マスタープランづくりから事業実現まで、JICAの一貫した協力体制
国際協力機構(JICA)は、世界のさまざまな都市開発の支援に取り組んでいます。それは、どのような考え方に基づいて進めているのでしょうか。
現在、途上国の都市が直面している問題の多くは、過去において日本も直面し、乗り越えてきたものです。そこでJICAは、下の図のように、日本の知見と経験を生かせる6つのターゲットを設定し、都市開発を包括的にサポートしています。
「都市分野の協力」(平成25年2月)より
では、JICAの強みはどこにあるのでしょうか。JICA社会基盤・平和構築部次長の荒仁さんはこう話してくれました。
「総合的な都市開発のビジョンづくり、すなわちマスタープランの策定から事業実施、キャパシティディベロップメントまで一貫した協力を行っていることです」
都市開発分野の協力は、都市の現状や課題、相手国政府の組織・体制、他の援助供与国の動向を把握しながら、相手国と協議を重ねながら進められます。都市の課題を解決するためには、また調和のとれた都市の実現には、短期的な対応を行うとともに、20年先、30年先を見据えた都市開発のビジョンに基づき対応策を検討していくことが重要です。
道路整備や河川改修といったインフラ整備はこの主要な「対応策」の一つですが、都市開発ビジョンや都市全体の開発の方向性に基づき、計画を作成し事業を実施していくことが大切であり、そのためにはマスタープランの策定が重要になってきます。
マスタープランの策定は、まず基礎情報の収集から始まります。国勢調査の人口データや社会・経済指標を参考にしたり、家庭訪問調査で世帯情報を調べたりします。独自に開発したJICA-STRAD(交通需要予測システム)で将来の交通量を予測することもあります。また、都市開発マスタープランでは土地利用計画が重要な要素となりますが、この土地利用計画やインフラ整備の基礎となる地図を作成することもあります。例えば、ミャンマーのヤンゴン等では都市開発のマスタープランの作成を支援するにあたり、5000分の1のデジタル地形図を作成し、計画策定や都市開発管理に活用しています。
次のステップでは、都市の効率的な発展を目指す開発戦略ビジョンを立てます。都市化を進める開発地区と都市化を抑制する地区等の土地利用計画を作成するとともに、都市の骨格となる基本インフラや人々が快適に暮らすための生活インフラの整備方針を示していきます。
こうして道路や水道、電力など各セクターの具体的な計画をつくります。また資金協力の計画を検討することもあります。マスタープランの実現には、インフラ整備とあわせ都市管理の仕組み、土地区画整理等の都市開発事業を実施するための仕組み、これらの仕組みを運用する行政組織のキャパシティディベロップメントも必要になります。
住民の合意形成を大切にし、人材研修にも力を入れる
都市開発プロジェクトを進めていくときに欠かせないのが合意形成です。相手国政府、地域住民などプロジェクトに関わる人々の合意形成が図られなければ計画はスムーズに進まないからです。
「ワークショップなどを開催し、住民の参加を促し、理解や納得を得るようにしています。住民の皆さんにもオーナーシップを持ってもらって初めて実現に向かって動き出すと考えています」(荒さん)
JICAは人材育成にも力を入れています。都市開発分野では年間約15コースの研修が行われており、毎年170人以上の研修生が日本で学んでいます。日本で学んだ研修生が自国だけでなく近隣諸国へ知見を広めることもあり、例えば、JICAとコロンビアの帰国研修生が協力して中南米諸国で研修を行っています。
「日本での研修では具体的な都市開発事例を訪問し地方自治体等の関係者と意見交換を行いますが、このような実体験に基づいた話は相手にとても響きます。日本は相手国をリスペクトしながら寄り添い、一緒に計画をつくっていきます。経験やノウハウ、知恵を支援するのがJICAだと相手国は理解してくれるのではないでしょうか」。JICA社会基盤・平和構築部課長補佐の川辺了一さんはこう話します。
マスタープランづくりから都市開発支援を行っているのがモンゴルの首都ウランバートルでの「国家総合開発計画策定プロジェクト」です。ウランバートルの人口は約130万人で、モンゴルの人口の約半分が集まっています。1990年に市場経済への移行が始まってから急速に都市化が拡大。市の人口の約6割が郊外のゲル(移動式住居)に居住し、石炭でストーブを焚くなどして冬の大気汚染が社会問題になっています。
