池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 すべての礎である「教育の問題」ゲスト:JICA 客員専門員(教育) 原 雅裕 氏

 今回は、「教育の問題」です。

西アフリカニジェールの小学校と子供たち

 スーダン、ウガンダと国際協力の現場を歩いて現地の専門家の方々が共通しておっしゃっていたのは、「教育」はすべての国際協力の礎である、ということでした。
 多くの途上国では、「読み書きそろばん」の教育がまず普及していていません。一般の人々の識字率が20%くらいしかない場合もあります。識字率が低いと、たとえば職業訓練や、母子保健の研修や、農業指導といった国際協力の現場で、テキストを使った授業ができません。また、数字に弱いとお金を扱う仕事をするのも難しくなります。
 逆にいえば、学校教育を普及させて、多くの人々の「読み書きそろばん」能力を上げることは、その国を成長させるための最大の力になり得るわけです。
 ただし、学校教育の普及には時間がかかります。効果もすぐには出ません。そのため「一番大切なのに、一番後回しにされる分野」でもありました。
 今回お話をおうかがいした原雅裕さんは、JICAの専門家としてアフリカのニジェールで「みんなの学校プロジェクト」を2004年からスタートし、同国の小学校教育を劇的に改善された方です。

原さんと「みんなの学校プロジェクト」のロゴマーク

 ニジェールの識字率は28%。親の多くが文字を読めません。原さんはこのプロジェクトで、そんな親たちに教育の大切さを実感してもらい、自分たちの力と知恵で子供たちのための学校教育を実現する手法を導入しました。それは、地域ごとに学校運営委員会の委員を選挙によって選び、さらに住民たちが意見を出し合って学校の運営計画をつくり、自ら実行するという、いわば地元住民が主役の学校教育改革でした。
 原さんは現地の人たちの進行役となって、気の遠くなるような改革の道のりを歩み、3年間でニジェール国内2800の小学校をこのプロジェクトで活気づけたのです。
 学校教育の改革は、政府と地元住民と教員とが一致団結しなければなしえません。三者それぞれが求めるものも思惑も異なるケースが多いだけに、三者の間に立ってプロジェクトを推進する裏方役としての国際協力機関の役割は、とても重要です。
 どうすれば、途上国の学校教育を改善できるのか、原さんのご経験とご意見をうかがってみましょう。

独立行政法人 国際協力機構(JICA) 客員専門員(教育) 原 雅裕 氏

現在、 JICA客員専門員 (教育)
1956年東京都出身。大学在学中リベリアに留学、卒業後は広告代理店勤務、フランス留学を経て、在ジュネーブ国連機関日本政府代表部、在ザイール(現コンゴ民主共和国)日本大使館などに勤務。東京で5年半フレンチレストランを経営した後、JICA企画調査員としてフランス語圏アフリカ諸国の開発政策、教育分野の企画調査を行う。2001年より、開発コンサルタントとして、各種調査、プロジェクトを実施に携わる。 2003年12月から2008年7月まで ニジェール「みんなの学校プロジェクト」チーフアドバイザー。 2007年4月よりJICA客員専門員(教育)。

教育は成果が見えるまでに時間がかかる だから、一番大切なのに、後回しにされてしまう

池上2009年夏、スーダンとウガンダを訪れた際に痛感したのは、読み書きができるということが、医療、技術、職業訓練など、国際協力のすべての礎であるということでした。教育がきちんといきわたっていなければ、あらゆる国際協力は長期的には無駄になってしまう。ただし、教育はすぐには効果が表れません。一番大切であるにもかかわらず、成果が見えるまでに時間がかかるため、どうしても後回しになってしまう。
 スーダン南部では、内戦が続いていたこともあり、学校不足、教師不足の深刻さを目の当たりにしました。実際に教師がいても、教師自身の学力が小学校を出ているかいないかのレベル。教師を養成しようにも、教師を養成できる人材がいません。そこから始めなければならないと聞いて、これは大変なことだと感じました。
 もっとも、日本も明治の初めのころは尋常小学校や高等小学校(注:明治時代から第二次世界大戦前までの初等教育の仕組みで、尋常小学校が最初の4年、高等小学校が次の4年を担う)を卒業しただけの人が先生をしていました。それを考えると似たような状況だとも言えますが、日本は長い時間をかけて現在のような高度な学校教育の体制を作り上げました。アフリカはそれを一気にやろうとしているところに難しさがあるという印象を受けました。

国の開発には教育は欠かせない礎であり、しかし時間がかかる故に後回しされるという池上さんのスーダン、ウガンダ訪問の際のご感想には同感です。
 しかし、なぜ、独立後50年近くもたっているアフリカ諸国の教育開発がいまだに遅れているのか、アフリカの学校教育の歴史について少しお話させてください。
 もともとアフリカのイスラム圏にコーランを教える寺子屋のようなものはありましたが、現在のような一般の人が学ぶ学校というものは存在しませんでした。西洋的な学校の始まりは、植民地時代の前後にキリスト教の伝道師がミッション系の学校を作り、そこで少数の現地の人々を受け入れてからのことですが、基本的には、宗主国は現地の人々の教育には熱心ではなかったのです。だから、アフリカ諸国の独立が相次いで、「アフリカの年」と呼ばれた1960年前後に、初等教育就学率が10%を超える国は非常にまれでした。

池上独立を果たすまでは、アフリカで学校教育制度はほとんど普及していなかったということですね。

自分のつくった「粘土細工」をみせてくれる子供たち。
彼らのためにどんな教育環境を用意できるだろうか?

