05 池上彰と考える『SDGs入門』 すべての人に健康と福祉を届ける 日本の医療保健システムに熱い期待

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安心・安全な医療インフラでミャンマーのUHCに貢献
北島酸素

中小企業が海外でビジネスを立ち上げることは容易ではありません。しかし、少子高齢化が進む日本の国内市場においては今後、飛躍的にビジネスを成長させることは難しく、多くの企業が海外市場に活路を見いだそうとしています。徳島市に本社を置き、医療用・工業用ガスの製造・販売を事業の柱とする北島酸素もまた同じ課題を抱えていました。

2013年、北島酸素は海外ビジネスの可能性を探ろうとミャンマーの医療事情の調査を開始します。その後、JICAの海外展開支援などを活用しながら、徐々に取引先を開拓。2019年はじめには現地工場も稼働し、順調に事業を拡大しています。ミャンマーにおけるUHCの実現と、事業の成長を同時に実現した同社の戦略を追ってみましょう。

日本で培ったシステムを海外で展開

北島酸素の強みは、高品質な医療用酸素ガスを安全かつ安定的に供給するシステムにあります。同社ではこれを北島ROC(Responsible Oxygen Cycle)システムと名付け、同業他社との差別化を図っています(下の図)。

北島ROCシステムの概念図
衛生・安全基準を満たした酸素ガスおよび容器の品質管理、工場から病院までの安全配送、
安定供給を、IoTを活用した高信頼なシステムとして実現している

北島酸素
代表取締役社長
篠原宏子さん

「24時間365日体制で、高品質な医療酸素を供給しています。それを支えているのは、高度な技術を持つ当社のプロフェッショナルたち。生産工場から運輸、営業、管理に至る各部門で、高圧ガスの製造や販売に関する有資格者を配置しています」と、北島酸素 代表取締役社長の篠原宏子さんは説明します。

一つの出会いに導かれてミャンマーを目指す

国内で安定したビジネスを展開している北島酸素ですが、2013年にミャンマーに初めての海外進出を果たします。なぜ、ミャンマーなのでしょうか。同社専務取締役のブラッドリー・シェリーさんは、ある人物との出会いがきっかけだったといいます。

「その方は、ミャンマーで長く船舶関係の事業を行っており、現地に幅広いネットワークを持っておられました。徳島への郷土愛も深い方で、ミャンマーと徳島の企業をつなぎたいと思われたのでしょう。私たちの事業を知り、ミャンマーの実態を見にきてほしいと、現地のガス会社や民間病院のキーマンとの面談をセットしてくれました。おかけで私たちは円滑に市場調査を進めることができ、本当に助かりました」

北島酸素専務取締役
ブラッドリー・シェリーさん

実際にミャンマーの病院を視察したシェリーさんは、その劣悪な状態に驚いたといいます。「医療用ガスは、安全・衛生・品質の3つが重要です。ミャンマーの病院はそのどれもが整っていませんでした」

安全面では、ボンベなどの機器が何十年も検査されずに使われ、バルブにヒビが入っていたり壊れていたりして、いつ爆発が起きても不思議ではない状態でした。衛生面では、錆びついたボンベが患者の枕元に消毒もされないまま置かれていました。さらに品質面では、医療用酸素として供給されているにもかかわらず酸素濃度が70%程度のところもあったといいます。これでは、患者さんに適切な酸素量を吸入させることはできません。

ミャンマーの病院では医療ガスが適正に管理されていなかったため、
北島酸素のスタッフが医師に対して日常点検をするように指導を行った

こうして独自の調査を行った結果、北島酸素はミャンマーの医療レベルの改善はこれからで、同社の医療ガス供給システムの市場性は高いと判断。より詳細な調査を行うために、JICAの2015年度の中小企業海外展開支援事業(現:中小企業・SDGsビジネス支援事業)案件化調査に応募しました。

JICAのネットワークを活用しトップダウン営業を展開

JICAの案件化調査のスキームを活用することにした理由を、シェリーさんはこう説明します。

「理由は大きく2つあります。1つめは独自に民間の病院の調査を進めて、医療ガスの不十分な管理を目の当たりにし、私たちのシステムで医療のレベルを上げたいと強く思ったこと。2つめは、JICAは現地政府とのパイプがあるため、保健省や国公立病院にアプローチできると考えたからです。医療の質を全国的にレベルアップするには、国の政策として取り組む必要がありますから」

1つめの狙いからは、まさにSDGsのGoal3「健康と福祉」への貢献が、事業への動機になっていることが分かります。そして2つめの狙いについては目論見とおりの展開になりました。JICAのプロジェクトとして採択後、ミャンマー保健省のヘルスケア部門の局長と面会でき、その後の調査や実証試験を大きく後押ししてもらえることになりました。

案件化調査では、ミャンマーにある約1100の国公立病院のうち40軒ほどを訪問して調査を行いました。都市部の大病院や中規模病院、山間部や沿岸部の診療所など回り、ガスの価格やガス事故・事件の実態などの詳細なデータを集めました。この生きたデータを基に、北島酸素は、現地でROCシステムの実証事業を行うことを保健省に提案。JICAの2017年度の中小企業海外展開支援事業の普及・実証事業(現:中小企業・SDGsビジネス支援事業の普及・実証・ビジネス化事業)に応募し、再び採択されました。

「ミャンマーの病院にROCシステムをどのように適用させていくか。2018年から3年をかけて、5カ所の病院で実証を行っています。3カ所がヤンゴン市内で、2カ所が地方病院です。この実証事業と並行して、医療用ガスの販売や配管工事、周辺機器の販売などのビジネスも展開しています。JICAのスキームのおかげで多くの国公立病院とパイプができ、ROCシステムの有用性を理解してくれる医師が増えてきたからです。当社が独自に動いただけではここまでスムーズに商談は進まなかったと思います」というシェリーさんは、JICAプロジェクトに対する現地の信頼を実感したといいます。

ミャンマーでのROCシステムの普及実証事業で見えてきたのは、医療用ガスを管理する医療スタッフの教育の重要性でした。そこで医師や看護師、施設スタッフなどを対象に、医療ガスを安全かつ衛生的に取り扱うための勉強会や講習会を各地で開催しました。こうした地道な活動が実り、同社は徐々に取引先の病院を開拓していきます。

医療用ガスや高圧ガス容器の安全な取扱い方法について病院スタッフを対象にセミナーを開催した

医療ガス供給システムのスタンダードをつくる

北島酸素は2018年10月にミャンマー現地法人を設立しました。現在、20人ほどの現地採用のスタッフが活躍しています。2019年1月には酸素製造工場も稼働を開始し、さらなる受注拡大に対応する準備も整いました。

2019年1月にはミャンマーの酸素製造工場が稼働開始した

「JICAの事業を進めながら、ミャンマーの保健省と共に全国版の医療ガスマニュアルの作成にも取り組んでいます。当社のROCシステムをベースとした供給システムが標準になれば、ミャンマーでのビジネス機会がさらに広がると期待しています。これからもミャンマーの医療レベル向上に貢献できるように精進していきます」と篠原社長。

10年後には本社と同等のスケールにすることが目標といいます。最近は、優秀な人材を採用しやすくなったことも明かしてくれました。同社は経営理念に“夢のある会社”“未来の会社”を掲げていますが、海外でSDGsビジネスを展開していることが若者の胸に刺さっているのかもしれません。

次回の連載第6回では、都市問題の解決に立ち向かう日本企業と
JICAの取り組みを紹介します。