JICAは2007年からマスタープランづくりに着手し、札幌市と旭川市の協力を得て、市場経済における都市計画のあり方を検討するとともに、マスタープランの策定支援後は、住民との合意形成に基づく都市再開発法の制定の支援、都市再開発事業の実施支援、等を行ってきました。過去10年間にモンゴル国内でワークショップを行い、延べ800人以上が研修に参加しています。これによりモンゴルの関係者自身によって、都市開発マスタープランのレビューや様々な都市開発事業が進められています。
ウランバートル郊外のゲル地区
「国家総合か初計画策定プロジェクト」協力現場の写真より 写真提供:JICA
冬のウランバートル市全景。上空に大気汚染の層が見られる
「国家総合か初計画策定プロジェクト」協力現場の写真より 写真提供:JICA
Build Back Betterで災害に強い社会を再構築
都市開発の中で、防災の側面を見てみましょう。安全、強靭で持続可能な都市の形成。この課題は災害に強い都市づくりと言い換えてもよいでしょう。自然災害に多く見舞われる日本は、これまでに「国連防災世界会議」を3度開催してきました。1994年の第1回(横浜)、2005年の第2回(兵庫)、そして2015年の第3回(仙台)です。
第2回会議では2005年から2015年までの国際的な防災の取り組み指針「兵庫行動枠組み(HFA)」が示され、その後第3回会議でその後継として「仙台防災枠組み2015-2030」が採択されました。その4つの優先行動は以下の通りです。
・優先行動1:災害リスクの理解
・優先行動2:災害する区管理のための災害リスクガバナンスの強化
・優先行動3:強靭化のための災害リスク削減への投資
・優先行動4:効果的な応急対応のための災害への備えの強化と、復旧・再建・復興におけるより良い復興(Build Back Better)
企業活動と経済のグローバル化が進展したことにより、ある国で発生した災害は世界規模で影響を与えるようになりました。2011年、タイで発生した洪水は自動車、電機、流通などあらゆる業界のサプライチェーンを寸断し、製品やサービスの供給が停滞して世界的に問題になりました。
防災への事前の取り組みは安定した経済成長に欠かせません。仙台防災枠組みでは日本が主張してきた「防災への投資」の重要性が共有されました。
JICAは仙台防災枠組みの優先行動を踏まえ、下の図のような優先課題を設定し、災害マネジメントサイクル(抑止・減災、事前準備、応急対応、復旧・復興)のすべての段階における協力を実施しています。
JICAがマスタープランを策定し支援する代表的なプロジェクトがフィリピンのパッシグ・マリキナ川河川改修事業です。パッシグ・マリキナ川はフィリピンの政治・経済・文化の中心であるマニラ首都圏を流れているため、その洪水被害を軽減しなければフィリピン全体の安定的な経済発展は達成できません。
JICAは1990年、「マニラ洪水対策計画調査」としてマスタープラン策定支援を始め、これまでのフェーズ2、3でマニラ首都圏での浚渫(しゅんせつ)や護岸工事を支援してきました。
護岸が整備されたバッシグ川上流域右岸 写真提供:JICA
フェーズ4では残りの地区の護岸工事等を行うとともに、マンガハン分流堰を建設し、マニラ首都圏での洪水リスクをさらに軽減させます。分流堰で水の流れを制御し、バイパスとなるマンガハン放水路に計画的に洪水を分流するのです。2019年度は詳細設計を実施し、その後、工事の入札手続きに入る予定で、フェーズ4がパッシグ・マリキナ川河川改修事業の総仕上げとなります。
パッシグ・マリキナ川河川改修事業の対象区域
災害はひとたび発生すると人命、企業や社会の財産、貴重な時間、発展の機会などを奪ってしまいます。しかし、もし事前に備えがあれば、災害のリスクや被害を軽減することができるでしょう。「より良い復興(Build Back Better)」とは、災害マネジメントサイクルを繰り返す中で、事前投資を増やし、次第に全体の負担を軽減していくというもの。JICAの災害復旧・復興は「Build Back Better」の考えに基づくもので、次の災害に備えた、より災害に強い社会の構築を目指す内容になっています。
次頁からは、都市問題の解決に向け、JICAと連携してビジネスを展開している企業の事例を紹介します。
楽しい株式会社