06 池上彰と考える『SDGs入門』 途上国の都市問題に挑む 課題先進国・日本の知識と経験を世界へ

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先進的な大気浄化技術で途上国の環境改善に挑む
大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング株式会社

日本国内では需要の拡大が難しい先進的な環境対策技術を途上国や新興国に展開し、ビジネスを拡大する企業は少なくありません。大阪ガスおよびそのグループ会社の大阪ガスエンジニアリングは、JICAの民間技術普及促進事業を通じて、長年培った大気浄化技術をインドネシアに導入し、新しい市場を切り開こうとしています。

ASEAN、特にインドネシアやフィリピンなどの新興国は、急速な経済成長にインフラ整備・車両整備が追いつかず、交通渋滞などに伴う自動車排ガス問題が深刻化しています。インドネシア最大の都市ジャカルタでは近年、呼吸器疾患の原因となる大気汚染物質であるNOxの濃度が世界保健機構(WHO)のガイドラインの2倍近いレベルに達し、13~14歳の児童のぜんそく罹患率が日本の数倍といわれています。

大気汚染が深刻な社会問題になっている
インドネシアの都市ジャカルタ 写真提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

「2010年頃から大気浄化装置の市場性を探るため、中国やASEANの国々の大気汚染状況や環境対策を調査し始めました。そうしたなかで、大気汚染の問題が特に深刻なインドネシアに照準を定めました」。大阪ガスで大気浄化装置の開発、大阪ガスエンジニアリングではそのマーケティングを担当している吉川正晃さんは、進出の背景をこう話します。

大阪ガスエンジニアリング エネルギー・環境事業部 第1技術部次長の吉川正晃さん 撮影:編集部

吉川さんは、大阪ガス エネルギー技術研究所で20年以上にわたって大気浄化装置のキーテクノロジーである高活性炭素繊維(Activated Carbon Fibers:ACF)の研究開発をリードしてきました。2008年からは事業会社の大阪ガスエンジニアリングにも籍を置き、ACFを活用した製品の開発とマーケティングを担当しています。

「市場調査を進める中で、インドネシアのバンドン大学の研究者の協力を得ることができ、同国に進出することを決めました」と吉川さん。長年、世界の環境分野の研究者との交流を深めるなかで、市場を開く突破口を見いだすことができたのです。

有害物質を高速除去するキーテクノロジー、ACF

世界が注目する日本の環境技術。大阪ガスの大気浄化技術を実現しているのは、有害物質を吸着・除去する素材、高活性炭素繊維(ACF)です。ACFは浄水器のフィルターなどとして広く使われていますが、大阪ガスのACFは有害物質を吸着・除去する速度が非常に速いのが特徴です。髪の毛の5分の1くらいの細い繊維の表面にミクロポアという非常に小さい穴が均一に形成されており、従来の活性炭に比べて10倍以上の速度で有害物質を除去することができるといいます。

この特性を生かし、2007年には大気汚染が深刻な交通量の多い道路沿いに設置する大気浄化装置を製品化しました。ACFでつくったフェルト(布)とアルミ製のセパレーターを平行に並べ、その間に風(排気ガス)を通すことによってNOxを除去する、ユニット型の装置です。開発を主導した吉川さんは、この装置の実用性の高さを次のように話します。

「従来、道路沿いに設置する排気ガス除去装置は、光触媒を利用したものや土壌中の微生物を活用したものなどがありましたが、投じる材料費や施工費、運用費に見合うNOx除去効果が得られず、普及していませんでした。これに対し当社の装置は、自然の風や車両の走行風だけを利用し、電気動力を用いずに大気を浄化するので運用にコストがかかりません。また、雨が降ればフェルトに吸着された有害物質が洗い流されるため、長期間効果が持続するので、費用対効果が高いのが特徴です」

左の図は、大気浄化装置の道路への設置イメージ。右の図は、ACFが大気中のNOxを
吸着・除去する仕組みを模式的に示したもの 資料提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

ACFでつくったフェルトとアルミ製のセパレーターを平行に並べたACFユニット(左)と、
そのNOx除去機能を調べる実験装置(右) 撮影:編集部

同社の大気浄化装置は、大阪市西淀川区出来島や港区市岡元町の国道に設置され、高いNOx除去効果を発揮。光触媒と比べて100倍の浄化機能が確認されたといいます。特に市岡元町の交差点では、200メートル四方のエリアで、1日当たり大型車2000台分の通過が減ったことに相当する除去効果が得られたといいます。

