能しているかに気づくこともできます。

池上途上国の現状を見ることで、日本がなぜうまくいっているかがわかるわけですね。メカニズムを知ることができれば、それを途上国にどう移転するかということも考えられる。それによって、さらにまた日本の保健医療制度についても考えられる。

キャリアを帰国後にどう生かすか 途上国支援と日本の医療問題の改善はリンクする

世界中の医療の現場で、日本人の専門家が活躍する

藤田「途上国支援などと言っている場合ではない。日本の現状をもっと改善すべきだ」という声もあります。が、日本の医療従事者の裾野を広げるためにも、途上国の厳しい状況をむしろ積極的に見てもらうことが必要だと思います。
 私が若いころは、普通の学生は国際保健についてほとんど知識がありませんでした。しかし、今は一般の人の目にも触れるようになってきています。学生時代や、学校を卒業したばかりの時期に、もっとそういうものに接する機会があってよいのではないかと思います。途上国の現場を体験してきた人は、自分自身もステップアップしています。その経験やスキルを帰国後に生かせるような体制を、日本の社会はもっと考えていくべきではないでしょうか。

池上帰国後のバックアップ体制をどうするかは大きな課題でしょうね。
 青年海外協力隊員として活躍した人たちが、日本に帰国してから就職で困っているという話をよく聞きます。実際に現地で彼らの活動を見たことがあるのですが、そこで感じたのは彼らのマネジメント能力の高さです。現地の人と働くためには、どうしても人を動かすためのマネジメント能力が求められる。そうした仕事をするうちに、知らず知らずのうちに素晴らしい能力が培われていくのです。しかし、せっかく素晴らしい力を身につけて日本に帰ってきても、それを生かす場がない。

藤田そういう意味では、私の所属する組織は日本の中では特異かもしれません。私のような立場の医療従事者が60人ほど所属しており、常に14〜20人くらいが年単位で海外に出ています。
 帰国してからは国内のプロジェクトにかかわったり、短期で海外に派遣されたりすることもあります。こうした体制がとれる組織がもっとあればいいのに、と思いますね。国際保健への取り組みは、ちょっと変わった人が自分の興味でボランティアとしてやっている、というわけでは決してありません(笑)。若い医療従事者を現場に送り出す仕組みと、帰国後のバックアップ体制の整備は大きな課題でしょう。

池上そのあたりがうまく機能すれば、途上国支援と日本の医療問題の改善が、よりスムーズにリンクしていくはずです。

当たり前のものがない、という現実 技術を教える前にやることが山ほどある

アフガニスタン:とある家族の家が保健センターに変身
保健センターにする建物が足りないため、
一般民家を借りて予防治療サービスを行う。
写真提供(国立国際医療センター)

池上途上国の母子保健の改善のためには、現場のマネジメントをいくつもやらなければいけないと聞いています。医師というよりはむしろマネジャーのようだとか。藤田さんもご苦労されたのではないでしょうか?

藤田私が最初にカンボジアに行った時にまず何をやったかというと、薬の確保でした。日本の病院では薬がないということはまずありえませんが、カンボジアでは「当たり前のものがない」のです。薬はもちろん、建物がなかったり、窓が壊れていたり、電気や水がなかったり。JICA の専門家として技術協力を行うことが任務でしたが、最初の2年間はそれどころではありませんでしたね。

池上物質的なマネジメントをまず行ったということですね。現場の人を動かすマネジメントについてはいかがですか?

藤田同じテーブルについて話をすることから始めました。
 みんなで一緒に話し合い、その中から自分たちで解決策を見つけ出せることも多いはずなのですが、彼らはそのような場を持ったことがなかったのです。日本の会社でも、例えば製造部門と営業部門がバラバラで、それぞれが自分の都合で社長に直訴しに行く、というようなことがありますよね。それと似たような状況で、同じ組織の中なのにお互いに話をするということがなかったのです。

池上典型的な御上陳情型……。それではお互いの事情も把握できませんね。

藤田そのような状況では、例えばヘルスセンターに助産師が1人配置されても孤立してしまうわけです。何をどう対処していいかわからない。何かあっても相談する相手がおらず、困りきった挙句、患者さんに「もう来ないでほしい」と言い出す助産師すら出てきます。そうすると、いくら行政が施設を設け、薬を配布しても、全く意味がありません。助産師さんがきちんと仕事ができる体制でなければ住民は信頼しませんし、当然サービスも受けようとせず、住民の健康も改善しません。

池上行政と現場の医療従事者をつなぐマネジメントが必要である、と。

藤田国際保健の専門家は医師や看護師といった医療従事者である必要はなく、マネジメント能力のある人がいいですね。逆に、有能な医療従事者であっても、現地の事情に合わせて柔軟に対応できない人、マネジメント能力が欠けている人では途上国の役に立たないと思います。

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