その通りです。植民地支配から脱し、独立後、アフリカの各政府は教育制度の構築に努力してきましたが、最初に力を入れたのは、各国政府を支える官僚などを育成するためのエリート教育でした。
 60~70年代にニジェールで教育を受けた人たちの話を聞くと、小学校の成績上位者は奨学金をもらって進学し、高校を卒業すればほぼ100%官職に就くことができたといいます。さらに大学では、学費免除、奨学金の支給はもちろん、大学の寮や食費も無料で、宗主国に留学できるなど、非常に優遇されていました。
 官僚などの養成が一段落した後、本格的な教育制度の普及に乗り出すことになりますが、ここで財政面の問題に直面します。独立当初は経済成長も順調で、なんとか教育予算をまかなえましたが、アフリカ経済を支える一次産品などの価格が低迷すると、財政は破綻し、教育制度の普及どころではなくなりました。その結果、海外からの援助に頼らざるをえなくなったのです。

財政破綻で削られた途上国の教育予算 数字合わせでは現実は変えられない

池上そうなると援助国の意向に左右されそうですね。

そのとおりです。援助ドナーが教育開発の方向性に大きな影響力を与えた端的な例の一つが、80年代に世界銀行とIMF(国際通貨基金)が導入した構造調整融資です。
 世界銀行とIMFは、途上国の財政を健全化するために、その国の収入を増やして支出を減らすことを融資を受ける条件として定めました。当然のように思える条件ですが、さまざまな矛盾を抱えていました。何より、結果として多くの途上国の教育制度の立ち遅れを招いてしまったのです。
 まず、国の収入が急に増えるわけはないですから、必然的に目が行ったのが国家支出の削減です。ターゲットとなったのが公務員の削減。そしてアフリカで一番多い公務員は教員でした。
 かくして、教員を増やすな、ということになり、さらに教育予算も削られてしまいました。現場には教科書が行き渡らず、賃金カット、給与の遅配で生活が苦しくなった教員は頻繁にストライキをするようになりました。2、3年ストが続くこともあり、教育の現場は荒廃しました。結局、この構造調整融資は、社会セクターへの負の影響が大きく出た国があったことから、その後、撤回されていくことになります。

池上その後はどのようになりましたか。

国際社会 は1990年に、「万人のための教育(EFA:Education for All)」という大きな目標を掲げました。また、2000年には、EFAのフォローアップとして、セネガルのダカールで「世界教育フォーラム」が開催され、2015年までに世界中のすべての人たちが初等教育を受けられ、字が読めるようになる(識字)環境を整備しようといった目標が設定されました。アフリカ諸国への援助を行うドナーはこの目標達成を目指し、教育開発のための長期計画を策定するようになりました。
 この計画策定の中心となったのが世界銀行のエコノミストです。しかし彼らの考え方・やり方は、例えばまず10年後に初等教育の就学率を100%にする計画を作り、次に人口増加率も含めて10年後 に就学率100%の時の児童数を計算し、そのために必要な教室数や教員数などを計算して、最後に予算を割り出す、というようなものでした。

池上これは机上の計算であり、理論ですね。それは現場の実情とマッチするのですか。

理論どおりに現実が運ぶわけはなく、当然ながら予算は足りません。現行の教員の給与のままでは、教員数を必要なだけ増やせないため、教員の給与を下げる、あるいは新しい教員は契約制にして給与を安くする、さらには、もっと大量に教員を養成するために、養成期間を短縮するというような提言が出てきます。その提言が各国に受け入れられて新たな政策となっていきました。

池上現場では何が起こったのでしょう?

予算も人員も限られているので、ほとんどの場合、教室建設は間に合いません。学校ができないか、あっても教室数は不足しています。多くの学校は仮設教室か、質の悪い教室を使うことを余儀なくされます。 教員についても、人数が足りないうえ、速成された教員はそもそもまともな養成を受けていません。

池上学校が足りない、教科書が足りない、教師が足りない、教師は教え方も知らない―。私が見たアフリカの学校の窮状には、このような背景があったのですね。
 ないないづくしの中で、どこから手をつけるべきか、非常に難しいと思います。原さんはニジェールで「みんなの学校プロジェクト」を推進して成果を上げられたということですが、それはどのような取り組みなのでしょうか。

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