この優れた性能を引っ提げ、全国の自治体などに装置を販売しようとしましたが、当初の目論見通りにはいきませんでした。

「日本は道路環境が整備されていますし、ハイブリッド車や電気自動車などの低公害車もどんどん普及していますので、大気汚染の問題が減っているのです。大気浄化装置の市場も縮小傾向にあります」と、吉川さんは実情を語ります。高度な環境技術でありながら、日本では需要拡大が見込めない大気浄化装置。そこで同社は、国土交通省から海外市場へ展開してはどうかと推奨を受け、市場調査を開始。紆余曲折を経て、インドネシアで活路を見いだしたのです。

2度の不採択を経て、3度目の応募でJICAの実証事業に

バンドン大学の研究者の協力を得て始めた現地調査ですが、事業化については手探りの状態が続きました。そこでJICAのインドネシア事務所に相談したところ、事業化へのステップを着実に歩み始めることができたといいます。

「JICAの紹介で、それまで接触できなかったインドネシアの政府関係者に会うことができ、さらにその紹介でジャカルタ特別州の関係者にもネットワークが広がりました。こうして現地で大気浄化装置の効果を検証する実証事業を行うための準備を進めていったのです」(吉川さん)

ジャカルタ特別州の関係者との打合せ 写真提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

同社は、2014年度「開発途上国の社会・経済開発のための民間技術普及促進事業(現:普及・実証・ビジネス化事業(SDGsビジネス支援型)」に応募します。しかし、結果は不採択でした。その理由として、事業計画の厳密さに関して指摘があったといいます。2015年度も再び応募しますが、やはり不採択。今度は装置の設置場所が民間のバス停の周辺だったため、公共性が確保できるかという面で指摘がありました。

大阪ガス エネルギー技術研究所の村瀬裕明所長は、当時をこう振り返ります。

「ACFの応用製品である大気浄化装置は、途上国の課題解決に貢献できるもので、ぜひ事業を拡大したいと考えていました。とはいえこの事業分野での海外経験はありませんでしたから、JICAさんの協力を得たいと思い、2度不採択になりましたが、3度目に挑戦したのです。JICAのご担当者が不採択の理由を丁寧に話してくださったことも助かりました」

大阪ガス エネルギー技術研究所の村瀬裕明所長 撮影:編集部

2016年度、3回目の応募で同社の提案は「インドネシア共和国 ACF大気浄化ユニット普及促進事業」として採択されました。JICA現地事務所などのアドバイスを受け、公立病院に面した道路に大気浄化装置を設置するという事業計画が、課題解決の貢献に有効であるという点でも評価されたのです。もちろんその根底にある事業化への熱意も見逃すことはできません。

インドネシアでの実績をアジアの新興国に横展開

2018年9月、ジャカルタ市南部の幹線国道シマトゥパンの沿道に50メートルにわたって大気浄化装置100ユニットが設置されました。公立病院沿いの道路ですが、1日の平均通行量が19万5000台と非常に交通量が多い場所です。

ジャカルタ市南部の幹線国道シマトゥパンに設置された大気浄化装置 写真提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

実証事業では、装置周辺の大気中NO2濃度を継続的に測定しました。その結果、設置前は0.06~0.1ppmもあったNO2濃度が、設置後に0.02ppm以下に下がり、浄化装置の有効性を確認できたのです。

大気浄化設置前(左)は0.06~0.1ppmもあった大気中のNO2濃度が、
設置後(右)には0.02ppm以下に下がった 資料提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

「良好な測定結果が得られてほっとしています。現地の公共事業の関係者や民間の交通会社にもこの実証事業の結果を高く評価していただいており、別の場所への設置検討も始まっています」と吉川さんの声は明るい。

村瀬所長も同社の環境技術で途上国の社会課題の解決に貢献していきたいと話す。

「大阪ガスグループでは、CSR領域の5つの重点課題のひとつに『大気への排出/エネルギー』を掲げ、SDGsの4つのゴール――7(持続可能なエネルギー)、9(産業と技術革新の基盤)、12(持続可能な消費と生産)、13(気候変動への対策)との関連を意識した取り組みを行っています。インドネシアの事業は、このうちのゴール9と13に加え、ゴール3(健康)にも当てはまるもの。今後、ACFの性能をさらに高め、大気汚染に悩むアジアの国々にビジネスを広げていきたいと思います」

2018年に大気浄化装置の設置が完了したときに現地のパートナーたちと撮影。
後方の列、左から5番目が吉川さん 写真提供:大阪ガス/大阪ガスエンジニアリング

次回の連載第7回(最終回)は、池上彰さんと4人のJICA職員が、
SDGsビジネスの未来と社会変革について語り合う対談をお届けします。