02 池上彰と考える『SDGs入門』 取り組まないことが最大のリスク SDGsをイノベーションの突破口に

02 池上彰と考える『SDGs入門』 取り組まないことが最大のリスク SDGsをイノベーションの突破口に

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長期的な視野で「リスクとは何か」を考える

―― 地球の持続可能性への危機感が広がるなか、企業はSDGsにどのように取り組めばいいのでしょうか。

池上 企業が今後も持続可能であるかどうか、100年後も存続できるかどうかを考えることと、SDGsを達成することには、深いつながりがあります。こうした問いは、「今期の利益を最大化するにはどうしたらいいか」「時価総額を上げるにはどうしたらいいか」といった問いとは一線を画しています。

たとえば、今この瞬間だけ利益を上げたいのであれば、まだまだ世界中で需要のある石炭を採掘して販売し続けたり、絶滅の危機に瀕していても無制限に魚を獲り続けたりするでしょう。また、こうした事業を行っている企業に投資するのが正解なのかもしれません。

池上彰氏写真

しかし、石炭を燃やし続け温室効果ガスを排出し続けるとどうなるのか、一度その魚が絶滅してしまったらどうなるのか、私たちは容易に想像できます。石炭を使い続ければ地球温暖化は一層進むでしょう。おいしかった魚も、二度と食べることができなくなります。

ですから企業は、石炭に代わる再生可能エネルギーの開発や一時的な禁漁など、一見、損をしそうなこと、コストがかかりそうなことに取り組んでリスクを減らし、長い目で見たときの利益を最大化すべきなのです。

――企業は、長期的な視野で「リスクとは何か」を考えるべきということですね。

池上 そうです。リスクを減らし、事業の持続可能性を高めるには何をすべきかを、しっかりと考え直すのです。

そもそも、世界初の株式会社であるオランダ東インド会社も、リスクを減らす目的で設立されました。当時、ヨーロッパから船を出しアジアへ出かけ、胡椒などの香辛料を仕入れて帰ってくるビジネスは、ひとつのプロジェクトでした。プロジェクトが終われば、それで解散。香辛料の輸入事業に持続可能性はなかったのです。このためプロジェクトへの出資者は、無限責任を負わねばならない立場にあり、船の難破などでプロジェクトが失敗した場合には大きな負債を引き受けねばならなかった。そうしたリスクを減らすために、株主という出資者を募ってリスクを分散するという仕組み――株式会社が誕生したのです。

このように、株式会社はそれまでの商習慣の常識を一変させました。企業は今こそ、この株式会社の原点に立ち返るべきでしょう。つまり、現代における「リスクとは何か」を考え、そのリスクを低減させるためにはどうすればいいかを考える必要があります。

――リスクを考える上でSDGsが役に立つと。

池上 SDGsの17のゴールには、リスクを考える上でさまざまな示唆を含んでいます。例えば、ゴール8「働きがいも経済成長も」はどうでしょう。従業員を育てようとせず、持続可能性を無視した働き方を強要する企業、すなわちブラック企業というイメージを持たれることは、現代において大きなリスクといえますね。

2020年までにプラスチックストローを段階的に廃止すると発表したスターバックス。
飲み口の付いたストロー不要の再利用可能なふたや、代替素材のストローに置き換える

これからは、SDGsの逆を行くような事業活動をしていること、それを広く知られることも、大きなリスクになっていくでしょう。「ほかの店はみんな紙製に切り替えたのに、あの店はいつまでもプラスチックのストローを使っている」といううわさが広がれば、ネガティブな目で見られます。裏を返せば、SDGsに沿った事業活動をしている企業は、「使い捨てのプラスチックは使っていません」などと正しくアピールすることで、企業の価値を向上させられるということです。

SDGsとは、リスクをチャンスに変えるキーワード。従業員の襟元に17色のバッジをつけさせている企業は、そのことに気づいて、SDGsへの取り組みを積極的にアピールしているわけですね。

SDGsは優秀な人材確保の切り札、中堅・中小企業こそ取り組むべき

――SDGsに取り組むメリットはわかりましたが、コストもかかることですし、余裕のある大企業が取り組めばよいとの見方もあるようです。

池上 さまざまな面で余力のある大企業だけがSDGsに取り組めばいいというのは誤った思い込みです。むしろ、人材の確保に悩んでいる地方に基盤を置く企業や、中小企業ほどSDGsに真剣に向き合うべきでしょう。

少子高齢化が進む日本では、労働人口の減少が始まっています。新卒市場で空前の売手市場が続いていますよね。では、若者が企業を選ぶ時代に、その基準はどこにあるかご存じでしょうか。もちろん、給与は低いより高い方が好まれるでしょう。しかし、それだけが重視されているわけではありません。優秀な人材ほど、SDGsにどう取り組んでいるかを評価し、会社を選ぶときの重要な基準にしているのです。

池上彰氏写真

私は東京工業大学で学生に現代史を教えていますが、毎年、必ずある化学会社の話をします。それは1960年代に深刻な公害病を引き起こした会社で、主力工場はとある私鉄駅のすぐ前にあります。その距離感は、まるで東急電鉄大岡山駅と東工大のような近さです。もしも、東工大生が駅の近くで騒いでいたら、駅前の商店街の人たちは迷惑だと思うでしょう。それでも、彼らは商店街の店で飲食をするし買い物もする大事なお客さんだから、商店街は東工大生の多少の迷惑には目をつぶります。

こういった話をすると、東工大生は、公害病を引き起こした化学会社とその地域の人々との当時の関係が、東工大生つまり自分たちと大岡山の駅前商店街の人たちと同じような関係であったことが容易に想像できるのです。さて、東工大生が1960年代にその化学会社の工場に勤務していたとしましょう。そして、自分の勤める工場が有害な廃液を川に流していて、それが流域に暮らす人たちの健康を害していることに気づいたとしましょう。流域住民もどうやらそれを疑っていますが、工場で働く人たちは大事なお客さんなので、声高には指摘できない。

多くの東工大生が行き交う東急電鉄大岡山駅前の商店街

「そのとき、化学会社の社員である君は、どうするか」――講義の中で私は学生に問いかけます。同じような状況が、いつ自分の身に起きても不思議ではない。東工大を卒業し、どこかのメーカーに入り、派遣された海外の工場の近くで妙な病気が流行し、その原因が自社工場にありそうだと気づいたとき、どうするか。こうした話をすると、学生の顔つきが変わります。働くとはそういう決断を迫られる立場に立つことなんだと言うと、それまでは退屈そうに私の話を聞いていた学生が、とたんに真剣になるのです。

――若い学生にとって、企業自体の持続可能性はもちろん、社会の持続可能性に向き合わないような会社は評価しないということですね。

池上 今の学生は、仕事を通じて自分自身が幸せな人生を過ごすためのお金を手に入れるだけでなく、社会に貢献することに価値を感じています。そうした価値観を持つ優秀な人材を欲するのであれば、彼らに選ばれる企業になるべきです。

この機会に、今取り組んでいる事業とSDGsの17のゴールを付き合わせてみてください。どのゴールとも無関係などと言い切れる事業はないはずです。そしてSDGsに合致する持続可能なビジネスが見つかったら、事業の強みとして伸ばすとともに、その事実を広く、分かりやすくアピールすべきです。それが、より多くの支持者を集め、企業の持続可能性を高めることになるのです。

SDGs は未来への道しるべ、原点に立ち返りイノベーションを起こせ