池上彰と考える!ビジネスパーソンの「国際貢献」入門 すべての礎である「教育の問題」ゲスト:JICA 客員専門員(教育) 原 雅裕 氏

池上形だけ作って権限委譲するような机上の政策では、うまくいくわけがありません。原さんが実践されたように、現場のニーズを政策に反映していく役割を演じることは大きな意味を持つと思います。

それぞれの立場でいろいろなニーズがあります。例えば政府の役人には、上部機関に「これだけの成果が上がった」ということをアピールしたい、というニーズがあります。政府としては、学校に教科書を配ったり、資金を供給したりするために、地域の学校運営委員会の能力強化を必要としていました。いくらいいモデルを作っても、普及できなければ、意味がありません。さまざまなニーズを考慮することが、モデルの価値と普及の可能性を高めます。私は資金を確保するため、このプロジェクトを世界銀行にも売り込んだのですが、実は世界銀行にもニーズはありました。現実的に普及が可能で、コストが安く、早く終わって効果が見えるモデルは世界銀行のニーズにもマッチしていたのです。

教育改善の取り組みをモニタリングするJICAのスタッフ

池上机上の理論から理想像を作り上げ、そこに向かって突進するやり方では、学校教育のような分野での国際協力で成果を出すのは難しい、ということですね。
 学校作りや教員の養成が間に合わないなら、限られた資源と時間で、関係者のニーズをできるだけ満たせるような仕組みを考えていく。本当の国際協力とはそういう手間のかかったプロセスを経なければ達成できないことが、原さんのお話でよくわかりました。

問題は、住民が自力でできる教育開発には限界があることです。教員の養成、教室の建設、教科書の配布などは国が行うべきことですし、個別の国際協力プロジェクトの活動の範囲を超えています。また、必要なところにお金が行ってないという問題もあります。資源の使い方を適正にしていかなければなりません。
 ただ、こうした課題に対しても、私たち国際協力の担い手が現地の人々とともにさまざまなニーズをまとめていき、政府に伝えていくことで、政策もよい方向に変わっていくと思っています。

読み書きできることで広がる世界 まず大人の意識を変えることが教育改善の近道

池上途上国の教育開発というと、必ず話題に上るのが識字率の問題です。プロジェクトを推進するにあたり、現地の人に研修を行うというお話がありました。校長以外は非識字者というケースも多いと思いますが、苦労はありませんでしたか?

私も最初は悩みましたが、非識字者だからといって理解能力が劣るわけではありません。単に読み書きを学ぶ教育機会がなかっただけの話です。非識字者への研修がうまくいかないとすれば、やり方がまずいのではないかと考えました。
 先に述べたとおり、研修ではさまざまなロールプレイを導入しています。実際に起こりそうなことをシミュレーションしながら話し合い、さまざまな人の意見をまとめていく。例えば「コンクリートの教室を作るのはお金がかかりすぎて無理。だから藁葺きにすべきだ」ということを理解するのに読み書きの能力は必ずしも必要ではありません。シミュレーションの中で、実際に役を演じたり、そのロールプレイを見たりすることによって、非識字者の人も、研修の内容を楽しく深く理解し、しかもその研修で得た知識を研修後も保つことができるようになりました。
 その際に、私たち国際協力の担い手の役割とは、議論が活発になり、かつ建設的なかたちで進むように、お手伝いするファシリテーター(進行役)です。当初は苦労もしましたが、場数をこなすうちに、私たちもどうすれば理想的なファシリテーションができるようになるか、勘所がわかってきました。そして、このファシリテーターの役も、徐々に現地の人ができるように指導していきました。

池上字を覚えたいという要望は出てこなかったのですか?

字を知らないことでいろいろ苦労していますから、識字に対するニーズは非常に高いですね。そこで多くの学校運営委員会では自主的に識字委員会を作り、識字教室を開く動きが自然と生まれました。40〜50歳くらいの大人たちがうれしそうに勉強しています。文字の読み書きができることで世界が広くなったり、明るくなったりという話はよく聞きます。

母が教育を考えるようになれば子供もその恩恵にあずかれる

池上親が読み書きを覚えて教育の重要さを自分自身で実感すれば、子供にも「学校に行きなさい」という具合になりますよね。学校教育というと、子供への教育ばかりに視線が集まりがちですが、原さんたちが手がけられた「みんなの学校プロジェクト」は地域の大人への教育から始まっているような印象を受けます。

そうなんです。教育でまず考え方を変えてもらうべきは、親のほうなんです。結局のところ、子供を学校に行かせるのは親ですから。
 まず大人の意識を変えるのは、遠いようで近道とも言えます。教育は人権にかかわることです。読み書きができるだけで世界が変わり、子供たちは人生の選択肢が広がることになるのです。

「知識がないのは無知の闇」 学ぶことで精神的な豊かさを得ることができる

池上識字教室では大人を対象に現地語を教えているとのことですが、ニジェールでは小学校の授業はフランス語で行われているそうですね。現地語しか触れたことのない子供が小学校でいきなりフランス語の授業を受けるのはハードルが高いような気がするのですが。

たしかに、小学1年生の退学率が高いのは「言葉の壁」の問題が大きく関係していると思います。ただ、その一方で、ニジェールの現地ではフランス語で学ぶことへの要望がとても高いのです。
 近隣国へ出稼ぎに行くような場合は部族間の言葉は通じず、共通言語はフランス語になります。また、フランス語の読み書きができれば働くことに有利になるので、親も習わせたがります。個人的には、まずは現地語で教えてからフランス語に移っていくのがよいのではないかと思っていますが、簡単に変えるのは難しいでしょう。言語問題は国会で議論されるレベルの話ですから。微妙で難しい問題です。

池上なるほど。内政にまでかかわってくるのですか。教育の問題は学校の問題だけではないということですね。
 ところで、アフリカの現地に行くと子供たちは本当にうれしそうに学校で勉強していますよね。一方、日本では「なんで勉強しなければいけないの」と思っている子供が多い。日本の子供や親たちに学ぶことの意味について尋ねられたら、どう答えますか。

素朴な校舎で遊ぶ子供たち。教育が彼らの未来を変える

難しい質問です。きちんとした回答になっているかどうかわかりませんが、私がアフリカで出会った女性の話を紹介しましょう。
 彼女は「知識がないのは無知の闇」だと表現していました。学ぶことによってその闇が拓けたというのです。世界を知る、さまざまな事象を知るという現実的な利益もあるが、精神的な豊かさを得ることができたといいます。

池上印象的な言葉ですね。「なんで勉強しなきゃいけないの」と言っている日本の子供は、いや、大人も、アフリカへ連れていけばいいかもしれません(笑)。これが勉強することだ、生きていくことだ、ということが実感できるでしょう。

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