06 池上彰と考える『SDGs入門』 途上国の都市問題に挑む 課題先進国・日本の知識と経験を世界へ

06 池上彰と考える『SDGs入門』 途上国の都市問題に挑む 課題先進国・日本の知識と経験を世界へ

Twitter Facebook LinkedIn

都市で大量廃棄される食品廃棄物を“地域資源”に
楽しい株式会社

食品残渣(ざんさ)のリサイクルを手がける北九州市の楽しい株式会社(以下、「楽しい」)は、JICAの中小企業・SDGsビジネス支援事業により、「マレーシア国食品系廃棄物の堆肥化及びリサイクルループの構築に係る普及・実証・ビジネス化事業」に今年9月から本格着手しました。

高原リゾートから250キロ離れた場所に野菜残渣を運搬

マレーシアの首都クアルンプールから北へ約150キロメートルにある高原リゾート地のキャメロンハイランド市。ここは標高1500メートルを超え、年間の平均気温が22度前後と涼しく、レタスなど葉物野菜の生産地としても知られています。紅茶「ボーティー(BOH TEA)」のBOHはBest of Highlandsの略で、キャメロンハイランドがその一大生産地。日本向けのキクの花なども栽培しています。

マレーシアのキャメロンハイランドでの調査にて 写真提供:楽しい株式会社

キャメロンハイランド市の課題は大量に発生する野菜残渣と食品残渣(ざんさ)。1日当たり12トン、年間4000トンも食品系廃棄物が生じるため、市当局は4年前に焼却炉を建設しました。ところが、野菜残渣は水分を大量に含むため、焼却炉がうまく稼働しません。そこで250キロメートルほど離れた埋め立て処理場までトラック2台で運ぶことにしたため、その運搬と埋め立てのコストが大きくかさんでいたのです。

キャメロンハイランドのレタス農家から出る野菜くず 写真提供:楽しい株式会社

そうしたなか、「楽しい」に期待を寄せたのがマレーシアの固形廃棄物・公共清掃管理公社(SWCorp)でした。SWCorpからの依頼は、単に食品系廃棄物を処理するだけではなく、堆肥化して新たな野菜づくりに利用するというリサイクルループをつくって欲しいというもの。今回のプロジェクトでは、野菜残渣1.8トンと生ごみ0.2トンの合計日量2トンの廃棄物を処理するため、処理能力1トンの食品残渣(ざんさ)の発酵分解装置(コンポストマシン)2台をキャメロンハイランドの堆肥化センターに設置しました。

キャメロンハイランドで実施予定の将来の事業化構想図。
北九州市で行った食のリサイクルループ構築の技術とノウハウをマレーシアに移転した 資料提供:楽しい株式会社

キャメロンハイランドの堆肥化センターに設置予定の処理能力1トンクラスの
食品残渣(ざんさ)発酵分解装置2台(日本で撮影) 写真提供:楽しい株式会社

「今回のプロジェクトは、野菜の産地であるキャメロンハイランド市の課題解決に取り組みましたが、食品系廃棄物は多くの場合、都市の問題です。私たちがこれまで北九州市を中心に日本の各都市で取り組んできた試みが評価されたのだと受け止めています」と、楽しい株式会社代表取締役の松尾康志さんは話します。

それでは、「楽しい」が日本で展開する食品系廃棄物のリサイクル事業には、どのような特徴があるのでしょうか。

カルピスの「枯草菌C-3102株」、北九州市のエコタウン事業

食品の売れ残りや食べ残し、製造・加工・調理の過程で生じた食品廃棄物の問題はここ数年で社会問題化したわけではありません。1990年代には食品メーカーやスーパーなどの製造・流通事業者のほか飲食店などの事業者が排出する食品廃棄物が問題になっていました。2001年5月には「食品リサイクル法」が施行され、その翌月に「楽しい」が設立されました。

楽しい株式会社代表取締役の松尾康志さん 撮影:長坂邦宏

松尾さんが野菜残渣を処理するキー技術として注目したのは、アサヒカルピスウェルネス(東京・渋谷)の「枯草菌C-3102株」です。「中高齢者の腸内環境を整えるなど多方面で利用されている微生物ですが、これが野菜残渣の分解にも有効でした」(松尾さん)

野菜は水分が多く、すみやかに分解しないと腐って悪臭が生じます。「枯草菌C-3102株」を含んだ堆肥化促進材を発酵分解装置の中に加えれば、野菜残渣が24時間で90%以上減量され、水分が微生物と一緒に抜けていくことがわかりました。4年ほどかけて安定的に運用できる技術を確立し、得られた堆肥を農地で使うと、大根やニンジンも収量が40%以上増え、味も「苦味」「渋味」が減っておいしくなるという結果が得られたそうです。

その技術を用いて「楽しい」は、北九州エコタウン事業に参加し、「廃棄物とバイオマスの新資源化システム」を提供してきました。エコタウン事業とは、最終的には廃棄物のゼロ・エミッションを目指し、資源循環型社会を構築していくことを目的としています。北九州エコタウンは1997年に当時の通産省からエコタウンプランの第1号の承認を受け、その取り組みは国内にはもちろんのこと、アジアの国々にもよく知られています。

「楽しい」が北九州エコタウンで取り組んでいるのが年間4000トンの野菜残渣のリサイクル事業。ちょうどキャメロンタウンで普及・実証・ビジネス化に取り組む規模と同じです。

「北九州エコタウンのブランド力は海外でも大きいのです。JICAからも『北九州で実績があり、その安定感、安心感がある』との評価をいただいています」と松尾さん。

「段階的活用が有効なJICAの仕組み」

じつは「楽しい」がマレーシアでリサイクル事業を手掛けるのはキャメロンハイランドが初めてではありません。JICAの草の根技術協力(地域経済活性化特別枠)を活用し、北九州市が2014年10月〜2016年9月にマレーシアの山岳地帯フレーザーヒルで実施した廃棄物管理改善事業に、同社も参加したのです。

「フレーザーヒルはマレーシアの代表的な観光地ですが、山麓までのゴミの運搬が大きな負担になっていたのです。これを解決するため、ゴミの分別収集、リサイクルシステムの構築とともに、生ゴミについては発酵分解装置で処理することを試みました」と、松尾さんは説明します。

マレーシア・フレーザーヒルでの廃棄物管理改善事業で設置された
「楽しい」の食品残渣(ざんさ)発酵分解装置 写真提供:楽しい株式会社

フレーザーヒルでの経験を生かさないのはもったいないと考え、キャメロンハイランドにおける食品系廃棄物の堆肥化およびリサイクルループ構築事業に挑戦することにしました。まず2018年にJICAの「中小企業海外展開支援事業の案件化調査(現:中小企業・SDGsビジネス支援事業)」に応募、採択されます。それが冒頭で紹介した今年8月からの普及・実証・ビジネス化事業へとつながっていきます。

「JICAの草の根技術協力事業、案件化調査、普及・実証・ビジネス化事業へとステップを踏んで進んできました。必要なタイミングで必要な支援をいただけたことに感謝しています。現地のニーズに貢献できる技術を持っていても、事業化までには調査費用がかかり、リスクも伴います。それらを全て中小企業が自らまかなうことは困難です。JICAの民間企業を支援する仕組みがなければ、こうした事業を中小企業が実現するのは困難です」と、松尾さんはJICAプロジェクトの有用性について語る。

「食品の循環」「菌の循環」「水の循環」に取り組む

「楽しい」は野菜残渣を効率的に分解する「枯草菌C-3102株」を用いた発酵分解装置をこれまでに自治体や民間企業に650台普及させています。しかも、単に装置を販売するだけではなく、装置で得られた堆肥を契約農家や農業法人に販売し、それを使って新たに野菜を栽培してもらうというループづくりに取り組んできました。

今年4月からは新たなビジネスモデルにも挑んでいます。NTT西日本の子会社で設備保守などを行うNTTフィールドテクノ(大阪市)と食品リサイクル事業で連携し、「地域食品資源循環ソリューション」を提供すると発表しました。

その内容は、「楽しい」の発酵分解装置を食品残渣(ざんさ)堆肥化事業における実績の点で高く評価したNTTフィールドテクノが買い取り、同社が食品加工事業者や外食店舗などにレンタルで提供、NTTフィールドテクノがITを利用して発酵を終えた残渣である発酵分解床を定期的に効率よく回収し、堆肥化します。そうして得られた堆肥を地域の農家や農業法人に販売することによって、食品を地域資源として循環させようという構想です。

今年9月の展示会では、NTTフィールドテクノのブースで
「地域食品資源循環ソリューション」が出品された 撮影:長坂邦宏

「楽しい」では、こうした構想を日本国内だけでなく、マレーシアでも展開したいと考えています。

「野菜残渣の処理は、『食品の循環』『菌の循環』、そして(野菜汁から生まれる)『水の循環』につながる問題だと考えています。どれも都市問題に欠かせない重要なテーマです。それを日本国内、海外ではまずマレーシアで実現したいと思います」(松尾さん)

今回の取り組みは、SDGsのゴール11の「住み続けられるまちづくり」をはじめ、ゴール12の「持続可能な生産と消費」などに貢献するものです。最後に松尾さんはこう話してくれました。

「SDGsへの取り組みは何も特別なものではなく、世界中の誰もがやらなければいけない話です。日常の一つひとつの行動がSDGsにつながっていることが大切なのではないでしょうか」

先進的な大気浄化技術で途上国の環境改善に挑む
大阪ガスエンジニアリング株式会社